星の賽2017/11/30 00:02

stella octangula
ドイツ文学と思想史の研究者・長谷川晴生さんのTwitterで、トートナウベルクという村のハイデガーの山荘の近くに、多面体の意匠のついた「星の賽の井戸」なるものがあることを知った。

この立体は、幾何学の用語では、stella octangula(星型八面体)と呼ばれるものだ。星の賽(sternwürfel)という言葉(訳語もいいねえ)は、ハイデガーの山荘を訪ねたツェランの詩『トートナウベルク』にでてくるものである。この言葉がいつからあるのかはわからないが、ここでsternwürfel すなわち star dice(cube)という言葉が使われているのは「適切」だなあと思う。単に立体という意味でdice(cube)なのかもしれないが、この立体は立方体と相性がよいのだ。

この立体の8個の凸頂点は、立方体の頂点と一致し、凸になっている稜(辺)は、正方形の対角線と一致する。したがって、この立体を立方体から削り出すのは難しくない。立方体の12個の稜を「く」の字型に削ればよいだけなのだ。

長谷川さんも指摘しているように、ハイデガーを訪ねて、この井戸に遭遇したユダヤ人のツェランには、これがダビデの星に見えたに違いない。意味深長な象徴性で、ナチス党員になったこともある哲学者と、自身も強制収容所に送られ、両親をそこで亡くした詩人の対面に対する感慨がわきあがるのと同時に、わたしには、この幾何立体の歴史への興味もわいた。この井戸の来歴や、この装飾のいわれはなんなのだろうかということである。

この立体は、ケプラー(1571-1630)の発見と言われることが多いが、『多面体』(P. R. クロムウェル、下川航也他訳)に「パチョーリやヤムニッツァーなど、以前から知っていたものも多かったようである」とあるように、より古くから知られていた立体であると考えられる。パチョーリ(1445-1517)とダ・ヴィンチ(1452-1519)は親交があり、画家がこの立体の絵を描いているので、ダ・ヴィンチの星と呼ばれることもある。ただ、ケプラーが自ら見つけたのもたしかなようで、16世紀以前にドイツで知られていたかたちとは思えない。 案外、これは、ケプラーへの敬意もあって、ドイツにあるものなのかもしれない。

昭和のくらし博物館など2017/11/28 21:56

◆昭和のくらし博物館
先週の休日、大田区南久が原にある昭和のくらし博物館に行った。高野文子さんの原画展が開催中である。原画展のほかに、「山口さんちの子ども部屋」という展示も高野さんが手がけていて、展示物の中に、内山光弘(こうこう)さんの「光弘式折紙」もあった。

昭和のくらし博物館自体も面白かった。戦後すぐにできた木造の民家がそのまま博物館になり、そこで育った、生活史研究家の小泉和子さんが館長をつとめている。

世田谷区東南部にあるわたしの実家は、この博物館から遠くない。この日も実家に行くのに合わせて寄った。コンクリ製の片屋根のゴミ入れ、庭の井戸、廊下、縁側、柿の木などに、少年時代の実家の風景がよみがえった。袋小路の道が多い町割りもそっくりだった。ともに武蔵野台地の崖線付近に位置し、同じような時期に宅地化が進んだ土地だからだろう。

◆ボロミアンキューブ
ボロミアンキューブ
数日前に書いたボロミアンリングの構造は、正八面体と双対関係(面の中心を結ぶと互いの立体になる)の立方体にも適用できる。似たようなことは試したことがあったが、単純に考えたところ、昔からあったようなというか、予定調和というか、きれいなのものができた。1:4の長方形3枚による立方体である。既にあったであろう感がフルレンジに強いのだが、記憶を探っても、この造形自体は、でてきそうででてこない。面が割れないようにするのが「正解」で、パズル的な面白さもある。

◆映画
『ブレードランナー2049』(わたしの折り紙モデルがでてくる)、『KUBO』(折り紙ぽい術がでてくる)、『ギフテッド』(見逃したくない数学天才もの)と、観たい映画が多いのだが、観る時間をつくることができない。

紙燭と藤原定家、そして、「紅旗征戎非吾事」のこと2017/11/18 00:10

以下、『折紙探偵団』の記事のために、江戸時代の奇術を調べていてわかったことからの、こぼれ話である。

『続懺悔袋』(ぞくざんげぶくろ、1727、環中仙(かんちゅうせん))という、江戸中期の座敷芸・奇術指南書に「はしを紙そくにて折ル」というものがあった。「紙そく」は紙の束のことなのか、折り紙的な奇術の話題として使えるかと、わたしの「折り紙アンテナ」にかかったわけである。

