『READY TO FLY』など2019/11/08 22:17

◆ドングリ干渉計
ドングリ干渉計
以前そう思ったことの焼き直しだが、ベランダに落ちていたコナラのドングリの「ハカマ」が、パラボラアンテナみたいなので、それを拾って干渉計をつくってみた。ほとんど小学生の工作だが、なんだか自信作である。焦点に副鏡も受信機もないので、観測はできない。

『Origamix - Theory & Challenges』by Totani
フランス在住の合谷哲哉さんから、著書『Origamix - Theory & Challenges』をいただいた。

◆『READY TO FLY』
READY TO FLY
東京ミッドタウン21-21で開催されていた『虫展 -デザインのお手本-』を、最終日(11/4)に見てきた。一番のお目当ては、山中俊治、斉藤一哉、杉原寛、谷道鼓太朗、村松充の各氏による、『READY TO FLY』と題された、甲虫の内翅の展開と収納をみせるロボットだった。以前聞いた斉藤一哉さんの講演では、カブトムシは、収納が得意で展開に羽ばたきの遠心力も使うが、テントウムシは、展開がバネ仕掛けで早いが、収納はやや苦手で、それゆえ「シミチョロ」もあるという話で、機構も異なるということだった。このロボットは、それが明確にわかるものではなかったが、面白い展示物だった。

この日は、行きそびれていた神田古本まつりの最終日にも寄った。翌日の用事のため、山梨-東京の移動があり、鈍行の鉄道を使ったのだが、これもひさしぶりだった。乗客がまばらで、色づいた秋の山々が窓を通り過ぎてゆく車内は、移動するサンルーム状態だった。陽射しの中で「今日も一日じゅう本が読める」という記述のある『ヘンリ・ライクロフトの私記』(ギッシング著、平井正穂訳)などを読んだ。移動中の読書というのは、なんであんなにうれしいのだろうか。

『ヘンリ・ライクロフトの私記』は、ヴィクトリア朝のイギリス人作家・ギッシングが、自身よりやや年長の売れなかった隠棲作家の老境のつぶやきという体裁で書いた小説だ。かつて英語のリーダーの教材としてよく知られていたらしいが、わたしはギッシングの名前も知らず、『本の雑誌』11月号の「マイナーポエット特集」で、能邨陽子さんが取り上げていたことで知った。版が切れているが、邦訳の短編集(小池滋訳、岩波文庫)も出ていて、これも味わい深かった。資本主義が浸透した19世紀のイギリスの、やや苦いストーリーが、貧富の格差が広がり、暮雲落日の感のある現代日本に妙になじむ。

『私記』に、すこし前にこのブログで触れたホーソーンも出てきた。

「労働は世界の呪いでなくでなんであるか。人間は労働に携わるほどそれに比例して動物化するのだ。(略)」
 かように、ブルック農場のナサニエル・ホーソーンは書いている。幻滅感をひどく味わったために、彼の言葉には誇張がある。労働は嫌悪すべきもの、人間を動物化するものであるかもしれないし、また実際にしばしばそうであるが、断じて世界の呪いではない。いや、むしろ世界の祝福ですらある。ホーソーンは馬鹿なことをやって、その報いで心の平衡を失ったのにすぎない。

平井氏の訳注では、以下のように記される。知らなかった話だ。

ナサニエル・ホーソーン - アメリカの小説家(一八〇四-六四)。彼は一八四一年から四七年にかけてマサチューセッツに理想的な村ブルック農場を作ろうとして失敗した。

また、「英国に生まれて嬉しい理由はたくさんあるが、第一の理由は、シェークスピアを母語で読めることである」とあるのを、自分に当てはめると、近現代を含めた短歌、俳句、川柳などの短詩が母語で読めることになるのだろう、とも考えた。最近サリンジャーの『シーモア -序章』を読み返して、似たことを思ったばかりだった。同作で、天才シーモアは原語(日本語)で俳句を読んでいることになっているが、サリンジャー自身はそうではなかったはずである。気の向くまま、短歌や俳句・川柳を読んで、あれこれ考えることができるたのしみを持つことは、あのサリンジャーに「いいでしょ?」と目配せができそうな気がしたのだ。

とは言え、わたしは、和紙、和算、見立て、地口、歳時記、短歌、俳句、民俗信仰など、好きな日本の文化を、滅んでしまうと惜しいエスニックな文化として尊んでいるところがある。客観的に見れば、語学も苦手な、日本以外での生活も難しい典型的な日本人だが、すくなからず異邦人の感覚がある。目の前の現代の日本で起きる馬鹿げたことへの憤懣、というか幻滅、そして恐れへのカウンターとしての、近世以前の、滅んでしまった、あるいは、滅びかかけた文化の中のある小さきものを対置する感覚である。これは、エドワード・サイードのいうオリエンタリズムじみたねじれかもしれないので、褒められるものでもないが、思い込みに満ちた日本万歳よりはましだろう。

『私記』には、自然への親近感とともに、自然科学への無関心もたびたび書かれているが、いわゆる理系であろうわたしにも、それらの記述にそれほどの違和感はなかった。彼が関心を持たないのは、自然科学というより、科学技術である。ラッダイト(機械破壊運動)の時代はすでに去っており、ライクラフト(≒ギッシング )も科学技術の力強さは重々承知である。彼の態度は、嫌悪というより距離感で、心霊科学への揶揄などは、むしろ科学的である。彼の立ち位置は、たぶん「科学は野暮である」というものだ。これは、同時代のポオのソネット『科学へ』にも通じる。

古川柳の中の星空 その22019/11/01 22:32

『俳風柳多留』を読みすすめ、興味深い句を見つけた。まず、折り紙関連句である。

池のみぎわに靏を折待つて居る

「靏」は「鶴」の正字で、池の畔で折鶴を折りながら待ち人を思う、たぶん娘の姿を描いた句である。安永八年(1779年)刊行の第十四篇の収録なので、『秘伝千羽鶴折形』(1797年)と同時期の句ということになる。「靏を折り池のみぎわで待つて居る」のほうが、五七五の収まりがよいと思うのだが、なぜか七五五である。ちなみに、5:7:5という比率は、正方形の辺:正方形の対角線:正方形の辺の近似なので、折り紙的(!)である。

