朝ドラの話など2018/04/27 21:03

第十二話が、明日4月28日、22:45-23:00に放送される。
博士役の滝藤賢一さんは、朝ドラ『半分、青い。』にも出演中で、その宣伝もあってか、今朝のインタビュー番組にもでていた。その中に、自宅で折り紙を折るシーンがあったが、画面にちらっと映った図はわたしのものだった。滝藤さんは、作中で折るモデルをきちんとマスターする勉強家なのである。

◆朝ドラの話
その朝ドラの高校生の部屋に、大十二面体と小星型十二面体が置いてある。このモデル、色が同一面で同じになっている。よくできている。

大十二面体は12個の正五角形、小星型十二面体は12個の五芒星が、対称的に交差してできた多面体である。しかし、できあがったかたちは、60個の三角形の面が見え、交差した面はわかりにくい。面の交差という構造を示すためには、色分けを使うとよいのだ。
大十二面体と小星型十二面体

大十二面体のモデルは、拙著『折る幾何学』にも載っている。ただし、「大十二面体外殻」として、名前には「外殻」をつけた。これは、やはり、面の交差にはなっていないからである。内部の面はないのだ。ただ、やや変わった対称性を用いたので、面白いモデルになったと自負している。「『折る幾何学』型紙選集」にもはいっているので、パズルとしてどうぞ。

また、この朝ドラの主人公の少女は、片耳が聞こえない。じつは、親戚にも同じ障碍のひとがいる。視力低下によって幻覚が見えるシャルル・ボネ症候群というものがあるが、それの聴覚版の、聴覚性シャルル・ボネ症候群なるものもあって、幻聴として、音楽が聞こえたりもするらしい。親戚の女性も、小さいころ、いわゆる霊感が強いと言われていたという。なお、彼女は、長じて耳鼻科の医師になった。

姫路科学館の「火星儀」工作の詳細2018/04/24 12:35

ひとつ前の記事に書いた姫路科学館のイベントの詳細です。
・場所:姫路科学館
・内容:折り紙技法による火星儀製作
・日程:4月28日、5月6日、それぞれ13:10と14:30の2回
・各回先着10名、開館時から先着順、参加費無料
・図版製作:安田岳志@姫路科学館、図版協力:前川淳
(なお、わたしは、残念ながら現地にはいません)

ひとつ前の記事の写真の火星儀は、NASAのバイキングのデータによるものだが、惑星気象科学の先駆者・宮本正太郎さん(1912-1992)による「宮本火星儀」を元にしたバージョンもある(写真下)。1964年のマリナー4号に始まる飛翔体観測より前の、地上という井戸の底からしか観測ができなかった時代のものだが、なんというか、とても「火星らしい」。極冠(北極と南極にある氷結した二酸化炭素と水)は地上からも白く見えるのにそう描いていないが、これは、季節変化があるためだろう。
火星儀(宮本正太郎版)

上の写真で、火星儀の下にあるのは、『宮本正太郎論文集』の『The Great Yellow Cloud and The Atmosphere of Mars』(1957)という論文である。1956年に発生した大黄雲(大規模な砂嵐)の観測を記したものだ。大黄雲は、地球から観測される火星全体がぼんやりとなってしまうほどの巨大な大気現象で、10-20年に1度ぐらいに起きている。前兆現象は捕えられるが、カオス的な現象なので、予測は困難だという。

イベント紹介2018/04/22 08:18

◆姫路科学館の火星儀
火星儀(姫路科学館)
姫路科学館のスタッフが『折る幾何学』掲載の「地球儀」をもとに火星儀を製作しました。
GW中の4/28と5/6に来館者にむけてワークショップをするということです(詳細は未確認)。
今年は、夏から秋にかけて火星が大接近(最接近は7/31)します。

◆オープンアトリエ
オープン・アトリエ
5/1(火)から5/6(日)まで、山梨県北杜市大泉町にあるアトリエ(プライベート・ギャラリー)を公開します。
日程:5/1(火)- 5/6(日)
時刻:10:00 - 16:00
場所:山梨県北杜市大泉町西井出 ペンション・レキオの近く
お気軽にお立ち寄りください。

