7セグメントディスプレイ→折紙数字 ― 2010/02/25 23:36
で、気を取り直して(?)今日は、また、違う話題。
今回は、『数の文化史』(K. メニンガー著 内林政夫訳)にあった、「ヤコブ・ロイボルトによるインド数字の空想的な説明」という図から始まる話である。
インド数字の流れを汲む、現代の数字、いわゆるアラビア数字は、単純でありながら、きわめて視認性のすぐれた記号である。見なれていることを割り引いて考えるべきだが、6と9が図形としては同じであることぐらいしか、とりあえず「改善点」は思い浮かばない。そして、上に模写した、ロイボルトというひとの図は、数を表す指のかたちを抽象化した、といった説明に使われた図の一部なのだが、その意図するところを離れて、数字の抽象性の美しさを強調するかたちになっている。
本の文脈から外れて、この図からわたしが連想したのは、LEDや液晶などで使われている「7セグメントディスプレイ」の数字だった。これも、すくない要素で数字記号を表現したみごとなデザインである。
わたしの少年時代には、ネオン管の中に数字のかたちをした陰極が重なって格納され、それのいずれかが発光する、ニキシー管というものがあったが、その後、それは、7セグメントディスプレイにとって代わられた。なお、見なれているので、違和感が薄れているが、最初に見たときには、「4」が変だなと感じたことを覚えている。こどものわたしには、「4」は三角のイメージだったのだ。
ここで、7セグメントディスプレイが使われ始めた時代になったつもりで、セグメントの数を減らせないかを考えてみたい。24=16なので、最低限、セグメントは4個でよいことになるが、ここでのテーマは、数学というより、デザインである。
そのデザインの前に、触れておきたいことがある。じっさいに遭遇することのある、セグメントの少ないケース、つまり、セグメントが数個壊れた機器の表示である。このような壊れた7セグメントディスプレイでは、以下のパズルが考えられる。
前提として、どの数字のときも同じセグメントが「壊れて」いるとする。じっさいは、内部回路により、そうはならないようだ。(今日、そういうもの(写真)をちょっと観察してみた)まあ、それはおいて、問題は以下である。
7セグメントディスプレイのどのセグメントが欠けると9種類の数字の識別が不可能になるか。
これは、数え上げの練習問題として、良問だろう(これも、前例ありそうだが)。詳細は略すが、それなりの時間のかかった解答は以下である。
1個欠けてOKなのは7種のうち5種で、2個の場合は42種のうち3種である。ただし、ある数のときに完全に消灯する解も含む。そして、3個以上となると、どんな組み合わせでもだめになる。(以上、間違いないはず)
さて、パズルで頭ならしをしたあとは、セグメントを減らし、それをなんとか数字に見える記号にするというテーマである。
セグメントが交差することをよしとして、「隅立て」の正方形とその対角線からなる6セグメントによるものを考えてみた。これは、なかなかのデザインではないか。そして、なにより、正方形の紙を折ることでも表現できるものになっているのだった。悩ましいのは、やはり6と9だ。折りかたが同じになってしまうのである。これは、折り目を逆にすることで回避することにしよう。実用的には、もっとわかりやすいものも考えられるが、これはこれで、暗号ミステリのネタのようだ。
このように、紙を折って記号を示すことでは、点字以前の盲人用の文字で、紙の端の折りかたによって文字を表す「折紙文字」なるものがじっさいにあったということが知られている。(筑波大学附属盲学校資料室の文書参照) なお、いま考えた「折紙数字」、盲人の場合、紙の裏も表もわからないじゃないかと思うかもしれないが、9は裏に折ることで、6と鏡像になり、かたちが違うことになるので、問題はないのである。










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