そして、また、天文川柳も見つけた。

客星の光うしなふ後の月

客星というのは、定家の『明月記』の記述でも知られるように、超新星や彗星などの見慣れない星、突発天体のことである。この客星はいったいなにか。山澤英雄氏の校注によると、安永六年(1777年)の投句なので、そのすこし前の天文現象を調べてみた。

「C/1774 P1 Montaigne」彗星が、時期的に一番近かった。この彗星に関する記述のある、天文学者・シャルル・メシエのノートには、1774年の8-10月の観測とあった。発見はそれよりはやく、同年の4月、ジャック・モンテーニュ(あのモンテーニュとは別人の天文学者)による。それらは、望遠鏡を使った観測であり、肉眼での観測は難しかったようだ。とは言え、メシエの記述には、月の明かりに観測が妨げられたという内容もあって(『Cometography: Volume 1, Ancient-1799: A Catalog of Comets』 G. W. Kronk、1999による)、川柳の記述に妙に符合している。「後の月」を歳時記通りに太陰太陽暦九月十三日の月とすると、1774年10月13日にあたるので、メシエらがこの星を観測できなくなった時期とは若干ずれるのだが、たいへん興味深い。

まさか、メシエやモンテーニュが詠んだ句と主張するのではないが、ちょうどこのころ、日本に麻田剛立(1734-1799)というひとがいたことは付け加えておくべきだろう。豊後の国を脱藩し、大坂で医師をしながら天文の研究を続け、ケプラーの第三法則を独自に発見したという話(異論も多いのだが)も伝わる傑物だ。彼が1770年ごろから望遠鏡による観測もしていたのはたしかである。麻田自身がこの句を詠んだというより、麻田から話を聞いた者が(それは、観測自体ではなく、麻田が入手したメシエらの情報かもしれない)、それを元に詠んだ句なのではないかと、想像したのである。なんの文献的な裏づけもない、思いつきなのだが。

ネズミ など2019/10/28 21:15

なにを講習作品に申し込むかで悩んでいたのだが、以前つくった作品をもとに、かわいくて難しすぎないハツカネズミができたので、これにした。
mice

ネズミの折り紙は、10/24-11/11のWOD(ワールド・オリガミ・デイズ)2019でも募集中。

突然だけれど、以下、ネズミ関する豆知識である。
どれも、詳しくはよく知らない話なんだけれどね。

○mouseの複数形はmiceである。同様のものに、louse(シラミ)の複数形liceがある。

○「大山鳴動鼠一匹」ということわざは、古代ローマのラテン語起源である。

○歳時記に鼠の項目はないが、新年の季語に、鼠の忌み言葉として、「嫁が君」というものがある。嫁が君=鼠を知らないと、それらの句は意味不明だ。

三寳に登りて追はれ嫁が君 高浜虚子
嫁が君古人は心ひろかりし 富安風生

◆いい感じの石ころ
宮田珠己さんの『いい感じの石ころを拾いに』を読んだ。わたしの手元にも、「いい感じ」なので拾ってきた石がある。駿河湾の某海岸で拾った石で、折り紙の展開図ぽい線が味わい深い。

折り紙の展開図っぽい石

何年か前に読んだ、『小石、地球の来歴を語る』(ヤン・ザラシーヴィッチ著、江口あとか訳)という本も面白かったが、宮田さんの石に対するスタンスのゆるさもよい。今度、海岸や川に行ったときは、いい感じの石を探すだろうな、と。

三鷹・星と宇宙の日ほか2019/10/23 20:15

三鷹市の国立天文台で開催されるイベント「三鷹・星と宇宙の日2019」の野辺山観測所のコーナーで、折り紙教室をします。無料です。
10月26日(土)、11:00-16:00、1回20分で10名ほどを何回か。
EHT
作品は、EHT(イベント・ホライズン・テレスコープ)の基地局を描いた地球儀(+おまけ(予定))です。

◆『緋文字』
昨日、ひさしぶりに、山梨県北杜市大泉町にあるターシャ・テューダー ミュージアム ジャパンに行った。ターシャ的なライフスタイルには程遠い日々を送っているが、妻が、同ミュージアムの前身である「絵本の樹美術館」の手伝いをしていたという縁がある。

新しくなった展示の中に、ナサニエル・ホーソーンの『緋文字』の表紙(新潮文庫版)を拡大したものがあって、これは!となった。叔父(前川直、故人)の装画・装幀なのである。ターシャは子供のころ、グウェンおばさん(実の伯母ではない)という女性に世話になっていて、彼女がナサニエルの孫だった、というつながりだそうだ。

緋文字

この展示を手がけた、ミュージアムの共同経営者である出原速夫さんは、ターシャの研究家、ペンギン基金事務局長にして、ブックデザイナーというひとである。叔父の装幀が、氏のメガネにかなったとも言える。出原さんから「世界は狭いですねえ。前川さん、そういう血筋ですか?」とも訊かれたが、親戚で美術が専門だったのは、叔父ひとりだけだ。血筋と言えば、ナサニエルの曽祖父は、悪名高いセイラムの魔女狩り裁判の判事のひとりだったそうで、『緋文字』の執筆動機にはその贖罪意識もあったのではないか、という説明も出原さんから聞いた。

この日は、ターシャさんの描く絵を見て、大人の顔には眉毛が描かれているが、子供では省略されていることが多い、ということに気づいた。たしかに子供の眉毛は薄い。なんで、そんなことを気にしたかというと、11月末に出る『折紙探偵団』の記事のため、わたしがイラストレーションを描くことになって、人物の眼の省略ですこし悩んだのである。眼をいれると一気に人物がキャラクター化して、伝えたいことの抽象性がぼけてしまう。髪型や服装にもそういうところがあって、難しい。そして、ふと思って調べたら、いわさきちひろさんの絵も、ほとんど眉毛が描かれていなかった。