しかし、「紙そく」というのは、紙燭、脂燭などと書く、室内灯火の一種なのであった。細く縒った紙などに油を染み込ませたものである。ちなみに、「紙そくにて箸を折る」のタネ明かしは、それを湿らせて鞭のように勢いよく振ると箸を折ることができるというものだった。

...という知識を得た数週間後、『定家明月記私抄』(堀田善衛)を読んでいると、脂燭でひとを叩いたという話がでてきた。江戸の奇術からさかのぼることおよそ500年、九条兼実の日記『玉葉』に、藤原定家の若き日の、以下の話が記されているという。
伝へ聞ク、御前試夜、少将雅行ト侍従定家ト闘諍(トウジョウ)ノ事有リ。雅行定家ヲ嘲哢スルノ間、頗(スコブ)ル濫吸(ランスイ)ニ及ビ、仍(モッ)テ定家忿怒ニ堪ヘズ、脂燭ヲ以テ打チ了ンヌ。

雅行は、あまり歴史に名を残してはいないが、源雅行という、定家より年少だが官位は高いひとである。濫吸(ランスイ)というのは、場違いな狼藉のことで、御前試(ゴゼンのココロミ)というのは、新嘗祭の儀式のひとつだ。

これは、宮廷行事の日、定家(二十四歳)が侮辱され、灯芯を振り回して、自分より位の高いの青年(十九歳)を叩いたという話だ。その後、定家は除籍処分も受ける。

なお、『玉葉』の表記は「脂燭」のようで、平安時代後期のそれが紙でできていたのかは不明だ。当時の紙の貴重さを考えると、違うような気もする。

若き定家のこの癇癪は、有名な話のようだ。好事家・環中仙はシャレの効いた人なので、奇術本『続懺悔袋』にも「箸を紙そくにて折ル術の源は、歌聖・定家にあり」と書きそうだな、とも思ったのだが、そんなことはないのであった。

この事件は、文治元年(1185年)十一月のことである。「御前の試み」は、いまは無くなった行事のようだが、十一月の中旬の寅の日と決まっていた。むろん太陰太陽暦(いわゆる旧暦)である。
(11/21追記:堀田さんの『玉葉』の引用と思われる記述では、文治元年十一月二十五日とあったが、あらためて計算してみると、文治元年十一月中旬の寅の日は、1185年12月6日の壬寅、十一月二十三日であった。これに基づき、上の文は、すこし変えた。日記の『玉葉』の日付が十一月二十五日で、事件自体は二十三日ということと思われる)

そういえば、明日18日(あ、もう今日か?)は二の酉だが、熊手を売る酉の市の決めかたは、すこし奇妙なものになっている。年末近くの行事ということが重要なので無理もないのだが、太陽歴の11月に含まれる酉の日という、新旧折衷なのだ。もちろん、これも、もとは旧暦の十一月だ。今年のように閏月のある十三ヶ月の年ではずれは大きくなる。旧暦だと今はまだ九月末なので、正統の酉の市(?)は、実はまだまだ先だ。一の酉が12月24日(旧暦十一月七日 乙酉)で、二の酉が1月5日だ。年が開けてもまだ十一月と考えると、締め切りを日延べした感じになって、すこしうれしい。

などと、話がずれていったついでに、以下、『明月記』の話である。

なぜ『定家明月記私抄』を読んでいたかというと、これは奇術の歴史への興味とはなんの関係もない。『明月記』は、天体現象や気象現象の記述が多いことでも知られ、それはそれで面白いのだが、今回は、そういう関心でもない。震災以降に強くなった、戦中の日記を読みたい気分の延長線で読んでいたのだ。『明月記』もまた戦乱の時代(源氏vs平家)の日記なのだ。ただし、『明月記』における戦乱の扱いは、以下の言葉が通奏低音となっていることで知られる。
世上乱逆追討雖満耳不注之 紅旗征戎非吾事
(世上乱逆追討、耳ニ満ツトイヘドモ、之ヲ注セズ。
紅旗征戎、吾ガ事ニ非ズ。)
(反逆者を討つという話が耳にはいってくるが、それは記さない。天皇の旗を揚げて夷狄を征することは、わたしの関与することではない)

