折り紙作品(固定記事:最新記事はこの下)2038/01/18 18:51

自分で折った作品の写真数点を、冒頭に載せておくことにしました。

Devil&Pyramid
Devil & Pyramid
悪魔(設計:1978 正方形)、ピラミッド(設計:1993 正方形)

Peacock
Peacock
孔雀(設計:1993 正方形)

Beetle
カブトムシ(設計:1994 正方形)

Turkey
七面鳥(設計:2005 正方形)

Sections of the Cubes
立方体の断面(設計:2000 特殊用紙形)

夏の終わり2016/08/22 23:00

台風が来て、夏が終わった感じが強い。

◆シン・ゴジラ
・「例のネタ」自体より、エンドロールの三谷純さんの名前に驚いた。
・丸子橋、多摩川浅間神社、そして、吞川。東京西南部育ちとして親しみある地名だった。
・庵野秀明さんの長編作品は、じつは初めて観た。
・これが深読みしたくなる作風かと感心したが、都合のよいメッセージを受信してしまうひとも多そうだ。

◆穂高明さん
面識を得て、『月のうた』『夜明けのカノープス』など、作品を次々に読んだ。理科系ネタの隠し味もよいが、「友がみなわれより偉く見え」てしまう気分のときに寄り添ってくれるような、屈折をかかえていた登場人物たちの造形が一番の持ち味だ。

◆『The Man Who Knew Infinity』
10月に日本でも公開される、ラマヌジャンの伝記映画『奇蹟がくれた数式』(The Man Who Knew Infinity)が、楽しみだ。『数学セミナー9月号』の表紙のエッセイ(熊原啓)によると、ラマヌジャンのタクシー数こと、1729のエピソードもでてくるらしい。

◆1729
1729が出てくるといえば、数学少年少女を題材にしたライトノベル『青の数学』(王城夕紀)もそうだった。ん?というところもあったけれど、数学少年少女が、野球少年などと並列されていて、奇人変人類型ではないところがとてもよかった。「だって人間の姿なんて美しくないよ。正多面体の方が美しい」と言う少年は、やや奇人変人クリシェだが、一芸のある少年、というか、少年というのは、そんなことを言うような気もする。

◆第22回折紙探偵団コンベンション(8/12-14)
年に一度のコンベンション。「キーウィ鳥」と「立方八面体骨格」の講習、「折り目による円錐曲線」という講義をした。また、吉野一生さん没後20年展示で、彼の「猪」を折った。吉野一生さん作品では、宮本宙也さんが『をる』に載った「鵺」を再現していたのに感心した。

今年の目玉は三浦公亮先生直伝のミウラ折り。国際大学折紙連盟の展示も充実し、ゲストのロベルト・モラッシさんとミシェル・ファンさんも対照的で面白かった。折り紙の世界は広がっているなあ、と。スタッフのみなさま、お疲れさまでした。

オークションで落札した中村和也さん提供の「折鶴」の掛け軸(中国の大道芸みやげ)は、机の前にかけた。
掛け軸「折鶴」

◆算額最中
算額最中
中村和也さんは、コンベンションのさいに、奈良の和菓子屋・たばやの「算額最中」も買ってきてくれた。店主の先祖が奉納した算額の問題の図がかたどられた最中で、3月の関西コンベンションで中村さんに会ったさい、「これ知ってる? たぶん、中村さんの家から近いけれど」と、話題にしたものである。

図の外側の円の直径を16、内接する大きい円の直径を9.6としたとき、残りの円の直径を求めよという問題だった。デカルトの円定理を使って自分でも解いてみた。補助線を使った初等幾何的な解きかたもすこし考えたのだが、そちらはどうにも糸口が見つからない。

◆『数理科学』の悪魔
コンベンションの懇親会で。『本の雑誌』9月号で、円城塔さんが「人生を変える数学パズル」と題して、『完全版 マーティン・ガードナー数学ゲーム全集』を取り上げていましたね、という話を、上原隆平さん飯野玲さんらとした。上原さんと飯野さんは、同書の訳者と編集者である。