◆31番
昨日は、ノルマなしというか、美術+音楽+読書の一日であった。めったにコンサートには行かないのだが、ご近所さんのすすめで、八ヶ岳やまびこホールに、若い音楽家、齊藤一也さん(ピアノ)と鈴木舞さん(ヴァイオリン)の演奏を聴きに行った。プログラムはグリーグのヴァイオリン・ソナタほか。鈴木さんの演奏はパワフルで華麗、齊藤さんのソロ演奏はベートーヴェンのピアノ・ソナタ31番で、迫力満点だった。31番は、いわゆる三大ソナタなどと違って耳馴染みがないが、かきたてられるものがあった。帰宅後、家にもCD(演奏:アシュケナージ)があったので、あらためて聴いた。自分で買ったCDなのに、聴くのは20年以上ぶりぐらいであった。そもそも、最近音楽をあまり聴いていない。グレン・グールドの演奏もあるらしいので、それも聴いてみたい。

ベートーヴェンは60歳にならずに世を去っているが、この日、本邦では、60歳になって世襲の仕事に就いたひともいた。たいへんである。

◆冠雪
コンサートのMCで、ノルウェーのグリーグを選んだのは八ヶ岳山麓には北欧の雰囲気もあるからという話があった。事実、八ヶ岳は冠雪し、今朝の観測所の会議前に、冬が近いねと話題になった。写真は、野辺山観測所の会議室から撮ったものである。

八ヶ岳の冠雪

目になれし山にはあれど
秋来れば
神や住まむとかしこみて見る
石川啄木

◆『不条理日記』
吾妻ひでおさんの訃報を聞いて、書棚をあれこれ探したのだが、『不条理日記』が見つからなかった。マンガ本をごっそり売った時期があるので、そのときに売ってしまったようだ。

古川柳の中の星空2019/10/22 20:07

現代川柳をまとめて読んで、けっこうな数の折り紙に関連する句を見つけた。どこかで紹介したい。折り紙には関連していないが、「鶴」でアンテナにかかった次の句もとても気にいった。銀婚の記念で求めた銀のスプーンを見るたびに思い出すだろう。

本当に仲良しなのか鶴と亀 坂東乃理子

銀の匙(鶴と亀)

思いたって、江戸中期から後期の川柳の選集『誹風柳多留』も読んでいる。岩波文庫の三分冊のうち、二巻の半分ぐらいまで目を通した。紙細工に関連する句では以下などがあった。

紙ひなハころぶ時にも夫婦連(めをとつれ)
紙雛に角力とらせる男の子

『柳多留』には、廓(くるわ)の話題が多く、解釈が難しいものも多いので、読んでいて、これもこれも面白いというものでもない。紙に関する句だけではなく、数字がでてくる句も気になるのだが、次の句は、最初まったく意味が不明だった。

ねぼけたで四百七人程に見へ

あれこれ悩んだのち、そうか忠臣蔵か、寝込みを襲われた上野介が、四十七人どころか四百七人もいるように感じたということか、と納得した。これは、絵を想像するとおかしい。

いっぽう、すんなり現代で通用する句もぽつぽつある。それらは、いわば生き残った句なので、どこかで聞いたものもある。

本ぶりに成(なつ)て出て行(ゆく)雨やとり
にげしなに覺て居ろハまけたやつ
ばけそうなのでもよしかと傘をかし
もてぬやついつそ地口をいひたがり
古いやつうしろから來て目をふさぎ
ひまな事せみのぬけるに二三人

三句目、蕪村の句「化けさうな傘かす寺のしぐれかな」に似ているが、『柳多留』のこの句ほうが好きだ。四句目、だじゃれ好きとしては、苦笑いをするしかない。五句目、目隠しをして「だーれだ」という戯れで、250年前にすでに古いと言われているのがおかしい。六句目、蝉の羽化を大の大人が見ているということだろう。蝉の羽化は、抜け出すまでに3、40分、翔べるようになるまでは4、5時間はかかるので、まさに閑なひとたちである。

さらに、入浴中に「ユリイカ!」と叫んだアルキメデスが文句を言いそうな句や、読書と昼寝の幸福を鮮やかに描く句もあった。

昔から湯殿は知惠の出ぬところ
うたゝ寝の書物ハ風がくつて居る

前出の「紙雛」はそれ自体が季語になる。そして、上の二句目も季節感があって、明確な「切れ」はないものの、これらの句は、近代、そして現代でも、俳句として提出されて違和感はない。当時も、蕉風に代表される高踏的な俳諧と、いわゆる雑俳に、そんなに大きい区別を持っていないひとも多かったと思う。川柳というと、風刺的なものを想像するが、必ずしもそればかりでもなく、俳句と川柳の区別は難しい。いまも昔も、「あるある」という感覚は、川柳に重要な要素と思われるが、「あるある」によってそれを突き抜けたものもあって、風刺や人情とも違った、一種シュールなものになっている句もある。

ぶん廻しあんまり人の持(もた)ぬもの
のし餅もよくよく見れば裏表

一句目の「ぶん廻し」はコンパスのことで、コンパスを持っているひとって案外すくないよねと、それだけである。二句目もだからなにというものだが、リアリティーというのはこんなところに宿る。

これらとはまた違って、背景を情報として分析すると面白い句もある。初編(明和二年、1765)にあった次の句などがそれだ。以下、長々と(ほんとうに長々だ。ヒマなのか←そんなことはないはずなのだが)その話になる。

流星の内に座頭ハめしにする

みなが流れ星を見ている間に、盲人が食事をとっているという句意だ。時代の制約ということを除いても、この句自体に障害者差別的なものはない、もしくは薄いだろう。『ねえ おそらのあれ なあに?』(さく:ほしのかたりべ え:みついやすし)という触図と点字の絵本があって、これをもとにしたプラネタリウムのプログラムもあったのも連想したが、わたしの思案の要点は、盲人と星空ということとはすこし違っていた。おもに考えたのは、この句の流星がなにかということについてだ。

この句の描写は、盲人以外の者が大勢で流星を見るという状況を表している。そんなことはあるのか、というのがそもそもの疑問だ。流星はランダムに現れて、まばたきする間に消える。複数のひとがそろって見るということは想像しにくい。この句は、思いつきを句にした、現実や写生の裏付けのないものなのか。

しかし、多人数で流星を見るという状況も、想定できなくはない。長時間見える、とりわけ明るい流星、すなわち火球や、一時間に千もの流星が見られる、流星雨や流星嵐と呼ばれる特別な現象だ。後者は、SF小説『トリフィドの日』(ジョン・ウィンダム)のプロローグのような情景である。ちなみに『トリフィドの日』は、緑色の流星雨に見とれたため盲目となったひとびとを、怪物が襲う話だ。そう言えば、この話も盲目が重要なモチーフであったが、それは措こう。