白楽天(白居易)の「紅旗破賊非吾事」を援用した言葉である。キレて、脂燭を振り回すひとにしては、随分とクールな書きぶりだが、芸術至上主義者・定家のイメージを決定づけた言葉として知られる。堀田善衛さんは、戦中、この言葉に胸を射抜かれたという。
自分がはじめたわけでもない戦争によって、まだ文学の仕事をはじめてもいないのに戦場でとり殺されをかもしれぬ時に、戦争などおれの知ったことか、とは、もとより言いたくても言えぬことであり、それは胸の張裂けるような思いを経験させたものであった。
(『定家明月記私抄』-序の記-より)

氏が戦後に、朝鮮戦争時のアンガージュマン(コミットメント)の問題をテーマにした『広場の孤独』で筆名を高めることになるのも、「吾ガ事ニ非ズ」をどう考えるかということの別の面とも言える。なお、堀田さんは、『方丈記私記』でもそうだったが、『定家明月記私抄』でも、定家にたいして、けっこう批判的な視点もある。

さらに、もとの白楽天(白居易)の詩を見ると、自己憐憫の趣きもあって、またニュアンスが異なっていた。
紅旗破賊非吾事
黄紙除書無我名
唯共嵩陽劉處士
圍棋賭酒到天明
(旗を掲げて敵を破ることは、わたしの務めではない。詔書には、わたしの名はない。ただ、嵩陽(地名)の無位の劉さんと共に、酒を賭けて、夜明けまで碁を打っている)

まあ、定家も白楽天もエスタブリッシュメントなんだよね。

『ゴースト』と『すべての見えない光』2017/11/05 20:29

紙飛行機
○○警察という言葉がある。フィクション中の○○の描写の正確さをチェックするひとのことだ。微に入り細を穿って難癖をつけるのは、よい趣味とは言えない。しかし、専門の折り紙となると、描写が気になってしまう。「折り紙警察」である。困ったもんだ。ただし、よい悪いというものではなく、それをきっかけにしてさまざま考えました、というような話である。

中島京子さんの『ゴースト』の第三話、「きららの紙飛行機」に、その題名のとおりに、紙飛行機が出てきた。敗戦直後の浮浪児の幽霊が、現代のネグレクトされた幼女を守る切ない話である。他の話も、ひとが生きたことが忘れ去られることの哀しみを描き、現代のアクチュアルなテーマにもつながっている。

少年は、キャラメルの包み紙で、そして、チラシを正方形にして、紙飛行機を折る。後者は、以下のように描写される。
ケンタはさつきフェスティバルの会場でもらったチラシを、斜めに折って三角形を作り、はみ出した部分を折って爪でしごくようにして筋をつけてから切り離した。そして一度斜めに折ったものを開くと、正方形ができていることを、きららに見せてやった。
「おっきい四角ができたろ。そしたら、さっきみたいにまずまんなかで折ってさ、それから三角を二つ作って。こっちとこっちを折って、それから、ここが大事なんだ。ここをちゃんと折んないと、飛ばないんだぜ」
まず、紙飛行機を長方形ではなく正方形にしてから折ることが珍しい。ただ、ケンタは、キャラメルの包み紙(だいたい正方形である)でもそれを折るので、正方形からの折りかた以外を知らないのかもしれない。気になるのは、どのような折りかたかということだ。カバーのイラストレーションは本文の描写にそっているとは必ずしも言えないが、それも参照すると、ここで折られた紙飛行機は、図の一番上のようなものと読み取れなくもない。ちなみに、イラストレイターは河合いづみさんで、野中ユリさんの仕事を彷彿とさせる、魅力的な絵である。

さて、図の一番上のかたちだが、残念ながら、これはうまく飛ばない。揚力に対して、重心がうしろにありすぎて回転してしまうのだ。これを解決するためには、2段目のように、あらかじめ1/6ほど細く折るか、3段目のように巻きこむように折って、機首を重くするとよい。キャラメルの包み紙のような小さい紙でも同様であることは、じっさいに試してみた。4段目のように、翼の後方の面積を大きくするために、翼の折り返しを軸と平行にするという方法もある。河合さんのイラストレーションにプロポーションが一番近く、よく知られたものは、図の一番下の「ヘソヒコーキ」だが、これは、長方形から折るものである。
結論としては、2段目か3段目を「ケンタの飛行機」とするのがよさそうだ。