円城さんの書評の2ページ前では、若林正さんが古い安野光雅さんの表紙版の『マックスウェルの悪魔』(都築卓司)を取り上げていた。この絵は、わたしの「悪魔」のモチーフになった絵である。『マックスウェルの悪魔』の出版の何年か前に、雑誌『数理科学』の表紙に載ったのが初出である。

この件に関して、シンクロニシティーじみた話はまだ続く。天文台の図書室に『数理科学』のバックナンバーも揃っていることに気がついて、『数理科学』の「悪魔」はいつのものかなと、調べたばかりだったのだ(写真)。
『数理科学』の悪魔

そして、先週である。長野・山梨に戻るさい、小海町高原美術館に寄って、開催中だった安野光雅展を観てきた。そこになんと、「悪魔」のオリジナルがあったのだ。驚いた。なお、『数理科学』の表紙が一冊の本(『空想工房の絵本』 山川出版社)になっていることは初めて知った。40年以上前のものだが、どれも新鮮な発見がある。悪魔の前々号の絵が、デューラーの『メレンコリア』のパロディであることも知った。『メレンコリア』は、9月に出るわたしの新刊『折る幾何学』でも重要なモチーフになっている。

ということで、新刊の話である。数日前に、『折る幾何学 - 約60のちょっと変わった折り紙』(9月9日発売予定。日本評論社)を校了した。

ツクツクボウシとヒグラシ2016/08/21 09:18

暦法新書』(いわゆる宝暦暦)の七十二候・寒蝉鳴
数日前、今年初めて、ツクツクボウシの声を聞いた。そして一昨日、2週間ぶりに木の多い三鷹の天文台に出勤したところ、彼らの声が、そこかしこから聞こえるようになっていた。まさに、七十二候の「寒蝉鳴」だなと思った。

太陽の位置により1年を24で区切る季節の指標を二十四節気と言い、それをさらに三分割するものを七十二候という。地球の公転に従うものなので、毎年の変動は閏年のずれぐらいの、一定した指標だ。大暑、立秋、処暑などの二十四節気は、理科年表にも出ていて、日常的にも使われる。いっぽう、七十二候は、いまや歳時記好きぐらいしか気にしないものになっている。

二十四節気のひとつである立秋は8月7日頃で、処暑が23日頃である。そして、立秋から処暑までの3分割の2番目(次候)を、七十二候で「寒蝉鳴」という。これは8月13日あたりで、秋の蝉が鳴くという意味である。ぴったりじゃないか、と思ったわけである。

しかし、である。寒蝉鳴は「ひぐらしなく」と訓ませることが多い。これは変な話なのだ。

中国の七十二候を基にして、本朝七十二候がつくられたのは、江戸中期のこと、渋川春海によってだ。彼の居住地である江戸において、立秋過ぎから鳴き始める蝉はツクツクボウシである(わたしには、現代の東京しか分からないが)。ヒグラシ(カナカナ)は、そもそも平野部には少ない。そしてなにより、梅雨明け前から鳴く蝉である。当時から気候や生息環境は変わっているが、それでも、寒蝉はツクツクボウシと考えたほうが合理的だ。ラフカディオ・ハーンが『Cicada』(蝉)というエッセイのなかで、「死者の祭日のすぐ後から、ツクツクボウシは歌い始める」と書いた通りである。(ただし、七十二候と違って、太陰太陽暦7月15日である盂蘭盆会は、太陽歴換算で毎年の変動がある:例えば今年は8月17日で来年は9月5日である)

ツクツクボウシもヒグラシと総称するということも考えられなくはないが、ヒグラシは早朝と夕暮れの薄明の時に鳴くのでその名があるので、無理がある。

ということは前から思っていたのだが、ツクツクボウシの声を聞いたその日の昼休み、日本一の暦関係の蔵書(国立天文台図書室)が目の前にあるということに気がついて、ざっと調べてみた。

