折り紙作品(固定記事:最新記事はこの下)2038/01/18 18:51

自分で折った作品の写真数点を、冒頭に載せておくことにしました。

Devil&Pyramid
Devil & Pyramid
悪魔(設計:1978 正方形)、ピラミッド(設計:1993 正方形)

Peacock
Peacock
孔雀(設計:1993 正方形)

Beetle
カブトムシ(設計:1994 正方形)

Turkey
七面鳥(設計:2005 正方形)

Sections of the Cubes
立方体の断面(設計:2000 特殊用紙形)

回転放物面とか2018/01/22 23:02

1/27(土) 22:45-23:00に第9話が放送される。
webには、わたしの未発表作品の図も載るはずだ。

◆回転放物面
45m宇宙電波望遠鏡
雪をよけるために風と反対向きに向けた、野辺山観測所の45m電波望遠鏡である。
積もった雪は、晴れたら太陽に向けて融かし、さらに、下から長い雪落としを使って払い落とす。鏡面に乗って落とすことはない。危ないからね。

で、ふと、考えた。これを真上に向けて回転させれば、すり鉢状の鏡面が見かけ状の水平面になる速度があるな、と。

回転体の局所的な水平面は、重力と遠心力の合力で決まる。遠心力は、角速度を一定にすると、中心からの距離に比例する。重力は一定なので、「水平面」の傾きは、中心からの距離に比例することになる。傾きが一次関数であるそのような曲線は放物線である。パラボラアンテナはまさにそのかたちなのだ。

計算してみると、45m鏡の鏡面が水平と錯覚できる回転は、10秒で1回転ぐらいという値となった。じっさいの45m鏡の最速の回転速度は1回転に20分かかるので、100倍足りないのであった。

と、まあ、ばかなことを考えたのだが、回転する物体がつくる放物面を反射鏡に用いた望遠鏡は、じっさいにある。円柱の容器にいれた流体を回転させると、上と同様の理屈で、その表面が放物面になる。これを利用するのだ。
回転する流体による放物面

2003年にできた(現在運用していない)カナダのLZT(大天頂望遠鏡)が、そのひとつだ。これは、水銀の回転による口径6mの大型光学望遠鏡である。名前のとおり天頂しか観測できないが、口径に比べてコストが低い利点があるという。回転速度によって焦点の位置も変えられる。

また、1960年代、赤外線天文学のパイオニアのレイトンやノイゲバウアーらによる赤外線観測のための望遠鏡も、液体エポキシ樹脂を回転させながら冷却させてつくった放物面鏡だったという話だ。

◆『ギフテッド』
数日前に、映画『ギフテッド』(マーク・ウェブ監督)を観た。
数学の天才的な能力を授かった少女とその伯父の話だ。ギフテッドというのは先天的な卓抜した能力のことだが、もっと一般的に、授かったものという意味も込められているのだろう。少女のクラスメイトである「普通の」少年のはにかんだ笑顔も最高だった。

エンドロールの数学アドバイザーに、天才数学者・テレンス・タオ氏の名前を見つけた。タオ氏は、天才児に関するアドバイザーでもあったのかもしれない。

キーとなる難問に、ナビエ-ストークス方程式を選んだのは「フィールズ賞も、ノーベル賞も」というセリフもあってのことだろうか。流体力学の方程式なので、ノーベル物理学賞の可能性もないとは言えない。

鑑賞後の会話:
妻「日本には、天才の教育制度あるの?」
わたし「将棋の奨励会とか..」

◆岡山天体物理研究所の切手
岡山天体物理研究所の切手
52円の年賀はがきが使えるのが1月7日までだったので、切手をいれた引き出しの中に、追加分の10円切手を探した。すると、以前、知り合いのN氏からもらった「東京天文台岡山天体物理研究所開所記念」の切手(1960)が出てきた。岡山は、昨年の暮れに、共同利用施設としての運用を一旦終了した。(閉所ではない) わたしが生まれたころの開所だったんだなあ。
この切手は、わたしが天文台の仕事をしているということで、N氏が送ってくれたものである。

飛行機に気づく話など2018/01/12 23:50

飛行機雲
◆飛行機に気づく
先週末、ほぼ頭上に、ふた筋の飛行機雲を見た。位置的に、羽田から小松の便だ。そう言えば、夜間に閃光灯を見たことがあったが、いままであまり気にしていなかった。音が聞こえないためである。しかし、ほんとうに聞こえないのか、ということを考えた。