『数学セミナー』のツイッターアイコンなど2018/03/28 21:32

第11話が3月31日22:45-23:00に放映。なんと、4月以降も継続である。

繁体漢字版の『折る幾何学』である『摺紙幾何學』が出版間近だ。簡体漢字版も出る予定である。ふつうの折り紙の本ほど売れないと思われるのは、著者としてやや心苦しいが、類書は少ないので出版する意味はある(はずだ)。台湾や中国のひとで、ここを読んでいるひとはいないと思うけれど、よろしく。

台湾のネット書店にある著者紹介などの記述は、漢字文化圏の者として意味がわかるのだが、「白髪三千丈」的な誇張した表現のように見えてしまう。「ソフトウェア技術者」を「軟體工程師」と書くのも面白い。ウェルズの火星人やヨガの先生を思い浮かべてしまった。

『数学セミナー』のツイッターのツイッターのアイコンに、日本評論社のマークのパロディーとしてつくった「折紙評論社」のマーク(『折る幾何学』に掲載)を使わせてくださいという話がきたので、快諾した。『数学セミナー』では「数学短歌の時間」という連載が始まっていて、わたしも何首か投稿した。

◆世相からフィクションを連想する癖
ニュースで見る役人のあれこれから、例によって、太宰の『家庭の幸福』を連想したが、松本清張氏の小説世界のようでもある。

かわいそうなのは、その下で忠勤を励んで踏台にされた下僚どもです。上役に目をかけられていると思うと、どんなに利用されても感奮しますからね。(『点と線』)

ステロタイプな描写だとも思うのだが、どうやら現実もこんな感じらしいのでおそろしい。

ちなみに、いま手元にある古い『点と線』には、青函連絡船の乗船カードがはさまっている(若干のネタバレ)。これを読んだとき、北海道旅行に行くという兄に頼んで入手したもので、いまやこれ自体が貴重なものかもしれない。
『点と線』

あらためて読むと、「下僚ども」という表現もなかなか強烈で、ゴーゴリの『外套』を思い出した。『外套』の主人公である、風采の上がらない下級官吏アカーキイ・アカーキエウィッチは、凡中の凡たる人物として造形されているが、文書清書係のアカーキイがふとしたことから秘密を知ってしまう、巻き込まれ型サスペンス『清張風 外套』なんてどうだろう。

凡中の凡と書いたが、学生時代にこれを読んだとき、徹底的に冴えないアカーキイ・アカーキエウィッチには、身につまされ共感したのみならず、見習うべきなのではないかとも思った。彼は、定職を持っているし、それが心から好きで、なにより正直なのだ。彼が正直たりうるのは、孤独で、守るべきものが彼自身だけだったからでもあるが、その正直さには曇りがない。物語の冒頭近くで若い同僚を変えるのも、この美点によるものだ。

◆善管注意義務
『外套』のアカーキイ・アカーキエウィッチの正直さは「善良」と言い換えることもできる。この「善良」なる言葉が、法律用語にも出てくることを知って、へぇと思ったことがある。「善良な管理者の注意義務」、略して「善管注意義務」である。民法400条などに出てくるもので、一般的なモラルを意味する概念らしい。民法400条を巡って「善とは何か」を争う、西田哲学みたいな裁判があったりしたら面白い。

府中市で折り紙教室など2017/04/16 09:16

◆府中市で折り紙教室
4/23(日)13:00-15:00、府中郷土の森ふるさと体験館で、折り紙教室を担当します。府中郷土の森博物館は入場料が必要ですが、教室自体は無料です。

◆春まだ浅き
4/14NRO
(4/14の写真)
み山には松の雪だにきえなくに宮こはのべのわかなつみけり
(深山には松の雪だに消えなくに都は野辺の若菜摘みけり)
『古今和歌集』よみびと知らず

◆『数学セミナー』
『数学セミナー』5月号に、三谷純さんが、拙著『折る幾何学』の書評を寄せている。「近代折り紙の、新しく自由な世界が本書の中に凝縮されている」などと書いてあって、恐縮した。

『数学セミナー』5月号では、数学オリンピック金メダリストの中島さち子さんが、数学オリンピックを舞台にした青春映画『僕と世界の方程式』について、円城塔さんが『僧正殺人事件』などについて書いていた。今期からの『数セミ』は、こういう数学周辺情報を積極的に載せるようになっている。