わたしの関心は、このころに火球や流星雨があったのかということだ。まず「このころ」がいつかということだが、岩波文庫版『誹風柳多留』の山澤英雄氏の注によると、この句の初出は、宝暦十年の『川柳評万句合』、西暦では1760年、作句はそのすこし前ということになる。

暦算家の西村遠里 (1726?-1787年) がまとめた『本朝天文志』に、宝暦七年四月二十五日(1757年5月31日)に「大流星」があったという記録がある。火球と思われる。これはかなり気になるが、それとても、1783年のヨーロッパの大流星のような、数分も夜空を焦がしたものではなさそうだ。そうした現象であれば、もっと大きく記録されているのではないか。いっぽう、流星雨であるが、これもそこそこ記録が遺っているが、『本朝天文志』にそれらしい記録はなく、古記録も載せている『理科年表』によっても、うまくあてはまるものはない。

では、いったいなにかということだが、1760年というと、前年に大きな天文現象があったことがわかっている。ハレー彗星の回帰である。ニュートンの『自然哲学の数学的諸原理』に基づき、エドモンド・ハレー(1656-1742)が1758年に彗星が現れると予測し、彼の死後、予測よりやや遅れたものの、それが観測された。近代科学の勝利として自然科学の歴史に大書されることになったイベントだ。これが、1758年から1759年のことなのである。

このときのハレー彗星は、前出の『本朝天文志』にも記録がある。曰く「(宝暦)九年己卯二月朔夜見孛星干虚危間暦十四五夜消滅」。訳せば、「宝暦九年二月一日(1759年2月27日)夜、彗星が見えた。方角は二十八宿の虚宿と危宿の間で、十四、五日の夜に消えた」となる。近日点(太陽に最も近づく点)は3月13日(イギリス時間)だったので、2月末に彗星が見え、3月中旬には太陽に近くなり過ぎて見えなくなったということを記したものと解釈できる。夜とあるが、近日点通過前で見えるのは夜明け前だったはずで、近日点通過後に南天に動いたさいも見えたはずだが、『本朝天文志』にその記録はない。

当たり前なのだが、ハレー彗星は日本からもちゃんと見えていたということである。というわけで、上の句で流星とされた星もハレー彗星のことと考えられないだろうか、というのがわたしの推測である。流星と彗星(孛星、箒星)の混同は今日でもよくある話で、この川柳を詠んだひともそうだったのではないか。時刻を夜明け前として、以下のような情景を想像した。

朝焼けが暗闇を払いはじめるすこし前、東の空にほうき星が昇る。当時のひとびとの朝は早く、まして、まだ昼時間の短い春先のこと、長屋の町衆は、夜明け前から目覚めはじている。ちなみに、夜明け前から飯炊きの準備をし、朝早くに食事をとるということは、当時の習慣としてあったようだ。三々五々に井戸の周りに集まった彼らは、やや白み始めた空に、数日前から現れた見慣れない星が今日もあるのを見て、「占いの先生が不吉だと言っていたよ」「ご隠居によれば、世が乱れる徴だそうだ」「京でお公家さまの揉め事があったらしいじゃないか」などと噂をする。宝暦年間、幕藩体制はまだ安泰だが、飢饉もあり、京都で尊王論者の弾圧事件も起きている。先の見えない不安はどの時代にもあり、ときにそれは星に託される。しかし、星を見ることのできない盲人は、我関せずと食事をしているのであった。

1759年のハレー彗星の回帰は大彗星ではなかった。近地点(彗星と地球の最短距離)は、地球と太陽の距離の1/8と、かなり近く、位置関係がうまく合えば、夜空に明るい姿を見せたのだろうが、このときは、近日点時、地球から見た太陽との角距離(見た目の距離)が近かったため、観測条件はあまりよくなかったようだ。近日点後のよりよい観測地点も南半球であった。しかし、ひとびとの注意をひいた天文現象であったのも間違いない。既述のようにヨーロッパではニュートンの理論の検証として注目され、イギリスの風景画家・サミュエル・スコット(1702-1772)による絵も残っている。また、ハワイの英雄キング・カメハメハ1世(1758?-1819)の誕生のころ、「白い炎の尾を持った奇妙な星」があったという伝説があり、これもハレー彗星のことではないかとも推測されている(『Comet of the Century』 Fred Schaaf、1996)。

『Hally's Comet in 1759』(Samuel Scott)
『Hally's Comet in 1759』(Samuel Scott)
『Comet』 Carl Sagan and Ann Druyan、1985から)

野分、例の年よりもおどろおどろしく2019/10/16 23:09

◆野分、例の年よりもおどろおどろしく
月曜日、山梨-東京間の交通路がことごとく遮断された中、静岡方面から山梨に辿り着いて、火曜日から予定通り天文台に出勤した。不要不急の移動は避けるようにという言葉を聞くたびに、天文台の仕事も、東京での用事も、みな不要不急のことのような気がしてくるので困った。

千曲川流域や多摩川流域に住むひとを含め、近い知り合いには被害はなかったが、子供のころ2年間住んでいた茨城県大子町の冠水や水郡線の寸断も気にかかる。さらに、知り合いに被害がなければそれでよいのかと、賢治の『農民芸術概論綱要』の呪い(世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない)におそわれそうになる。

歳時記を読んで、『源氏物語二十八帖・野分』に、「野分、例の年よりもおどろおどろしく、空の色変りて吹き出づ」という記述があるのを知る。今回の台風は、まさに例年よりおどろおどろしかった。さらに、最近の気象では、数年おきにおどろおどろしいのが来そうなのが、恐ろしい。蛇足ながら、野分(のわき、のわけ)は、台風のこと。

◆千億万億倍
岸本佐知子さんのエッセイ集『ひみつのしつもん』『羊羹』に、「人類はひいこら言って、大騒ぎしてやっと月まで行ったが、そのさらに千億万億倍も離れたところに太陽はあるのだ」という記述があった。千億万億倍! 要するにでかいという意味だが、いくらなんでも桁が大きすぎる。