渋川春海による『貞享暦』(1685)においては、「寒蝉鳴」は、処暑の初候(8月23日頃)であった。そして、後の『暦法新書』(いわゆる宝暦暦:写真)(1755)において、「寒蝉鳴」は、いまに連なる立秋の次候(8月13日頃)に移されていた。移動はあるものの、その違いは大きくない。興味深いのは、『貞享暦』と『暦法新書』の原本に、振仮名がないことであった。考えてみれば、当時の漢文の公文書に振仮名があるほうが不思議だ。すなわち、「寒蝉鳴」は、訓読で「カンセンナク」とでも読むもので、ヒグラシと特定できないものである。予想通りであった。ところが、明治期の『略本暦』になると、「寒蝉鳴」のふりがなに「ヒグラシナク」とある。「誤解」の根は、けっこう古そうである。

ちなみに、和暦のもとになった中国の七十二候では、「寒蝉鳴」は、立秋の末候(8月18日頃)である(『天文の辞典』平凡社 )。ツクツクボウシもヒグラシも大陸にも分布しているが、彼の地でも秋に鳴き始めるのは、ツクツクボウシ(蜺)のようなので、そこでも寒蝉はツクツクボウシと見るべきである。

ヒグラシの哀しげな鳴き声、夏至の頃から鳴くが秋までも鳴くといったことが、混乱を生んだのかもしれない。ツクツクボウシよりヒグラシのほうが詩的な声音(?)である、というような話かもしれない。ツクツクボウシは、初秋の蝉ではあるが、その鳴きかたは元気発剌で、鳴き終わりは、アニメーションキャラクターのウッディ・ウッドペーカーみたいで、晩夏や初秋の哀愁というより、残暑を象徴する趣きが強い。しかし、というか、むしろそれゆえ、以下のような句は、岩ならぬこころに染みいる名句になっている。

また微熱つくつく法師もう黙れ
   川端茅舎

鳴き立ててつくつく法師死ぬる日ぞ
   漱石

よし分かった君はつくつく法師である
   池田澄子

なお、今回webを検索して知ったのだが、八丈島には蝉はたった一種、ツクツクボウシしかいないそうである。彼らは、本土と違って、夏の初めから鳴いているという。

ヒグラシを詠じたものなら、山口誓子の句と、山村暮鳥の詩が好きだ。
長時間ゐる山中にかなかなかな
   山口誓子

誓子よむ切れ字のかながなかなかかな

山村暮鳥のものは、以下である。(『雲』山村暮鳥 より)
ある時

またひぐらし(虫偏に車)のなく頃となつた
かな かな
かな かな
どこかに
いい國があるんだ

円周率近似の図形的感覚2016/07/22 22:20

前にもこのブログに書いたけれど、今日は、22/7=3.14...で、円周率近似の日である。

すこし前、基本的な図形に結びついた円周率の近似を見つけた。たぶん既知なのだろうが、図形感覚としての面白さがある。

その1(図左参照)
1辺3の正三角形の外接円の周は、約11、つまり、1辺3の正三角形の外周+2にほぼ等しい。
11としたときの近似円周率=11/(2√3)=3.17...

その2(図右参照)
1辺2の正方形の外接円の周は、約9、つまり、1辺2の正方形の外周+1にほぼ等しい。
9としたときの近似円周率=9/(2√2)=3.18....

一瞥した外接円の周は、わたしには、上の関係より長く見える。 たぶん、円周の長さの目分量というのが難しく、感覚が面積に引きずられるからだろう。

○関連した話
11√2≒ 9√3 と、√2+√3≒√10 の説明

上の円周率近似は、√2+√3≒√10≒πという関係から気がついたものである。
この√2+√3≒√10と、上にでてくる近似式から導かれる11√2≒ 9√3 というふたつの近似式に関して、この話題をやりとりした『数学セミナー』編集者のIさんの説明がとてもすっきりしていたので、以下にそれを記しておく。

○11√2 ≒ 9√3の説明
(√2+√3)^3 + (√2-√3)^3 = 11√2 * 2
(√2+√3)^3 - (√2-√3)^3 = 9√3 * 2
(√2-√3)^3 が小さいので,11√2≒ 9√3である。

○√2+√3≒√10の説明
(√2+√3)^2 + (√2-√3)^2=(2+3)*2 = 10
(√2-√3)^2がそこそこ小さいので、 √2+√3≒√10である。