『僕と世界の方程式』は、わたしも観た。主人公のネイサンより、脇役ルークの「僕には数学しかないのに」と思いつめた姿が胸につまされた。人間ドラマ中心で、数学の魅力や数学をからめたジョークなどはそんなに描かれていないけれど、以下の会話などはにやにやした。(うろ覚えで書いている)

マーティン(教師)「14の特徴は?」
ネイサン(少年)「自然数。ポジティブ・インテジャー(正の整数)」
マーティン「そう、ポジティブに、自然にってことさ」

ほぼどんな数字でも使えるけれどね。

いっぽう、『僧正殺人事件』である。少年の頃に読んで最も面白かったミステリは、ヴァン・ダインの『グリーン家殺人事件』と『僧正殺人事件』だった。評判の高い◯◯◯◯・◯◯◯◯の『◯の◯◯』を、『グリーン家殺人事件』の直後に読んで、「なんだ。グリーン家のまねじゃん」と思ったことを鮮明に覚えている。その後、大学2年のとき、「(化学科、物理科の)新入生にひとこと」といった企画で、次のように書いた記憶もある。
「入学おめでとう。君もこれで、青酸カリウムや放射性物質で遊べるぞ。僧正」
科学者が主要人物として登場する『僧正殺人事件』をネタに、ブラック・ジョークを気取ったもので、わかるひとにはわかるだろうという、お年頃らしい「ひけらかし」である。しかし、数十人の新入生の中に、ミステリ好きがいた可能性はきわめて低いので、ひとり相撲である。ちなみに、大学での危険物の管理は厳格であり、明確にジョークとして通用していた。念のため。それにしても、わたしはなんで大学で、ミステリ研(的なもの)にもSF研にもはいらなかったのだろう。心情が思い出せない。

『僧正殺人事件』をネタにということでは、10年ぐらい前に、山田正紀さんの『僧正の積み木唄』というミステリがあった。面白い趣向で、一気に読んだが、いくら疑似科学と断っても本職の物理学者があの数式はないだろう、あのミスディレクションは『僧正』の肝なのに...などとも思った。ただ、本作は『僧正殺人事件』へのオマージュというより、金田一探偵オマージュで、金田一ものを改めて読んでみたくなり、何冊か読んだ記憶もある。読者にそう思わせるのは、作者にとって「金田一もの」がただのネタではないということだ。

円城さんがほかに紹介していた、ジョルジュ・ペレックと、ジャック・ルーボーは読んでいない。面白そうなので、昨日、ジャック・ルーボーの邦訳を3冊買ってきた。
読みたい本がたまって困る。

◆「その官僚は、はじめから終わりまで一言も何も言っていないのと同じであった」
前にも書いたけれど、国会の「官僚的」な答弁を聞くと、太宰治の『家庭の幸福』を思い出す。この小説は、ちょっとした『教育勅語』のパロディー的な文章もあって、妙に同時代的である。70年も前の小説なのに。

◆4価のゴールドバーグ多面体
ニュースを見落としていたけれど、昨年の『Nature』12月22日号に載った論文で、フラーレンとは違うタイプの多面体構造の分子の発見が報じられていた。プレス発表はここにある。この多面体は、四角形と三角形から構成され、頂点に集まる辺の数が4である。なお、それらの多くは、四角形が平面図形ではなく、「ねじれ四角形」になる。

『折る幾何学』型紙選集2016/12/04 20:30

『折る幾何学』の変則型紙モデルのうち5点が、「型紙選集」として、販売されています。(価格:税込1080円)(こちらを参照

最適の素材と精度の高い加工技術によるもので、独立したパズルとして楽しめて、できあがったものは、オシャレな(!)オブジェとなります。

これはとてもよい。(作者なので、当然ひいき目はある)

『折る幾何学』91ページの図2016/12/04 20:29

『折る幾何学』91ページの図
『折る幾何学』91ページの図に誤りがありました。 工程番号13からできあがりまでが、12までの図と鏡像反転しています。

高野文子さんの色紙と『もののかたち』2016/10/27 21:09

『折る幾何学』の表紙や扉の絵を描いていただいた高野文子さんによる色紙である。透明樹脂でつくった「ねじれ立方体」(『折る幾何学』収録)の中に悪魔を封じ込めたものを贈ったお返しだ。海老で鯛を釣った。
高野文子さんの色紙