細かいことを気にするなよ、ということだが、「万に一つ」という表現が、その事象の確率のオーダーに合っているかを気にするひともいるので、わたしがこれを気にするのも無理はないのである。地球-月間の距離の千億倍を計算してみたら、約4千光年で、太陽は遥か遠いお星様になってしまった。万億倍(一兆:万億という言葉は、子供の「百億万円!」みたいだが、この命数法もちゃんとあるらしい)は、だいたい銀河中心までの距離のオーダーである。

じっさいの太陽までの距離は、月までの400倍だ。太陽/月の大きさの比率も400なのは驚くべき偶然(それゆえ、両者の見かけの大きさが等しい)だが、それは措いて、400という数字は、そんなに大きくもない気もする。ちなみに、太陽までの距離は499光秒と覚えやすいので、覚えておいて損はない。さして得もないけれど。

岸本さんのこのエッセイでは、星と星の間にある羊羹のようなダークマターというイメージも語られていたが、そのイメージは、ダークエネルギー(遍くあって宇宙の膨張を加速している)のほうが近いようにも思う。

などと、文句をつけたみたいになっているが、岸本さんのエッセイは、わたしの文章の499倍くらいは面白い。エッセイというより、奇想短編小説の味わいである。

すこしづつ、折り紙に関係なくもない話をいくつか2019/09/28 22:54

◆飛田給
先週末、京王線飛田給駅近辺は、ラグビーのワールドカップで大にぎわいであった。ファンが盛り上がっているのにはなんの文句もなく、毎日新聞のサポーターの写真に、わたしの「飾り兜」をかぶっているひとが写っていて、意外なところで自分の作品を見ることがあるものだと、不思議な気分にもなった。開会式では折り紙をモデルにしたらしきCGもあった。
9.24毎日新聞

ただ、開会式の日、周辺での黒塗りのハイヤーやタクシーの振る舞いには、会場近くの住民として閉口した。交差点で停め、住宅街の路地に長時間停める。そして、警察の取り締まりは甘い。電車で来ればいいのに。こうしたイベントでの、首から関係者の名札を下げたスーツ姿のひとたちというのは、スポーツの持つ明るさや開放感とは対照的である。

◆兎の話
最近読んでいた一般向けの翻訳科学書に「拙著」とあって、違和感があった。著者は自信満々の科学者で、原文に拙著に相当する謙譲表現があるはずもない。自分でも使ったことがあるが、なくなったほうがよい言葉だろう。対象が本なので、「愚妻」や「豚児」よりはるかにましだが、謙譲というより卑下といったほうが相応しい。

拙著と同様の言葉に兎園冊(とえんさつ)という言葉があって、「兎園冊ですが、おたのしみください」なんてのは、通じるはずもないが、使ってみたい気もする。

兎園:前漢、梁の孝王が造った庭園の名。兎園冊:(梁の孝王の蔵書が俚語で書いてあったからいう)(1)俗語で書かれた卑近な冊子。俗書。(2)自分の著書の謙譲語。(『広辞苑5版』)

この言葉を知ったのは、江戸のUFOとも言われる「うつろ船」のことが書かれた文献が、『兎園小説』というものだったからだ。馬琴が主催した奇談を披露する会を兎園会と称し、その話を集めた本を『兎園小説』という。馬琴による「与太話」という韜晦なのだろう。使ってみたくなるのは、そのニュアンスが、卑下というより韜晦で、さらに、兎が遊ぶ庭園というのどかな風景が思い浮かぶからだろう。
ちなみに、うつろ舟に関しては、加門正一さんの『「うつろ舟」ミステリー』という本が詳しい。

『うつろ舟』

兎園とうつろ船といえば、うつろ舟伝説に題をとった小説のある澁澤龍彦さんが、晩年、置き去りにされていた兎を拾って家で飼っていた、という話がある。『うつろ舟』を書いたころのことである。澁澤龍子さんの『澁澤龍彦との日々』によると、以下のような経緯だという。

ある日、玄関のチャイムが鳴り、「宅急便です」という声に扉をあけると、ルビーのような赤い眼ををした掌にのるくらいの白い子兎が置き去りにされていました。

なんなんだという話だ。詩人の平出隆さんのエッセイ『兎島』『兎をめぐる十二の物語』所収)には、「澁澤さんの熱心なファンの女の子が、ちょっと変わったプレゼントをしたということか」という推測が書かれているが、どこか現実離れした話である。

まずわたしが気になったのは、動物を飼ったことなかったという澁澤さんが、その兎の世話をすることになった心情の一端に、我が家がまさに兎園となるという思いはあったか、ということだ。しかし、そういう記述は見つけることはできていない。前出の澁澤龍子さんの回想録によると、その兎は本をよく齧っていたそうで、じっさいの兎は、本の保管との相性はよくない。

というふうに妙な方向に関心が動いて、さらに関連の本をめくっていて、以下のこともわかった。澁澤家に兎が置き去りにされたのは、1983年のことで、同年、澁澤さんの最初の妻・矢川澄子さんが『兎とよばれた女』という小説を上梓しているということである。なんだか意味深で、不穏な感じもする話だ。そう思って読みなおすと、平出さんの記述も含みがあるようで、澁澤家に拾われた兎と矢川さんを結びつけるのは、「言ってはいけないこと」のように思えてきた。これ以上の勘ぐりはやめておく。

矢川さんといえば、我が「兎園冊」である『折る幾何学』の扉にエピグラフとしてあげた『不思議の国のアリス』の言葉は矢川さんの訳であった。

挿絵もせりふもない本なんて、どこがいいんだろう。

思えばアリスも兎から始まる物語だ。で、兎といえば、以下の話も思い出した、ということで、以下、すこしだけ折り紙の話になる。

副詞の「とにかく」「ともかく」「とやかく」は、「兎に角」「兎も角」「兎や角」と書く。これらを見ると、折り紙用語「つまみおり」の英名「ラビット・イヤー・フォールド」が思い浮かぶというひとがいて、その話を聞いてから、わたしもそうなった。じっさい、変な表記だ。ありえないものを示す「亀毛兎角」という熟語から来たともいう。亀に毛が生えていても、兎に角があっても、なんであっても、とにもかくにも、と。
つまみ折り