フィクション中の紙飛行機ということでは、妻が、ちょうど読み終わった「『すべての見えない光』(アンソニー ・ドーア著、藤井光訳)にも、紙飛行機がでてきたよ」と教えてくれた。「見えない光」というのは電波のことで、裏表紙の惹句に、「ラジオから聞こえる懐かしい声が、盲目の少女と若い兵士の心をつなぐ」とある小説だ。わたしは読んでいないのだが、紙飛行機の部分を引用する。
息子のマックスは、今では六歳、泥や、犬や、答えようのない質問が大好きだ。最近ではなによりも、複雑な形の紙飛行機を折ることに夢中になっている。学校から帰ってくると、台所の床にひざをつき、翼端や尾部や機首をあれこれ試しては品定めをしているが、要は紙を折るという動作、平らのものを飛べるように変形させることが大好きなように見える。
「紙を折るという動作、平らのものを飛べるように変形させることが大好き」とな! すばらしい。

なんかいろいろ2017/10/28 10:12

◆折紙者は、紙の羊の夢を見る。
たった今知った話。前作に折り紙のユニコーンがでててきた『ブレードランナー2049』(ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督)に、折り紙の羊が登場するという。写真を見ると、100%私の作品である(追記10/30:厳密にはツノをすこし変えているようにも見える)。『Genuine Origami』にでているものだ。なんの連絡もなかったなあ。折り紙の作品の多くには作者がいるということがいつも軽く見られているのは、たいへん残念である。

『クボ 二本の弦の秘密』(トラヴィス・ナイト監督)
映画と折り紙と言えば、近く上映される、日本を舞台したストップモーションアニメに、式神の術のような折り紙の術が登場するらしい。

今日、10月28日(土)22:45-23:00に、第6話「くじゃく」が放映される。

上毛新聞
本日創刊130年記念紙面の上毛新聞に、「変形折鶴」を提供した。
新聞紙面(812:546=1.487...:1)の長方形に菱形を内接させて折るものである。なお、一般的な新聞紙は1:√2ではなく、3:2と見たほうがよい。
試作の過程で、写真のようなちょっと手の込んだ鶴もつくってみた。
newspaper_crane

◆World Origami Days
10/24-11/11はWorld Origami Daysである。 詳しくは、こちら

明日10/29(日)13:00-15:00。また、台風が来ている...

先日、穂高さんから『夜明けのカノープス』の文庫版をご恵贈いただいた。単行本でも読んでいたのだが、天文小説の傑作である。「天文小説」とはなに?ということだが、SFではなく、星が重要な意味を持って登場する小説のことをそう言ってみた。

小説中にも説明があるが、カノープスは、太陽を除いて、シリウスに次いで全天で2番目に明るい恒星である。しかし、南天の星なので、北半球中緯度からは見えにくい。日本では見えない土地も多く、見えてもすぐに沈んでしまう。ヨーロッパからは無理で、中国も南に行かないとだめだ。スペクトル型はF0なので、本来は白っぽい星だが、低い空では大気層を長く通るので、朝焼け夕焼けの原理と同じで赤い星になる。人類の多くが北半球中緯度に住むので、世界各地に、「見えにくい明るい星」の伝説がある。

と、書いているだけで、いろいろ象徴性があるわけだが、『夜明けのカノープス』の味わい深さは、第一に、このカノープスの特徴をうまく使っていることにある。その象徴性が、穂高氏の筆が寄り添う、傷を負ったひとや葛藤と逡巡の中にあるひとへの温かい眼差しと融合して、地上の物語になっている。
解説は、渡部潤一国立天文台副台長だ。文才あるな、副台長。

『Hidden Figures』(セオドア・メルフィ監督)
映画『ドリーム』(Hidden Figures)を観た。NASAの、黒人女性の計算機屋さんたちの話である。原題の「Hidden Figures」の Figureには、計算、数字、図形、そして、人の意味がある。ベタに、『栄光なき星たち』なんて邦題もよいのに。

天文台で計算機の仕事をしているわたしは、彼女たちの後裔と言えなくもない。というわけで、やや遅れ気味の仕事のモチベーションを上げる意味でも観た。ただ、差別の問題が主なテーマで、数学や計算の仕事の描きかたは物足りないところもあった。よい映画であるのは間違いない。