大型機の騒音は、高度1000mで80dB程度(怒鳴り声ぐらい)だそうだ。音の強さは距離の二乗に反比例する。dBは対数なので、距離が倍になると引き算になる。その値は-6dBであるという。大型機の高度は8000mぐらいあるはずで、これは1000mの2の3乗倍なので、80-3*6≒60dBという計算になる。TVの音ぐらいだ。さらに窓の遮蔽を-20dBとすると、40dBとなる。これは、小鳥の声ぐらいだ。日に数便でもあり、耳をすませないと気がつかないのは、納得の概算となった。

◆ひっかかり
登場人物が天文台で働くという関心もあって読みはじめ、いいなあと読んでいた小説。天文の話がでてきたところで、分子の意味で元素という記述が繰り返されていて、うーんとなってしまい、以下、集中して読めなくなってしまった。SFだと荒唐無稽でも案外OKなのだが、これはどういう心の動きなのであろうか。

スーパームーンと月食2018/01/05 23:40

いわゆるスーパームーン(近地点近くでの満月)は3日前だったが、今日も月が明るい。月齢約18の今日のこの時間の月は、輝面比が約83%だ。7月28日の、今年の最小満月(遠地点近くの満月)と現在の月の地心距離の比は0.92で、面積比はその二乗の0.84なので、今日の月は、だいぶ欠けてきたが、7月の満月とほぼ同じの明るさという計算になる。

街の中ではそれほど感じないが、林の中では一段と明るい。昨晩も、山荘の天窓からの月光が、屋根裏部屋の床に四角形を描き、自分の影がくっきりと象られていた。月が床に落とす光を見ると、いつも太宰治の『懶惰の加留多』の一節が思い浮かぶ。

ふと眼をさますと、部屋は、まっくら。頭をもたげると枕もとに、真白い角封筒が一通きちんと置かれてあった。なぜかしら、どきッとした。光るほどに純白の封筒である。キチンと置かれていた。手を伸ばして、拾いとろうとすると、むなしく畳をひっ掻いた。はッと思った。月かげなのだ。その魔窟の部屋のカアテンのすきまから、月光がしのびこんで、私の枕もとに真四角の月かげを落していたのだ。凝然とした。私は、月から手紙をもらった。言いしれぬ恐怖であった。(『懶惰の加留多』太宰治)

今年は、1月31日 20:48 - 2月1日 0:15に月食もある。22:30ごろに皆既となる。
月食の月と、朔望(満ち欠け)の月のかたちが違うことは、ちょっとした幾何の問題である。

地球の影がつくる円錐と月の球面の交線が、月食のさいの月の明暗の境界だ。厳密には、太陽は点源ではないので、影は円錐の重ね合わせとなり、「本影」とそれを同心円上に囲む「半影」ができるが、それは無視しよう。大気の散乱により本影も暗黒ではないが、それも考えない。そしてさらに、正射影、つまり、影の中心と月への視線が平行であることにしてしまえば、話は単純化できる。これは、平面的な円盤に平面的な円盤の影がかかるようなかたちになる。それで、充分に正しい近似になる。なお、地球の直径は月の3.6倍ほどで、月の公転軌道付近での地球の本影の直径は月の3倍弱だ。
月食と朔望月
つまり、月食時の明暗の境界と朔望のそれは、かたちとしても明確に区別ができるということである。「月なんていつも満ち欠けしているじゃないの」と言っても、月食のときはかたちが違うのだ。

前にも書いたことがあるが、これを機会に横山光輝さんの『伊賀の影丸』で描かれた月の詳細が気になって、あらためて確認してみた。マンガそのものが面白くて、けっこう読みはまってしまったが、やはり月の描写は、記憶どおりに独特であった。左はまさに月食の月であり、右は、軌道がより地球に接近して、地球の影より月の視直径が大きくなった場合の月食の月のようである。
『伊賀の影丸』の月
(『伊賀の影丸』(横山光輝)より、月食的な月)

見る機会はないだろうが、部分食を地球ではない視点で見たときの月も面白い。たとえば、それは、図のように見えるはずだ。やや波うっているのが地球の影、楕円弧が月の裏表の境界である。
地球外から見た月食