◆かさこそと揺れる折り紙
宮部みゆきさんの『さよならの儀式』所収の『星に願いを』の一節に、折り紙が登場していた。

室温が上がったのか、停まっていたエアコンが自動で動き始めた。さらりとした冷気が吹きつけてきて、晴美の机の隅に置いてある折り紙のキリンとライオンをかさこそ動かす。

不安とも言い難い、微かなこころのざわつきを表現する小道具としての折り紙である。『未知との遭遇』(スティーブン・スピルバーグ監督)の玩具が動き出すシーンを、控えめにしたような描写だ。なんで『未知との遭遇』を挙げたかというと、『星に願いを』は、「古典」で言えば、フィニイの『盗まれた街』やハイラインの『人形つかい』的な、「宇宙人」の話なのである。そう、これは、宮部さんには珍しいSFの短編集で、副題にも「8 Science Fiction Stories」とある一冊だ。しかしなぜかそれは、横文字で小さく書かれているだけで、帯にも「心ふるえる作品集」「宮部みゆきの新境地」とあり、SFであることが大きくは示されていないのであった。ジャンルを限定して売りたくないということなのだろうか。宮部さんは、『蒲生邸事件』というコニー・ウィリスさん的な話でSF大賞を獲っているのに。

◆○○警察
上記の話などにもその傾向があることは見てとれるが、わたしは本を読んでいて、思わず○○警察になってしまうことがある。自分でも持て余すのだが、最近では以下などである。

あるミステリ。1950年代のシーンの会話に、「ノーベル経済学賞」とあったが、ノーベル経済学賞(アルフレッド・ノーベル記念スウェーデン国立銀行賞)は1969年からだ。

あるマンガ。月の弦が下向きだったが、太陽との位置関係から、夜の月で弦が下向きのことはありえない。

そういえば、以下も。
『大辞林』の4版。以前、出版社のwebフォームから指摘した「扶翼」の文献、修正されているかと期待したのだが、変わっていなかった。残念。

ダリアの華展など2019/08/27 23:18

◆第9回ダリアの華展
池袋サンシャインシティーのダリアの華展で、ダリアの花の折り紙教室をします。
10月5日(土) 11:30-12:30, 14:30 -15:30 定員各回10名 有料
ダリアfor塙町-2
川崎敏和さんの某作品を応用(許諾済み)した新作。

◆パウリ効果
24日、野辺山宇宙電波観測所特別公開の折り紙教室は、Orist(東京大学駒場キャンパス折り紙サークル)からのボランティア、N、Y、Oくんの協力で、問題なく進んだのだが、会議室を元に戻してさあ終了というところで、機械が三つ調子悪くなったことに気づいた。三つのうちのひとつは、イベント中に電源を切っていた、やはりボランティア参加の妻の携帯電話で、これはどうしても電源がはいらず、ショップで確認しても原因が分からず、買い換えることになった。

理論物理学者ウォルフガング・パウリは、彼が近づくとなぜか実験器具が壊れることで有名で、その現象は、パウリ効果と呼ばれていた。本当かどうか知らないが、パウリ効果をネタにしようと、彼が来る部屋に物が壊れる仕掛けをつくっておいたら、その仕掛けが壊れたという話まである。ふと思ったのは、N、Y、Oくんの誰かかがパウリの再来だった可能性だ。となると、このうちの誰かが、将来ノーベル賞を獲るかもしれない。←これも、錯誤相関という心理現象である。

45m電波望遠鏡の制御系に問題が起きなかったのが幸いだ。などと思っていいたら、普段、わたしの身の周りで物が特別に壊れるということなどないのに、今日また、額縁のガラスを割ってしまった。「犯人」はわたしであった。

まじめな話をすると、普段と違ったことをすると(電源を長時間切る、機械を移動するなど)、緊張もあって、普段と違ったことが起きやすいという単純な話で、それに、印象的な出来事が記憶に残る確証バイアスや錯誤相関が乗って、パウリ効果やグレムリン(機械にいたずらする精霊)が現れるということなのだろう。あるいは、疲労がたまっているとか。

なお、Oristは、明日から原宿で展示会とのことである。わたしは、遠くから成功を祈ることにしたほうがよいみたいである。
折紙サークルOrist展示会
日時:8月28日(水)〜30日(金)
場所:原宿・デザインフェスタギャラリーイースト303

特別公開など - 本を読んでばかりのひと2019/08/18 10:25

8/24(土)9:30-16:00、長野県南佐久郡南牧村野辺山
45m電波望遠鏡棟の折り紙教室コーナーにいます。今年の「折り紙」は、EHT(イベント・ホライズン・テレスコープ)。ブラックホールシャドウを撮像したプロジェクトを表す、基地局が描かれた地球儀です。野辺山はEHTの基地局ではないけれど。
EHT

NHK-Eテレ。9/20(金)と9/27(金)22:45-23:00に、第24話と25話が放映。

◆残暑
1週前、日本折紙学会の折紙探偵団コンベンションと、地元での折り紙の講習会が終了した。疲れもあったが、以前小学校の課題で手紙を書いてきた児童、拙著の中国語版の翻訳者など、思いがけない出会いもあって、折り紙の世界は小さく見えて広がりがある、と実感した。

正面の折鶴
写真は、オークションで落札したお皿の折鶴。正面というのは珍しい。

コンベンション会場のT大学のキャンパスで、ツクツクホウシの鳴き声を聞いた。まさに、「死者の祭日のすぐ後から、ツクツクボウシは歌い始める」(『Cicada』(蝉)ラフカディオ・ハーン)のとおりである。そして、休む間もなく、諸用に追われる日々に戻った。以下を読むと、忙しいなんてほんとう?という感じだけれどね。

◆黒板のグリッド
黒板のグリッド
コンベンションの会場のT大学の黒板に、グリッド線があることに気づいた。大学や高校に行く機会はたまにあるが、使うのがスライドやホワイトボードのことが多いので、黒板がこうなっていることに気づいていなかった。いま、これは当たり前なのだろうか。これなら、字がまっすぐに書ける。また、アメリカから参加のKさんが、黒板拭きのクリーナーを見て、「こんなもの初めて見た」とはしゃいでいたのも、たいへん面白かった。