鳰(にお)の浮巣2016/06/27 21:38

ブログの更新が2ヶ月近く滞っていた。4月末ぐらいから、もろもろのスケジュールが衝突・渋滞している。徹夜や半徹夜も多く、いい歳なので堪えている。
渋滞していた(る)スケジュールにも、それぞれ成果はあるし、よろこびもあるのだが、「かいかぶり」という言葉が脳裏に浮かぶことも多い。あまりわたしに期待しすぎないでください、と。

若干のダウナー気分は、この間の阪神タイガースの、「超変革」と言いながらの、現象としての「暗黒時代」との相似性が与える影響もあるかもしれない。

ところで、かいかぶりという言葉は、かいつぶりに似ている。

かいかぶり:じっさい以上に高く評価すること
かいつぶり:カイツブリ科の水鳥の総称
かたやぶり:常識を越えたやりかたや考えかた
かみがかり:神霊が取り憑いたような状態
かししぶり:貸し出しに消極的な態度
かたつむり:軟体動物腹足網の陸上貝類の総称
かいかどんぶり:牛肉または豚肉の卵とじを飯の上にのせたもの
(参考:『大辞林』)

かいつぶりは鳰(にお)ともいう。鳰といえば、「鳰の浮巣」という名前の葛湯(京都長久堂)がある。かいつぶりの巣が水の上に浮いたものであることにちなんだものである。鳥の巣のかたちに固めた葛粉を器に入れ、湯を注ぐと葛湯ができる。そのとき、中からちいさな鳥のかたちの麩菓子がふたつ浮き上がる。数回食べたことがあるのだが、ちいさな鳥たちは横に寝てしまって、水鳥のようにぷかりとはうまく浮いてくれなかった。とてもかわいらしい菓子なので、あれがいつもうまく浮くように、鳥のかたちをさまざま実験して確かめてみたい気もする。

イベント案内ふたつ2016/04/25 23:09

折り紙展@ギャラリー花のワルツ
◆前川淳「折り紙」の世界 with ステンドグラス
期間:4/30(土)- 5/8(日)
場所:ギャラリー花のワルツ
(八ヶ岳南麓大泉高原:北杜市西井出8240-5992) 地図
観覧料:無料

妻・純子(すみこ)がステンドグラスの製作を趣味にしています。妻の師匠のギャラリーで「折り紙作品の展示もどうですか」という話があり、いつのまにか、折り紙の展示がメインの企画になりました。

GW中の八ヶ岳山麓は、若葉の美しい季節です。お近くにお越しのさい、あるいは、ちょっと離れていますが、安曇野市豊科近代美術館の「布施知子ORIGAMI展〜紙と折りのリズム〜」に行くさいに、お寄りください。

◆東京農工大学公開講座 「宇宙観測とコンピュータ」
開催時日:6月4日(土)15時〜17時
場所:東京農工大学小金井キャンパス科学博物館
講演者:前川淳
講習料:無料
募集人数:20名(先着順)

表題のような講演ですが、折り紙についても話します。詳細は、以下を参照してください。
東京農工大学:2016年度 公開講座

オリンピックのエンブレム2016/04/25 23:04

オリンピックのエンブレムの基本四角形
東京オリンピック自体に関心が薄いこともあって、ぼんやりとしてしか見ていなかったのだが、決まったエンブレムをよく見ると、幾何学的に面白いものだった。たとえば、オリンピックのほうは、パラリンピックと同様、一見左右対称に見えるが、そうではない。3回の回転対称である。

「市松」を構成する3種の四角形は、頂点接続の整合性などから、以下であると読み取れた。

2:2の正方形
√2対√6の長方形
√3-1対√3+1の長方形

図は、その関係を作図しやすいかたちで示してみたものである。
これらが、回転角15度の整数倍で回転して配置されている。

サッカーボール型の鉢など2016/04/13 20:37

◆サッカーボール型の鉢
サッカーボール型の鉢
先日、ガレージセールで、ふたつあわせると球状になるガラス鉢を買った。一個づつに値札がついていた(安かった)ことからも、ふたつで球になるということに売主は気がついていないようだった。単品でも自然なかたちになっているので、気がつかなかったのも無理もない。