謹賀新年2018/01/03 16:09

◆謹賀新年
折鶴蒲鉾
あけました。

◆『KUBO/クボ 二本の弦の秘密』(トラヴィス・ナイト監督)
観た。思った以上に「折り紙映画」であった。
「ほんとうに折っただけなの?切っていないの?」(うろ覚え)なんてセリフが出てくる。
紙のサイズに比して大きすぎるモデルがあるのは気になったが、バリントン・J・ベイリー氏の奇妙な小説『宇宙の探究』に出てくる「オリガミ宇宙」のような性質に近いと考えればよいのかもしれない。

このオリガミ宇宙は、わが宇宙がつまらないものに思われるほど豊富な内容を持っている。そこの物体は、折りたたまれることによって、まったく新しい資質を展開するのである。人は(つまり実在は)一枚の紙を正しく折ることにより、椅子、テーブル、飛行機、家屋、果実、花、生きた動物、男や女、その他事実上なんでもつくることができるのだ。(略) 質量も大きさも不変量ではなく、折りたたむことによって増やす(または減らす)ことができるから、一辺一フィートの紙が乗客百人を収容する旅客機にもなりうるのである。
(『宇宙の探求』小隅黎氏訳、『シティ5からの脱出』所収)

ただ、クボの術は、そこまで自由自在ではない。その証拠に、大きなものをつくるための、一種の複合折り紙も出てきた。「おお、ユニットおりがみ!」と内心つぶやいた。

クワガタが重要なキャラクターとなっていたので、15年ぐらい前に展覧会で展示した『クワガタの誕生』の写真を載せておこうかな、と。
クワガタ
『クワガタの誕生』

T3パズル
日本テセレーションデザイン協会の荒木義明さんによる「T3パズル」。裏表で相補的なパターンになっていて、模様を描いて遊ぶ。
折鶴の連続模様をつくってみた。

くろよんロイヤルホテル
暮れに、大町市のくろよんロイヤルホテルで、鳥海太郎さん布施知子さん夫婦と、前川夫婦で会食をした。このホテルにはアートルームというものがあって、その一室は、布施知子さんの作品によって飾られている。
くろよんロイヤルホテルアートルーム


氷柱
くろよんロイヤルホテルで見たつららである。短いつららをノイズとしてそれをばらつきとすれば、長いつららは3σ(標準偏差の3倍)ありそうなので、有意なシグナル(?)である。

つららの語源は、「連なる」にあるという説もあるので、このように連なっているのが、まさにつららの姿なのかもしれない。まあ、でも、古文にでてくる「たるひ(垂氷)」のほうが語源として、本質的のような...

◆円柱をつぶす
円柱をつぶしたさいの錐面と柱面
甘酒の紙パックをつぶしたときにできる、ふたつの錐面と柱面の組み合わせからなる立体が、けっこう面白いなあ、と。紙が厚いので、しわになったり破れたりせず、可展面のまま、変形するのである。

「静かなブーム」?2017/12/28 23:00

オリガミの魔女と博士の四角い時間
12/30 22:00-22:30にスペシャルが放映される。

(The Paper Magician チャーリー・N・ホームバーグ著、原島文世訳)
紙の魔術師
100年前のロンドンを舞台にした折り紙魔法ファンタジーで、ディズニー映画化権取得ともある。まだ読んでいないのだが、表紙のイラストのモデル(少なくともツバメ)は、シッポ・マボナさんの作品だ。

折り紙はいつの時代も「静かなブーム」なのだが、フィクションで折り紙を扱うブームは、やはり来ているような気がする。なお、『KUBO』と『ブレードランナー2049』は、まだ観ていない。

◆「かっこつきの言葉」
「静かなブーム」とかっこつきの言葉を使ったが、最近読んだ小説の、以下のくだりは笑った。

あの「扉」は「出口」だ。
これでよし。
答えがわからないものごとを相手にするときは、「」に入れてしまえばうまく行くものなのだ。
『ダーク・ジェントリー全体論的探偵事務所』(ダグラス・アダムス 安原和見訳)

◆菱形十二面体(四凹面)
菱形十二面体(四凹面)
一枚折り(√2用紙)だと安定しないだろうと思っていた構造が、試して見たら思いのほか安定した。剛体折りができない構造なので、むしろそれがセルフロックとなって安定するのである。なんでもっと早くやっていなかったのか。パズルとしても悪くない。

◆シェイクスピアがデバッグについて述べたとされる文章
今日、担当していたプログラムに潜在的なバグを見つけた。修正できたが、焦った。

以下は、シェイクスピアがデバッグについて述べたとされる(!)文章である。
(『Practical C Programming』(Steve Oualline)による)

Bloody instructions which, being taught return to plague the inventor.
血だらけの命令は、その考案者に災難として返ってくる。
出典は『マクベス』)

◆30年前はつい昨日のようだが、やはり忘れている
以下、『数学セミナー 2017年10月号』のインタビューの応答で、使われなかった話である。

問:動物などの作品と、幾何学的な作品で違いはありますか?