ひとつきほど前、瀬名秀明さんから、新著『小説ブラック・ジャック』をご恵贈いただいた。AIやiPS細胞が臨床・実用化した世界でメスをふるうブラック・ジャックという話である。オリジナルの『ブラック・ジャック』の登場人物だけでなく、作中のバイプレイヤーも「手塚式スターシステム」で手塚作品から「出演」しており、瀬名さんの手塚愛があふれていた。ピノコのちょっとマイナーなセリフもでてくるが、なぜか「あのセリフ」は取っておかれている。読むと、オリジナルの『ブラック・ジャック』も読みたくなる。本棚を見ると、うちにあったのは1975年(初版ではない)の「手塚治虫マンガ家生活30周年記念作品」と記されたものであった。

◆華文小説
評判の中国の小説二冊、SFの『三体』(劉慈欣著、立原透耶、光吉さくら、大森望訳)と、ミステリの『黄』(雷鈞著、稲村文吾訳)を読んだ。

電波望遠鏡がリアルな日常である観測所で働く者なので、『三体』の設定の諸々には、なんじゃそれとも思ったけれど、荒唐無稽さをたのしんだ。三体問題といえば、少し前このブログに、モリアティーの論文『小惑星の力学』のテーマは三体問題であろうということを書いた

『黄』は、ドイツ人の養子になった中国出身の主人公の名前が、ベンヤミン・ウィトシュタインということに、にやりとした。漢字では本傑明・維特施泰因で、ウィトゲンシュタインではなく、ウィトシュタインである。じっさいにWittesteinという姓があるのかどうかを調べたら、これはちゃんとあった。ミステリとしての大ネタとテーマの融合がすばらしく、島田荘司推理小説賞に相応しい物語であった。折紙探偵団コンベンションのゲストのうちのひとりが、中国からの黄(ホアン)さんで、この小説も現地での発音はホアンなのだろう、などと思った。黄さんは『名探偵コナン』が好きということだったので、現代華文ミステリも読んでいる可能性は高く、話題にすればよかった。

◆お酉さま
ちくま文庫の『落ち穂拾い・犬の生活』小山清)を読んでいて、『安い頭』のルビに、え?となった。鷲神社(おおとりじんじゃ)に「わしじんじゃ」というルビが振られていたのだ。全国各地にある「鷲神社」には、「わししんじゃ」と読むものもあるが、『安い頭』にでてくるのは、台東区千束にある、通称「お酉さま」の「おおとり神社」である。一葉の『たけくらべ』にも、大鳥神社、もしくは大鳥大明神として登場する神社で、あの社を「わしじんじゃ」と呼ぶのは聞いたことがない。「難読と思われる漢字にはルビを付しました」という編集での誤植だろう。

酉の市で有名なこの神社の祭神は、天日鷲命(アメノヒワシノミコト)とされる。この神様は紡績や製紙の神様、すなわち紙の神様でもある。今年の二月、入谷での展覧会のさい、そういえば鷲神社が近いなあと参拝し、折り紙界の発展を祈念した。そのとき、境内に其角と子規の句碑があることに気がついた。一葉の文学碑があることは、なんとなく見知っていたのだが、この句碑はあまり気にとめていなかった。

春をまつ事のはじめや酉の市 其角
鷲神社・其角句碑

雑閙(ざっとう)や熊手押しあふ酉の市 子規
鷲神社・子規句碑

其角の句は、一読、彼らしい奇想はなさそうに思える。しかし、あの其角だからなあ、とすこし調べてみると、「酉の市の売れ残り」が客のつかない遊女を意味するという話があるとわかり、「春」や「事」が色ごとも意味しているのか、と腑に落ちた。となると、かなりきわどい句である。そもそも鷲神社は、吉原遊郭に接した、聖俗のあわいに建つ社だ。一葉の『たけくらべ』でも、そうした背景が重く、作中に描かれるこどもたちにたいして緊張感を生んでいる。あの地を舞台にした文学は、すくなくとも、現代の読者であるわたしの感覚では、そう読める。上記の小山清さんの小説のいくつかもそうだ。

そんな背景を持った句が立派な句碑になって、善男善女がこれをながめているということには、一種のアイロニーを感じなくもない。泉下の其角も苦笑しているのではないか。そうでなくても、文学碑というのは、歌枕(歌に詠まれた名所旧跡)の伝統の近代版であり、散歩者のマイルストーンとしても便利なものだが、引用された文言が必ずしもその土地を称揚しているわけではないことを思うと、奇妙なものでもある。文学者の側からしても、碑に刻まれることがうれしくなさそうなものも多い。鷲神社の一葉の碑は、『たけくらべ』からの一文のみならず、桃水あての書簡までが刻まれていて、一葉にいま口あれば、やめてくださいと言うのは必定だろう。

とまあ、いろいろ考えてしまった其角の句にたいして、子規の句は、いかにも子規という写生句だ。子規は、『獺祭書屋俳話』の中で、其角の才を高く評価しながら、「巧者巧を弄し、智者智を逞(たくま)しふする所にして、其角が一吟、人を瞞着するの手段なり」とか、「多能なるものは必ず失す。其角の句、巧に失し、俗に失し、奇に失し、豪に失する者少からず」などとも書いている。この評からも、詩句としての力は、ありのままに見て書いて投げ出したもののほうが強いという、俳句の革新をめざした子規の思いが知れる。其角と子規のふたつの句碑が並んでいるのは、なかなか乙なのである。
『獺祭書屋俳話』の引用の表記、句点、ふりがなは、復本一郎氏校訂の岩波文庫版による)

なお、東京西南部生まれとしては、おおとり神社というと、千束のお酉さまではなく、目黒の大鳥神社も思い浮かぶ。しかし、こちらの「鳥」は、天日鷲命ではなく、日本武尊の白鳥伝説が縁起だ。どちらも酉の市で有名な神社なのだが、おおとり信仰(?)の来歴は、いろいろ錯綜していて、おおとり神社だからといって紙の神様かというと、そうでもない。