接合部の波型はぴったりと合うが、組んださいの切頂二十面体(サッカーボール多面体)の模様にはギャップがある。36度回転させて、五角形と五角形を向かい合わせにしたほうがきっちりする感じもある。

◆10^4分の1のオーダー
「逆に言えば」という表現の校正から、数学誌の編集者さんと、気になる表現の話題になった。彼は、「万に一つ」がほんとうに確率が10^-4くらいのオーダーなのかが気になるということだった。

わたしにはその感覚はなかったが、「次元が違う」が気になるのは同じだった。4次元以下のトポロジーを専門とする数学者による「わたしの研究は次元が低いですから」という定番のジョークもあるらしい。じっさいは、ポアンカレ予想(定理)のように、多様体の次元は3次元が難しい。

◆シリンドリカルレンズ
円柱レンズ
アルバムをつらつら見ていたら、円柱レンズの座標変換をきれいに示す写真があった。水平面に「座標が描いてある」のがミソである。「レンズ」の外では、右から5本目の赤い線にテーブルの端があり、屈折像では、中心から左に5本目にテーブルの端がある。つまり、左右が逆転していることが見て取れる。

◆同じ木からの葉
葉のバリエーション
これも、ちょっと前のアルバムの写真である。1本の木から落ちた数葉の葉で、これだけのバリエーションがある。

◆つめた〜い
つめた〜い
1ヶ月ほど前、京都の宿で見たものである。ほんとうに冷えているのか、買って確認しようと思ったがやめた。

◆直交3軸6枚組みユニット折り紙
直行座標ユニット折り紙
直交3軸6枚組みユニット折り紙をいろいろと試しているが、これには、まだまだ鉱脈がある。下の右端(ケルビンの十四面体骨格)は、川崎敏和さんの立方八面体の骨格モデルと類似したモデルだが、きわめて単純なパーツ(座布団折りした正方形が基本)にコロンブスの卵の味わいがある。

◆(5+2√3)/6=1.4106...≒√2
3枚組正八面体
上の近似をつかった、3枚組の正八面体ができた。構造として使うのは、2+√3:3の長方形であるが、√3≒7/4、√2≒17/12を使って、無駄な折り目がでないのがよい。

◆ラング・ラングドン・ラングランズ
すこしづつ読んでいた『数学の大統一に挑む』(エドワード・フレンケル著 青木薫訳)を、先日、読み了えた。

まず、瑣末だけれど、273ページに誤植があった。√3/2の根号が全体にかかっているが、これは3だけにかかるものだ。

著者フレンケルさんの、波乱に満ちた半生と、その数学研究の概要が語られる、中身の濃い本である。彼の導きの星は、数学における統一理論とも言われるラングランズ・プログラムなるものだ。数学史における「プログラム」といえば、フェリックス・クラインによる幾何学の統一のためのエルランゲン・プログラムがある。クラインは、『正20面体と5次方程式』で、幾何と代数も結びつけている。『正20面体...』は翻訳も出ている(関口次郎、前田博信 訳)ので、きちんと理解したいと思ってはいるのだけれど、ハードルが高い。

というような「プログラム」の話と、誤植の話で思い出したことがある。以前読んだ『数学で生命の謎を解く』(イアン・スチュアート著 水谷淳訳)についてである。同書に「一九〇八年には、フランス人数学者のシャルル・エルミートが、正二〇面体の幾何を使って五次の代数方程式を解く方法を発見した」と書いてあったのだ。これは、上記の『正20面体と5次方程式』ことと思われる。つまり、「ドイツ人数学者のフェリックス・クライン」の間違いだ。

ラングランズ・プログラムに関連しては、今年の年賀状の笠原邦彦さん(折り紙作家)のコメントが面白かった、という話があるので記しておきたい。

「ロバート・ラング、ロバート・ラングドンという似た名前の2人を知っていましたが、昨年は又一人、ロバート・ラングランズなんていう名前を知りました。別に何の意味もありませんが、ちょっと愉快でした。」