「モチベーションをあげるために映画を観よう」というのは、だいたい成功しないが、ときどきある。辞典関連の仕事のため、『舟を編む』(石井裕也監督)を観たこともあった。これは、ロードショー上映が終わっていたので、長野県茅野市の新星劇場というところに行った。映画は、主に、東京にいるときに府中などで観るのだが、山梨(長野県境)と東京を行ったり来たりしているので、長野・山梨で観ることもたまにある。新星劇場は初めての劇場だった。すると、なんと、最後の通常上映プラグラムで、同劇場は何日か後に閉館を控えていたのであった。2013年のことである。

先日、この新星劇場がTVに出ていた。火野正平さんの自転車の番組だ。いまでもときどき上映会があるらしいが、地方の単館劇場の営業の難しさは想像できる。4年前に行ったときも、最後の最後ではないこともあってか、観客はまばらに10人ほどだった。

『神は数学者か?』(マリオ・リヴィオ著、千葉敏生訳)
自然理解における「数学の不条理までの有効性」(ユージン・ウィグナー)をテーマにした読み物。リヴィオさんの本は、バランス感覚がよい。
重箱の隅だが、冒頭近くに「ちなみに最小の完全数は6であり、以下、28、496、8218と続く」とあったが、4けたの完全数は8128である。こういう誤植というのは「あるある」だが、数値や名前を間違うと目立つ。

『日本奇術文化史』(河合勝、長野栄俊、日本奇術協会)
大著『日本奇術文化史』を買った。妻曰く「図書館が買うような本ね」
この本で取り上げられている、いわゆる和妻(日本の奇術)や、和算、和紙、短歌、俳句、柳田民俗学などは、ほんとうに面白くて、いろいろ調べたくなる。このごろ流行りの「ニッポン偉い」になっていないかという自省も湧くが、偉い偉くないではなく、面白い。

わたしが、これらを面白いと思う感情はどこに起因するのか。まずは、当然のことながら、わたしに日本が染みついているということがある。ある程度資料も読めるし、文脈を想像しやすい。そして、すこし違って、それらを一種のエスニックなものとして見る視点もある。

で、折り紙はどうなのかというと、これは、なぜかわたしの中で、もっと無国籍でコスモポリタンなもの、日本が染み付いていない文化のカテゴリーにはいっている。

◆球場に行かなかった。
ここ数年、球場に観戦に行っていない。9月末、神宮球場のスワローズ・タイガース最終戦を観に行こうとしたのだが、ほぼ消化ゲームなのにチケットが売り切れていた。CSの雨の甲子園はひどかったが、2位で日本シリーズに行ってもオマケみたいなものなので、そんなに悔しくない。むしろ、「伝説のゲーム」は、負けたほうが、伝説である。

10月1日では遅すぎる2017/10/01 20:29

10月1日になると、この小説を、というより小説の題名を思い出す。時間の配列が地球上の地域によって異なってしまう世界の話だが、高校生のころに読んで、再読していないので、詳しくは思い出せない。ただ、珍しくカバーも含めてとってあった。
『10月1日では遅すぎる』

作者のホイル卿は、恒星内部での元素の合成に関しての研究などの画期的業績があり、ノーベル賞を受賞していないことをなぜと言われていた天文学者だ。ビッグ・バンの「名付け親」にして、反ビッグ・バン論者としても有名である。彼がなぜビッグ・バンに反対し続けていたのかは、最近読んだ『偉大なる失敗』(マリオ・ リヴィオ著、千葉敏生訳)の記述が詳しく、興味深いものだった。

「風車と風船」つづき2017/09/22 22:06

前回の「風車と風船」で、重要なことを書き忘れた。

『北斎漫画』の「風舟(ふうせん)」のあるページは、「車さまざま」という取り合わせで、左下に風車(かざぐるま)らしきものの絵もあるのだ。この風車も、家紋の「七曜」のようなかたちで、「正方形切り込み風車」ではないというのが、重要なポイントである。

風車(『北斎漫画二編』)
『北斎漫画二編』(国立国会図書館デジタルコレクション)より風車

風車のとなりにある、玩具の「鯛車」、中断左にある、いざり車(車椅子)も興味深いが、上段の「風舟」の左は車の妖怪で、「交離車(かたハくるま)」と記されている。(文字は、「片輪」ではなく「交離」のようである)