◆中井英夫さんの日記
最近、中井英夫さんの日記を読み返した。近現代短歌史への興味からだったのだが、戦中の記述や太宰との関わりが興味深く、ほぼ端から端まで読みとおしてしまった。時代は繰り返すというか、1945年8月8日に、吉本興業への不快を綴った記述もあった。

ゆきどまりならゆきどまりで、よどみならよどみで、何らそこにせい一杯の全身をなげかけた哀切といふもののない現代娯楽を苦々しくかんじた。ましてかゝる娯楽を恬然として並べて恥ぢぬ吉本興業に到つては−。わたしらはもういちど低級娯楽に寸時も愉安されつことがあつてはならない。われらはこれを敵とし、正当にこれを憎まなければならない。

学徒出陣で市ヶ谷の陸軍参謀本部に勤務していた中井英夫青年は、敗戦直前、腸チフスに罹患して東京第二陸軍病院に入院する。上の感想のきっかけになったのは、その病院で、瀕死に近い状態で古川緑波氏の「ひげのうた」を小声で歌う男を見たことである。なお、ロッパ氏は吉本興業ではない。また、「ひげのうた」は『髭に未練はないけれど』のことと思われる。傷つき病んだ兵隊が、呆けたように流行歌を歌う状況は、逆に底の抜けた悲惨さを印象づけるようにも思えるし、吉本興業のどこが癇に障ったのかもよくわかないのだが、中井青年は、それらが、ただただ腹立たしかったようだ。

彼が憎むのはそればかりではない。ソヴィエトの参戦で大日本帝国の滅亡を確信した8月9日には、以下の記述がある。

「これやで−」両手をあげて見せ乍ら、関西弁のきれいな一等兵が入つてき、みなわらつた。
かうして、日本は確実に滅びの門をくぐつた。
昭和二十年八月九日である。
もはや、いつさいの伝へるべき日本の愛は失せ果てねばならぬ。いつさいの、見知らぬ、そこらに無数に輝いてゐた小さな幸福、小さい愛情。それらは飛散した。
日本民族の感じる大きい愛情、といふものは、由来たいした意味はもたないし、又かゝる邪宗的宗教国家といふものは、規模こそ異なれ、世界各国の蛮地に点在してゐる。

戦中の、しかも市ヶ谷の参謀本部にいた学生の記述と思うと、日本を邪宗的宗教国家と言い切っているのは驚く。日記刊行時(1971年)の前書きにある、「当時の学生のあらかたは、いま伝えられるようなものではなく、反戦の気風は意外なほど強かった」というのは事実なのだろうが、やはり異端と思われる。あるいは、じっさいに反戦の気風が強かったとしても、号令にかき消されるひそひそ話であったということだろう。

ソヴィエトの参戦だけが地獄の門が開いたこととされているのは、じっさいそうでもあったのだろうが、参謀本部にいても、周辺が既に焼け野原でも、一介の学徒兵には、新型爆弾のことも詳しく知らされておらず、沖縄や外地の状況も実感ではなかったからだろう。しかし、お手上げですなあ、とみなで笑っている風景は、集団的なガルゲン・フモール(絞首台での冗談)がきわまった感があって、生々しい。

そして、8月11日、「誰があの、血みどろな闘争をしたのだ? わたしの記憶では中井の家は、古い時計のやうにしづまりかへつてゐるのに−」と記したのを最後に、彼の病状は悪化し、15日の敗戦も、14日の文書焼却の閣議決定を受けて市ヶ谷で書類を燃す煙があがり続けたことも知らずに、意識不明となる。回復したのは9月にはいってからだという。何の象徴かと思ってしまうような話だ。

同じころ、医師であったわたしの父方の祖父は、患者から感染した腸チフスで命を落とした。ちなみに、中井さんの日記には前川というひとがでてくるが、これは、植物学者の前川文夫氏の関係者で、わたしと親戚関係はまったくない。

と書いて思ったのは、1945年、祖父はどこの病院にいたのだろうか、ということだ。父も叔父たちも鬼籍にはいったいま、調べるのがやや難しいが、世田谷区在住だった祖父は、同区の東京第二陸軍病院に顔を出していた可能性がある。祖父の罹患した腸チフスというのは… まあこれは、考えすぎというか、関係妄想というものだ。

ただ、この病院は、のちに国立小児病院(現・国立成育医療センター)となり、少年時代のわたしが喘息の治療のために通った病院でもある。偶然からなにかを読みとろうとしてしまうことから、時代が地続きであることを実感することはある。

(引用は、『中井英夫全集8』東京創元社)より)

夏のイベント2019/07/23 22:39

毎夏の折り紙界最大のイベント。「参加受付中」と書こうと思ったら、今日、定員を超えたために受付終了。どうも。初中級教室のために、「こぐま」という新作を考えた。例年のように、この他に、幾何作品と講義を申し込んだ。
こぐま

折り紙教室中級編 - 龍を折ろう!-
場所:府中郷土の森(東京都府中市)
時日:8月12日(月、祝日)10:00-12:00、および、13:00-15:00
参加費:300円(別に博物館入場料)
要、事前申し込み。当日、図も配布。
けっこう難しい作品なので、どういうひとが集まるのか、すこしどきどき。
龍

先日、東京ステーションギャラリーで開催中の、メスキータ展を観てきた。エッシャーの師匠にして、アウシュビッツで亡くなった版画家の、日本初の回顧展だ。
Mesquita

Mesquita図録

◆どこかにいい国が
八ヶ岳山麓では、6月の末からヒグラシの声を聞くようになった。写真はヒグラシの抜け殻である(たぶん)。
ヒグラシの抜け殻(たぶん)

かなかなのかなをかなしく鳴きをはる 加藤洋子

この世より滅びてゆかむ蜩( かなかな)が最後の〈かな〉を鳴くときあらむ 柏崎驍二 

七十二候の「寒蝉鳴」における、ツクツクボウシとヒグラシの混同に関しては、以前このブログにも書いた。ヒグラシは秋の蝉ではない。そこでも引用した、山村暮鳥の「かな かな かな かな どこかにいい國があるんだ」という詩は、先日、『セミ』(ショーン・タン著、岸本佐知子訳)を読んだときにも連想した。暮鳥はクリスチャンなので、この「國」は、神の国のことだろう。しかし、わたしには、この言葉が、「どこにもいい国なんてない」という反語として響く。