笠原さんのアンテナ感度をさすがだなと思ったわけである。ちなみに、この3人の概要は以下である。

ロバート・ラング:折り紙作家、研究者
ロバート・ラングドン:宗教象徴学者という設定の、『ダヴィンチ・コード』(ダン・ブラウン著)などの主人公
ロバート・ラングランズ:数学者、ラングランズ・プログラムの提唱者

ロバートまで揃っているところに、フルハウス感がある。この名前の対応から、折り紙と象徴学と数学を対応づける試みを、ラング・ラングドン・ラングランズ・プログラムと呼ぶのはどうか。どうかって、どうもこうもないけれど。

◆春だ
花びらの道
先週金曜日の、国立天文台(三鷹)構内である。草の上にも花は降り注いでいるのだが、道だけが薄紅に染まっていた。

イオンのポスター
こどもの日のキャンペーンに、作品を提供した。

ヘヤピン・輪ゴムをつかうユニット折り紙など2016/03/30 23:45

◆♪テンテコ
いろいろと忙殺されているのだが、というより、忙殺されているので余計に、ここ2週間ほど、折り紙の創作に逃げ込んでいた。

と、書いていて思ったのだが、「忙殺」は、物騒な感じもある言葉だ。ただし、辞書をひくと、「殺」は単なる強意のために添えられた字であるとのことだ。最近の口語の接頭辞であるオニ、ガチのようなものと言えるだろう。

たしかにほかにも、殺到とか、殺伐、殺風景なんて言葉もある。魅力で惑わす悩殺、嘆き悲しむ愁殺、秋風が身に染みる蕭殺、無視を決め込む黙殺、一笑に付す笑殺、鼻であしらう嘲殺、驚き呆れる驚殺、冷淡に放置する憫殺、無視で追い込む閑殺などもある。死屍累々である。

ほんとうの死を前提としてない「死」の表現も、修辞としてふつうである。まあ、わたし程度の忙しさでは、忙殺というほどではないという気もするので、「てんてこ舞い」とか「大わらわ」に言い換えたほうがよいかもしれない。以下のように。

いろいろと、てんてこ舞いなのだが、というより、てんてこ舞いなので余計に、折り紙創作に逃げ込んでいるこの頃である。♪テンテコ ♪テンテコ

じつに間抜けな感じで、このぐらいがわたしには相応しい。というわけで、ここ2週間ぐらいの、てんてこ舞いの中でできたモデルの紹介である。

◆まずは糊嫌いの話から
折り紙造形、とくにユニット折り紙は、面と面の摩擦、あるいは、凹凸の組み合わせや紙の応力によってかたちが安定する。

面と面の密着には糊を使うこともあるが、糊は、わたしが折り紙造形において最も避けたいものである。常に平面に戻せるようにしていないと、折り紙の意味が薄まってしまうと思うからだ。完成形から平面に戻す道筋を、文字通り開かれた状態にしておきたい。じっさいに戻すかどうかを別にして、そうしておかないと、ごまかしたように感じる。

展示の安定のためなどで糊をつかうことがあるが、やや不本意である。折り紙では、完成の造形にも増して変形に意味がある。西川誠司さんの言う「四次元的造形(工程、すなわち時間軸を含めた造形)」という話に通じる。完成形と展開図を並べる展示方法にも、そうした意味が込められている。

同じ理由で、紙を水に浸して、できあがりの曲面を固めるウェットフォールディングも、実はあまり好きではないのだが、ジャン・ディンさんの作品のような、曲面がゆるやかで平面からの変形が見てとれる造形は大好きである。

数学的に言うと(?)、特異点を解消できるようにしておくということかもしれない。折り紙の造形は、折り目という特異点の集まりで、微分幾何的には、ごちゃごちゃしている。特異点を解消する道筋をのこしておいてあげたい。「のこしておいてあげたい」って、擬人化しているのは変だけれど。