悪魔inねじれ立方体

ほんとうにうまいなあという絵で、たとえば、「折り紙人形」の空洞部分の輪郭にも躍動感がある。「表紙の少年の顔は前川さんにちょっとだけ似せました」というのが高野さんの言だったが、この色紙の人物は、「お腹がちょっとでているところがあなたに似ている」というのが妻の感想である。

擬人化された正八面体が描かれているのは、『折る幾何学』内の、「正八面体が好きだ」「正八面体は健気だ」という、誰に通じるのかわからない話(一応、理論化してあるけれど)に基づいている。

この八面体くん、書中の扉絵にも登場しているが、正八面体好きとしてうれしい以上に、一種のなつかしさを感じて、なんだったかなあ、とひっかかっていた。それに関して、昨日、あっ!と、思い出した。

レイ・ブラッドベリの『もののかたち』(The Shape of Things 1948)という小説の印象と重なっていたのだ。

『もののかたち』は、分娩機なる機械の不具合により「次元」の混乱がおき、我々の世界では青いピラミッドとして生まれた赤ちゃんと夫婦を描いた話である。『クレージー・ユーモア 海外SF傑作選』(福島正実編  1976)というアンソロジーに収録されていて(斎藤伯好訳)、高校生のころに読んだ。

あらためて読むと、「クレージー・ユーモア」というよりは、もっと批評性のある小説だった。『明日の子供』(Tomorrow's Child)という別タイトルもあるようで、昨年出た『歌おう、感電するほどの喜びを![新版]』にも収録されていた。

正八面体は、単視点ではピラミッド(四角錐)としてしか認識できない。そして、『もののかたち』のなかで、青いピラミッドの子供は「ピイ」と呼ばれている。ということで、最近できた6枚組みの正八面体モデルも、通称ピイちゃんとなった。
ピイちゃん

『折る幾何学』誤植22016/09/15 23:46

092ページ
× ふたつの正四面体の対応しています.
○ ふたつの正四面体に対応しています.

『折る幾何学』:些細だけれど誤植発見2016/09/06 20:29

『折る幾何学』の出版直前なのだが、「まえがき」に誤植を見つけた。こういうものは、なぜ事後に気がつくのだろう。

9ページ
×エピグラム
○エピグラフ

エピグラフ:(1)巻頭や章のはじめに記す題句・引用句。題辞。(2)碑文。銘文。
エピグラム:警句。寸鉄詩。
(『広辞苑』)

『折る幾何学』のエピグラフには、たとえば、以下の一文がある。

器械的に対称(シインメトリー)の法則にばかり叶つてゐるからつてそれで美しいといふわけにはいかないんです。(宮澤賢治,『土神と狐』)

なるほどねえという内容で、賢治の童話の中の言葉であることの意外性もあって選んだ。しかし、じつはこれは、薄っぺらな気取り屋の狐、『坊っちゃん』の赤シャツ的なキャラクターである狐が、教養があるかのように見せる、受けうりの言葉なのである。わたしにとってこの引用は、この文自体の意味だけでなく、(伝わらないだろうけれど、)衒学とそれに対する自嘲といった意味もある。

引用というのは、自己言及的な引用をすれば、まさに「他人の頭で考えること」(ショーペンハウエル『読書について』)である。しかし、言葉なるもの自体がそもそも借りものである。

すこし前に読んだ山田太一さんのエッセイ『月日の残像 』に、氏が若い頃、自分の感情を書きとめるために、日記ではなく、読んだ本の抜き書きをしていた、という話があった。

  僕は貴女の友情を望みません。(D.H.ロレンスの手紙)

 などというのもある。
 どの引用もたいしたことはいっていないが、しつこく他人の言葉であることにすがっている。事実や気持をそのまま書くには、あまりに平凡陳腐な失恋で、むき出しに耐えられなかったのだと思う。

こうした引用は、衒学とは違う。衒学というのは、鏡に向かったひとりの状態でも成立する。しかし、これは、学術論文での引用と似て、文化的な網目の中に自分の書いたことや気持ちを位置付けようとする願いなのだと思う。