車さまざま(『北斎漫画二編』)
『北斎漫画二編』(国立国会図書館デジタルコレクション)より

水木マンガで妖怪の基礎知識を得た者としては、炎に包まれた怖い顔のついた車輪は、「輪入道(わにゅうどう)」にほかならない。輪入道という名は、鳥山石燕によるもので、水木さんはそれを参照したものである。しかし、その図像は『諸国百物語』の「かたは車」の引用なのである。ややこしいのは、石燕の『今昔画図続百鬼』に、片輪車と輪入道が別に描かれていることだ。

なお、「片輪車」は、水の波と車輪を描いた意匠を示す言葉でもある。「乾燥を防ぐために,牛車の車輪を川の水に浸している情景を表したもの」(大辞林)の謂だ。国立博物館所蔵の、この模様に彩られた「片輪車蒔絵螺鈿手箱」は国宝である。

風車と風船2017/09/22 00:06

先日、TVドラマ『眩(くらら)〜北斎の娘〜』(朝井まかて原作、大森美香脚本 加藤拓演出)を視た。次の台詞に密かに涙したひとは多かっただろう。

「三流の玄人でも、一流の素人に勝る。なぜだかわかるか。こうして恥をしのぶからだ。己が満足できねぇもんでも、歯ぁ喰いしばって世間の目に晒す。」
『眩』朝井まかて)

よいドラマだったのだが、「重箱の隅つつき」を、以下にふたつほど記す。

ひとつは、曲亭馬琴を滝沢馬琴と呼んでいたことだ。滝沢は馬琴の本名である。よって、それは、江戸川乱歩(本名:平井太郎)を、平井乱歩と呼ぶようなものだ。間違いとは言い切れないし、わざとかもしれないが、後世のひとではなく、劇中の同時代の人物が面と向かってそう呼ぶのは、違和感がある。

もうひとつは、風車である。劇中、図のような風車がでてきた。わたしは、ほかの時代劇でもこれがでるたびに気になる。
風車

NHKで考証をしている(『眩』に関わっておられたのかは知らない)大森洋平さんの『考証要集』の「風車」の項は、以下である。

「風車【かざぐるま】 江戸時代の考証随筆『守貞謾稿』(岩波文庫、第四巻、二八六頁)によれば、漢名も同じで「古からある物なり」とある。戦国時代劇に出してもよいだろう。」

この記述自体は正しい。しかし、問題は風車のかたちだ。果たして、上の図のような、「風車の弥七」が使っているような風車は、近世以前にあったのか。大森洋平さんも参照している『守貞謾稿』には挿絵がある(『近世風俗志(守貞謾稿)<4>』)。それは、下の図に示した、放射状の竹ひごの先に紙片などをつけたタイプの風車だ。『眩』には、このタイプも出てきたが、近世以前の風車の基本はこれであろう。
風車(『守貞謾稿』)
『守貞謾稿』(幕末)の風車

錦絵などでも「正方形切り込み風車」の図像を見たことはない。やや似た、八回回転対称のものは、『纂花鳥風月』(くみかへてくわてふふうけつ)を描いた絵(歌川国貞(三代豊国))(下の図:模写)で見た。
風車(『纂花鳥風月』より)
『纂花鳥風月』(幕末)の風車

「正方形切り込み風車」に似た折り紙の風車も、明治以降にフレーベルの恩物が輸入されたのちに見られるものであるようだ。「正方形切り込み風車」は、厚い紙か樹脂でないときれいにできない。セルロイドなどの樹脂の普及に伴い、夜店の販売で広まったのではないか。

大森さんの『考証要集』は、たのしい本である。目からウロコを何枚も落としてくれる。当たり前だが、第二次世界大戦があって初めて、「第一次世界大戦」の名前ができたこととか。しかし、わたしの「専門領域」において、重箱の隅をつつく、というか、読んださいに連想したことなどを、ついでと言ってはなんだが、記しておこう。

「折り紙【おりがみ】 ... 代表格の「折鶴」「だまし舟」の初出は元禄時代という。戦国時代劇で姫君に折鶴を折らせるのは適切ではない。」

これは、うなずく。ただ、折鶴の初出は、つい最近の発見で16世紀末までに遡ったので、ありえないということはなくなった。

「紙風船【かみふうせん】 最近の時代劇で村の子供たちが、現在と同じ丸いカラフルな紙風船をついて遊んでいた。紙風船自体はすでに江戸時代から富山の薬売りが景品として配り、全国に普及したとも言われるが、今に伝わるそれらは角型で、丸いものとは違う。ちなみに山中貞雄監督の名作『人情紙風船』では丸いカラフル型が使われていた。あるいはカラフル型は、日本人が開化後に西洋式の気球を見てから思いついたデザインかもしれない。」