答:あまり違いはありません。かなめはアイデアです。たとえば、即興で動物をつくる場合などでは、既知の基本形を使って特徴をぱっと見せることができればよいと考えますが、きちんと作品にしたいと思ったときは、デフォルメや見立てにどう新しいアイデアを盛り込むかを考えます。アイデアの重要性という意味で、具象的な造形と幾何造形に違いはありません。

この回答をしたときに、頭に浮かんでいた「ぱっと見せることができれば」の造形は、家人へのウケだけをねらって即席でつくったパンダの赤ちゃん(写真)であった。生まれたばかりのパンダで一番意外なのは、尾の長さである。
ピンクピン太郎

なんでこの話を思い出したかというと、パンダの「第一形態」の名が、TVニュースのインタビューでの少女の命名により「ピンクピン太郎」である、ということを数日前に知ったからである。

インタビューといえば、最近、『折り紙工学、複雑な立体を1枚で表現する技術の可能性』(DIAMOND Online)という舘知宏さんのインタビュー記事を読んだ。その中に「舘の折り紙との出合いは、小学2年生のときにさかのぼる。本で折り紙作家、前川淳の「悪魔」という作品を目にし、魅せられた。」とあった。すでに聞いていた話だが、舘さんのような優秀な研究者のきっかけのひとつになったというのは、素直にうれしい。

舘さんの見た本は『ビバ!おりがみ』の新装版(1989)だという。元の本の初版は1983年なので、34年前、舘さんがちょうど生まれたころになる。昭和だ。わたしとしては、ついこの間のような気もするのだが。

30年になると、忘れてしまっていることも多い。先日もそんなことがあった。一ヶ月ぐらい前、凧形二十四面体に関して、「以前つくった記憶はあるのだが、メモが見つからない。...昔つくったのものとは、違うような気がする」と書いた。
これが、『おりがみ新世紀』(笠原邦彦さん、1989)に載っていることを小松英夫さんから指摘されたのである。奇妙な近似を使っていて、記憶どおり、細部は違っていたのだが、本に紹介されたことを忘れているというのは、困ったものである。いずれ、旧作を新作ですと言いそうだ。

正多面体展開図のカタログ(堀山貴史氏)、理科年表、そして、富士山2017/12/22 21:25

正多面体展開図のカタログ(堀山貴史氏)
先週の土曜日は、折り紙の科学・数学・教育研究集会。それぞれの発表も興味深いものだったが、一番印象にのこったのは、堀山貴史さんが持ってきた正十二面体と正二十面体の展開図のカタログかもしれない。

以前、リストを見せてもらったさいに、「きちんとハードカバーで製本したほうが面白い」と話していたものだ。堀山さんは、まさにそのハードカバー版を持ってきた。正十二面体と正二十面体の展開図は、どちらも43380個あるので、1ページ100個掲載で434ページの「大著」である。

まずはネタ的に面白いのではあるが、ぱらぱらめくっていると案外飽きない。「ハミルトン路(つまり、枝分かれのない展開図)を探せ」なんてゲームもできるが、「理詰めなのに、ほとんど無意味」なので、見ていると一種の瞑想ができる。1-2ページの正四、六、八面体も加えて、全5巻にしてほしい。

これは、ただただ図が並ぶだ本だが、ただただ数値が並ぶ本というのもある。広い世の中、三角関数表や対数表を見て楽しむひともいるに違いない。わたしはその境地には達していないが、『理科年表』をながめるのは好きだ。『理科年表』は、11月末にでた2018年版が第91冊(1944-1946は未刊行)で、父とほぼ同じ歳だ。毎年大きく変わるわけではないが、見ているとなんとなくたのしい。

