爪楊枝にみる見立ての連鎖2010/02/02 21:01

見立て・椿の楊枝立て
 束になった楊枝を花蕊に見立てた、椿の楊枝立てである。日常的に愛用しているもので、何年か前、伊豆大島で買ってきた。特撮映画にでてきそうな南洋の謎の花にも見えなくもないが、爪(妻)楊枝をなにかに見立てるということでは、花蕊は、すばらしい着眼であると言える。ちょっとキッチュな感じもよい。ただ、楊枝を使ってしまって、ぱらぱらとなっていると、見立て度が下がるので、楊枝はいつも補給しておいたほうがよい。なお、この楊枝立ては、伊豆大島でしか見たことはない。
つつましいものから、けれんたっぷりのものまで、見立ての演出がさまざまに垣間見られるのが日本の観光地だ。(『見立て心は遊び心』から(下中美都))
というのは、『現代見立て百景』というブックレットにあった言葉だが、これは、その典型例とも言える。

 そして、爪楊枝と言えば、いまやそれしか思い浮かばない、末端が茶色く溝のある爪楊枝は、「こけし楊枝」という。戦後、他の爪楊枝との差別化のためつくられたものが広まったのである、との話を以前どこか聞いたか読んだかした。つまり、あのデザイン自体が「こけし」への見立てなのである。そして、思えば、その「こけし」もひとのかたちへの見立てなのだ。ここにあるのは、見立ての連鎖なのであった。なんだか実に日本的な気がする。