◆線と線の密着
以上の話を前おきにして、線と線の密着に関する話である。多面体の造形を考えたとき、面と面ではなく、点と点、線と線を密着させたいことがある。点と点は難しいとして、折り紙にはなじみにくい線と線の密着を物理的に行うにはどうするか。摩擦を利用することは困難で、上記のように糊も使いたくない。

多くの場合、線と線の密着はあきらめて、面を付加するようなかたちにつくりかえる。しかし、そうすることで、幾何学的な明快さが失われてしまうことがある。

で、ヘアピンや輪ゴムはどうだろう、という話である。わたしにとっては、これは、糊を使うより、はるかに「折り紙的」である。

◆輪ゴムを使うモデル
八点星
写真は、三角錐の鋭い頂点が45度になる星型の多面体である。正方形版と、1:√2版があり、どちらも6枚組みだ。構造に無駄がなく、まずまず安定しているのだが、正方形版も1:√2版も、写真左のように、稜線はぴったりとは合わない。これに3本の輪ゴムをかける(写真右)。じっさいは、1本でもよいのだが、これにより、ユニットが密着して、より安定する。内部に骨格構造があるので、輪ゴムでつぶれてしまうこともない。

◆関連モデル
ケプラーの星&立方半八面体
上のモデルを考えている途中で、ケプラーの星(4枚組:多色のものも両面折り紙による4枚組)や、立方半八面体(2枚組)のよいものもできた。これは、輪ゴムを必要としない。

◆ヘヤピンを使うモデル
ヘヤピン留め放散虫
一葉双曲面のテープによる立体の考察から発展して、リング状のテープを立方半八面体状に変形できること思いついた。しかし、脆弱な構造で、線と線を密着しなければ、ぐずぐずになる。そこでヘヤピンの登場である。ヘヤピン3つでまとまるが、対称性を考えて、12本つけてみると、放散虫のような造形になって面白い。

立方八面体骨格
同様のもので、造形的に悪くないのは、立方八面体骨格の6枚組み(写真左)である。正方形に対角線が1本はいることで、三角形の凹みが20個になり、その配置が正20面体と同様になる。これは、ヘヤピンなしでも崩れないが、ヘヤピンでしっかり安定する。

これのフラップを最小限に近く小さくしたもの(写真右)は、ヘヤピンを数個つけないと安定しない。なお、ここでは、ヘヤピンの使いかたが、面と面の密着のためになっている。

◆ゼムクリップ
面と面の密着には、ゼムクリップを使うのもよい。動物等の折り紙モデルなどでも、クリップが表面から隠れるのなら、糊よりも「留め折り」よりも、クリップのほうがエレガントかもしれないとも思う。

◆留め具がいらないのも、やはりよい
オクテットトラスなど
しかし、輪ゴムもヘヤピンもクリップも使わずに安定すると、やはりうれしい。ヘヤピン留めモデルをいろいろ試すうちに、正八面体6個のオクテットトラス状のもの(写真左上)や、頂角が30度の三角形からなる四角錐×6の星型の多面体(写真右上)、立方半八面体(写真左下)が、明快な展開図できれいにまとまった。

中でも、正方形に対角線の構造があるもの(写真右下)は、一連のもので一番完成度が高い。

この「完成度」なる言葉には、自らを省りみれば、「留め具なしだぞ」という内心の声も含まれている。なんだかんだ言っても、留め具を使わないほうがよいのか...。ただいっぽうで、輪ゴム留めや、ヘヤピンが放散虫状になったものは、やはり面白いとも思っている。

フシミ・キューブ2016/02/11 17:23

ここのブログで触れた一枚折りの立方体を、2月12日発売の『数学セミナー』3月号の連載記事にとりあげたのだが、校了すぎてから、『折り紙の幾何学』(伏見康治・満枝)に同一のモデルがあることが判明した。灯台下暗しもいいところである。前例がありそうなモデルだったのでけっこう調べたのだが、肝心なところを見落としていた。

「フシミ・キューブ」と名づけたい。折って気持ちのよいモデルなので、多くのひとに折ってもらいたい、と思う。

このモデルから発展して、幾何学的調和のある別のモデルも生まれた。