これも基本的には正しい。あのタイプの「紙手毬」、「空気玉」は、グラシン紙の普及以降であろう。いっぽうで、『人情紙風船』が名作ということにも異論はない。タイトルの詩情も換えがたく、虚実皮膜の間を描くのが芸術なので、時代考証の嘘は、映画の価値をいささかも減じないだろう。山中貞雄監督が28歳で戦病死したことも、現実世界の人情も紙風船だったことを物語る。

さらに、変な感じに山中監督を擁護すると、映画の本編には「紙風船」という言葉は登場しない。「風船」はballoon(ballon:オランダ語)の訳語としてつくられた言葉と考えてまず間違いない。船という文字があることからかわかるように、ひとの乗る気球のことで、落下傘のことを指す場合もある。ただし、後述のように、この言葉が開化以前にあることは、最近見つけた。

『考証要集』の「紙風船」の記述でやや疑問なのは、富山の薬売りのおまけの角型の紙風船である。江戸時代からあったらしい旨がさらりと書かれているが、これを裏付ける資料はなんだろうか。以前調べたのだが、たしかな資料を見つけることはできなかった。たとえば、富山市民芸村の売薬資料館には、明治期以降のものしかないはずだ。
富山の紙風船

最後に、幕末の風船の絵である。『北斎漫画 二編』(1815)に「風舟」という絵があることに、最近気づいたのだ。別のことを調べて、北斎漫画を精査(?)していて、なにこれ?となった。ということで、北斎の話に戻って、この雑文を終わることになる。図は、国立国会図書館デジタルコレクションからの引用である。北斎は話に聞いたのか、なにか絵でも見たのか、推進装置(?)がうちわを並べたような「車」というのが、宮崎駿さん的ですばらしい。

風舟(『北斎漫画二編』
『北斎漫画二編』(1815)の「風舟」

浅野真一個展 私たちのかたち、林哲夫油彩画展 comme ça2017/09/17 00:50

京都市のギャラリー恵風で開催中の、林哲夫さんと、浅野真一さんの絵画展に行ってきた。

以前、浅野さんから、作品のモチーフにわたしの折り紙作品を使いたいという話があり、今回の展示には、それを使った作品があり、16日は、林さんと浅野さんのアーティスト・トークもあったので、京都に足を伸ばしたのである

林さんと浅野さん、ともに、身の回りの小さなものを繊細に具象的に描く、静謐な絵である。
柳田国男の本の題名に『小さき者の声』というものがあるが、さながら、『小さきの声』、囁きかけてくるような絵だ。
浅野真一個展

浅野さんがモチーフにした折り紙作品は、わたしの「木」と、山口真さんの動物であった。ごく普通の折り紙用紙で折ったという質感が、キャンバス上で、見事に色とかたちになっていた。凝った折り紙作品ではなく、いかにも折り紙というところがよい。

浅野真一『動物園』

浅野真一『森』

紹介が遅くなり、浅野さんの展示は、今日(9/17)まで(しかも台風接近中)であるが、折り紙好きには、ぜひ見てほしい。

クラムボン2017/09/13 21:44

昼休みに、観測所のとなりの公園を散歩していて、やまなしの実が小川をゆっくりと流れてゆくのを見た。蟹の兄弟を見かけなかったが、わたしの影をカワセミと勘違いして隠れていたのかもしれない。

やまなし

やまなしの実には、アメンボが乗っていた! やまなしの実が小川を漂っているだけでも賢治ワールドなのに、これには、「おおっ!」と思わず声をあげた。謎の言葉クラムボンがアメンボであるという説を知っていたからだ。

アメンボは、ときどき水面に脚を出して、きれいな同心円状のさざなみを描いていた。かぷかぷという声は聞こえなかたっが、跳ねてわらっていたような気がしないでもない。

最近の国語教育では、クラムボンの意味を解釈してはいけないというのが主流らしい。しかし、これを見たからには、アメンボ説を断固指示である。意味を解釈してはいけないと言ってしまうほうが、頭の中だけで世界を完結させる、自然に触れていない机上の空論かもしれない。