たとえば、今日の根室の日の入りが15時40分代であることがわかると、野辺山(長野)の寒さと北海道のそれは、平均気温だけでは測れないな、などと思う。おやつの時間がすこしすぎると陽が沈むのである。春が待ち遠しいだろう。ちなみに、日没が一番早いのは今日の冬至でなく、やや前の日である。これは、平均太陽時(時計の時刻)と視太陽時(日時計の時刻)に差(均時差)があるためだ。(前に書いたここも参照

一昨年の第89冊には、創刊90年の記念として『理科年表第1冊』(1925年)の抜粋がついていて、これの「本邦の高山」というページも興味深かった。1895年から1945年は、台湾が日本の占領下にあったので、富士山より高い台湾島の山が記されている。

富士山より高い台湾島の山は新高山(ニイタカヤマ、玉山(ユイシャン))だけではない。1925年の『理科年表』には、富士山より高い山が5座掲載されている。ただし、5番目にあげられていた南湖大山は、3797mとあるが、現在の測量では3742mなので、富士をしのぐのは、じっさいには4座である。

南湖大山が事実として大幅に低くなったわけではないだろうから、測量の精度の問題と思われる。100年足らず前に50m以上も違うのだ。今年の映画『キングコング・髑髏島の巨神』(ジョーダン・ヴォート=ロバーツ監督)で、衛星での観測が仔細になる前の1970年代前半、南太平洋に詳細がわからない怪獣の島があるということにして、物語的なリアリティーに工夫をこらしていたり、1950年代の手塚治虫さんの『ジャングル大帝』に、ムーン山という位置も高さも不明の山がでてきたことなどを連想させる。

ニイタカヤマといえば、ということで、話がさらにずれていくが、正岡子規に次のような歌がある。台湾占領直後の時代に詠まれたものだ。
足たたば新高山の山もとにいほり結びてバナナ植ゑましを

コロニアリズム(植民地主義)の匂いもするが、病床に伏せることになった無念さとともに、子規の高い山好きが見てとれる歌である。「足たたば」で始まる歌は連作で、ヒマラヤや富士山もよまれている。
足たたば不尽の高嶺のいただきをいかづちなして踏み鳴らさましを

でもね。子規さん、富士山頂は寒いぞ。『理科年表』によると、気温の年平均(1981年-2010年)は、-6.2度だ。ただし、統計開始から2016年までの富士山の気温の最低記録(統計開始1932年)は、1981年2月27日の-38.0度だが、旭川は1902年1月25日に、これを下まわる-41.0度を記録している。青森で陸軍の八甲田山遭難が起きた年である。

なお、最高最低気温では、那覇の最低記録が4.9度(1918年)と零下になっていないのは、さもありなんだが、最高が35.6度(2001年)というのは意外である。

で、富士山だが、子規には、富士山の歌もたくさんあって、二十歳をすこし過ぎた頃には、「なんだそれ!」という歌もつくっている。一二を争う「なんだそれ富士山歌」が次だ。
ヒマラヤがやつてきたとまけぬなり敵にうしろを見せぬふじ山

子規23歳(1890年)頃のもので、漱石に馬鹿ダナァと言われそうだ。漱石は、『三四郎』で廣田先生に「あれが日本一の名物だ。あれよりほかに自慢するものは何もない。ところがその富士山は天然自然に昔からあったものなんだからしかたがない。」と言わせたり、講演『現代日本の開化』(1911)で、「外国人に対しておれの国には富士山があるというような馬鹿」と言っている。一高(予備門)の同級の友人で、富士山大好きの子規を思い出して、からかっていたのかもしれない。「一二を争う」もうひとつの子規の馬鹿富士山歌は次だ。
萬国の愽覽會にもち出せば一當賞を取らん不尽山

馬鹿すぎて笑ってしまう。「ヒマラヤ」は、富士山の八方秀麗、つまり幾何学的対称性を「うしろがない」とよんだ歌と考えることもできるが、「萬国の愽覽會」は子供の感想である。

子規には、病床に伏したあとの、「われは」で結ばれる連作もあって、そこでも富士がよまれている。次の歌は切ない。
富士を踏みて帰りし人の物語聞きつつ細き足さするわれは

富士山と明治人に関しては、最近みつけたほかの話もあるのだが、「こんな文章を書いてないで、やることやれ」という声が聞こえてきそうだ。長くなりすぎて、読んでいるひともほとんどいない気がしてきたので、それはまたの機会に。

直前の案内など2017/12/15 19:38

◆直前の案内
明日(12/16) 10:00-17:00、文京区白山のJOASホールで、第23回折り紙の科学・数学・教育 研究集会があります。誰でも聴講できます。世話人をしています。

明後日(12/17)13:00-15:00、府中郷土の森博物館のふるさと体験館で、講習会(作品:サンタクロース)をします。

◆『坐忘録』(堀内正和著)
彫刻家・堀内正和さんのエッセイ『坐忘録』の状態のよいものを入手した。手元に置きたい本のリストにずっとあがっていたのだが、最近、古書店街に行っても、美術関係の棚を見ていなかった。しかし、神保町に寄った妻の頭に、ふとわたしが言っていた書名が頭に浮かんで、棚を見たらあった、ということだった。ありがたい。

図書館で斜め読みしたことがあったが、今回初めてきちんと読んでいる。彫刻の教科書としてもすばらしいし、視野が広く、ほんとうに教養のあるひとっている(いた)んだよなあ、としみじみ思っている。堀内さんが戦後すぐに、彫刻家の目で丸石神に注目しているのは驚いた。

オリガミの魔女放映時間など2017/12/09 09:14

第8話の放映時間が変わったそうです。

★東海・近畿ブロック
愛知、三重、岐阜、滋賀、京都、大阪、兵庫、奈良、和歌山
12月9日(土)放送なし
12月17日(日)0:30-0:45 (12月16日深夜)

★それ以外の地域
12月9日(土)16:45-17:00 初回放送
12月17日(日)0:30-0:45 (12月16日深夜)再放送

◆ジョージア国旗
Fractal Georgia Flag
ジョージア(グルジア)の国旗が、フラクタルぽいなと思ったので、フラクタル化してみた。深い意味はない。

 ◆ボロミアン八面体
Borromean Octahedron
ボロミアンリング構造の正八面体をいろいろ試してみた。ただの舟のようなもの6枚(黒、黄、灰)でも、小さくて摩擦が強い紙だとけっこう安定する。
下のX型の特殊用紙で組むものがきれいで一番気に入っている。

星の賽2017/11/30 00:02

stella octangula
ドイツ文学と思想史の研究者・長谷川晴生さんのTwitterで、トートナウベルクという村のハイデガーの山荘の近くに、多面体の意匠のついた「星の賽の井戸」なるものがあることを知った。

この立体は、幾何学の用語では、stella octangula(星型八面体)と呼ばれるものだ。星の賽(sternwürfel)という言葉(訳語もいいねえ)は、ハイデガーの山荘を訪ねたツェランの詩『トートナウベルク』にでてくるものである。この言葉がいつからあるのかはわからないが、ここでsternwürfel すなわち star dice(cube)という言葉が使われているのは「適切」だなあと思う。単に立体という意味でdice(cube)なのかもしれないが、この立体は立方体と相性がよいのだ。

この立体の8個の凸頂点は、立方体の頂点と一致し、凸になっている稜(辺)は、正方形の対角線と一致する。したがって、この立体を立方体から削り出すのは難しくない。立方体の12個の稜を「く」の字型に削ればよいだけなのだ。

長谷川さんも指摘しているように、ハイデガーを訪ねて、この井戸に遭遇したユダヤ人のツェランには、これがダビデの星に見えたに違いない。意味深長な象徴性で、ナチス党員になったこともある哲学者と、自身も強制収容所に送られ、両親をそこで亡くした詩人の対面に対する感慨がわきあがるのと同時に、わたしには、この幾何立体の歴史への興味もわいた。この井戸の来歴や、この装飾のいわれはなんなのだろうかということである。

この立体は、ケプラー(1571-1630)の発見と言われることが多いが、『多面体』(P. R. クロムウェル、下川航也他訳)に「パチョーリやヤムニッツァーなど、以前から知っていたものも多かったようである」とあるように、より古くから知られていた立体であると考えられる。パチョーリ(1445-1517)とダ・ヴィンチ(1452-1519)は親交があり、画家がこの立体の絵を描いているので、ダ・ヴィンチの星と呼ばれることもある。ただ、ケプラーが自ら見つけたのもたしかなようで、16世紀以前にドイツで知られていたかたちとは思えない。 案外、これは、ケプラーへの敬意もあって、ドイツにあるものなのかもしれない。