『折る幾何学 約60のちょっと変わった折り紙』(最新記事はふたつ下)2038/01/18 18:51

『折る幾何学 約60のちょっと変わった折り紙』
『折る幾何学』
日本評論社から、2000円+税で、2016年9月12日頃発売です。

◆表紙と扉のイラストは、マンガ家の高野文子さんによるものです。
◆変則用紙のモデルも多数です。折り紙本としてはやや変化球ですが、キレはあります。
◆パズル好きにも、というよりパズル好きにこそ、おすすめします。
◆もちろん、折り紙が好きなひとにも。
◆エッシャーやデューラーの版画など、数学的美術が好きなひとにも。
◆数々のモデルは、現代の算額(和算において、問題と解答を奉納した絵馬で、美しい図形問題が多い)のような感覚でつくりました。
◆月刊の数学雑誌『数学セミナー』の連載記事(連載は2016年9月現在継続中)に加筆修正をしたものを中心に、書き下ろし等を加えて一冊にまとめたものです。


『折る幾何学』口絵他


折り紙作品(固定記事:最新記事はこの下)2038/01/18 18:51

自分で折った作品の写真数点を、冒頭に載せておくことにしました。

Devil&Pyramid
Devil & Pyramid
悪魔(設計:1978 正方形)、ピラミッド(設計:1993 正方形)

Peacock
Peacock
孔雀(設計:1993 正方形)

Beetle
カブトムシ(設計:1994 正方形)

Turkey
七面鳥(設計:2005 正方形)

Sections of the Cubes
立方体の断面(設計:2000 特殊用紙形)

『涙香迷宮』2016/09/27 23:48

法月綸太郎さんの『挑戦者たち』にあった、いろは48文字の「読者への挑戦状」も面白い趣向だったが、「新いろは歌」を扱ったとんでもないミステリ『涙香迷宮』(竹本健治)が出ていることを知って読んだ。刊行から半年も経っていたのに、把握していなかったのは不覚だった。
作中には、「ん」を含む48文字からつくられた、50もの新いろは歌が出てくる。驚くべき技巧作品もある。作中では黒岩涙香の作ということになっているが、つまりは竹本さんの作だ。呆れるほどの好事家ぶりである。

刺激をうけて、折り紙をテーマにして、ひとつつくってみた。ミステリの読書において、謎や展開より気になることができて、読むのを中断して、「関連問題」を何時間も考えたことなど、ほとんど記憶がない。
をりかみいろは歌(「いぬと」歌)

いぬとつるかめ ほふねみえ
ちひさきむすこ をりあそへ
しろくれなゐの うらおもて
やまたにわけよ はせんゆゑ

犬と鶴亀 帆舟見え
小さき息子 折り遊べ
白紅の 裏表
山谷分けよ 破線故

4行目は、破線が谷折りで鎖線が山折りという、折り紙業界の内輪ネタである。天文ネタは、竹本さんがすでにやってるので、二番煎じになってしまうのであった。

一番苦労したのは仮名遣いだ。できたと思っても仮名遣いの間違いに気づいて、その一角から全体が崩れ去ることが数回あって、時間がかかった。上のものは合っているはずだが、三重は「みへ」で、「見え」は「みえ」、笑みは「ゑみ」など、難しい。

考案過程は、あちらを出したらこちらをへこませるという、エッシャー風の敷き詰め絵(テセレーション)を描いているときの感覚に似ていた。

「腰折れ」の話など2016/09/15 23:57

◆長いオープン戦
阪神タイガースというチームは、半年間、オープン戦を続けているのであった。

◆回文
某日、北條高史氏との会話。
前「タイガースの北條内野手の背番号の上の表記が回文になっているんだよ。HOJOHって」
北「なるほど。新庄のじょーはJYOでしたね」
前「北條さんは、折り紙ではHOJYOとしているけれど、ほかはどうしているの?」
北「論文の表記は、違っています」

そう言えば、カワサキさんに子供ができたとき、カワサキサワカというのはどう?と言ったことがある。即座に却下された。

◆『あなたの人生の物語』
テッド・チャン氏の傑作『あなたの人生の物語』が映画化されて、来年日本でも公開とのことである。
映画の原題は『Arrival』で、邦題は『メッセージ』だそうだ。『Story of Your Life(あなたの人生の物語)』は、シンプルな言葉による詩趣がすばらしいのだが、それを使っていないのは、異星人とのファーストコンタクトのサスペンスに演出の重点がおかれるからだろう。

ファーストコンタクトもののサスペンスを暗示させつつ、原作のアイデアも示した、『Variational Approach』(変分的な手法/様々な申し出)なんてのはどうだろう、などと勝手に考えてみた。いやいや、数理用語を意味深に見せるというのは危ういな。一気に、『「知」の欺瞞』の批判対象ぽく、うさんくさくなる。

◆ジェネラル・ナンセンス
『「知」の欺瞞』の原題は『ファッショナブル・ナンセンス(Fashionable Nonsense)』だけれど、数学界にはジェネラル・ナンセンスなる言葉があるということを、最近知った。
ジェネラル・ナンセンス general nonsense
 数学の学問として性格上,ある数学理論を構築するときに,矛盾さえ生じなければ他には何ら制限を受けることはない.しかし,それが数学として広く受け入れられるには,少なくとも,「動機づけが自然なこと」,「豊富な例を含むこと」,「審美眼に耐えること」が必要である.例えば,これらの条件を満たさず,ただ既知の理論を「一般化」しただけというときには,その理論をジェネラル・ナンセンスであるという。「意味深い数学を始める前の形式的枠組」という,必ずしも否定的でない意味で使われることもある.(『岩波 数学入門辞典』)

一般化だけで面白くないというのは、折り紙やパズルでもあるなあ。
しかし、カッコの多い文章である。「審美眼」とか、定義できないからなあ。

◆腰折れ
専門用語の英訳和訳の話では、むかし、折り紙の国際会議で、同時通訳に関して、事前の用語チェックを担当することになり、buckling→「腰折れ」を「座屈」に訂正したことがあった。「腰折れ」って、変な言葉だなあと思ったが、「座屈」の意味で使われることはあるようだ。

そして、最近よく耳にする「腰折れ」は、経済に関しての言葉である。「景気の腰折れ」というやつだ。これは、相撲用語の「腰砕け」から来たのではないかと踏んでいたが、辞書(『大辞林』)をひくと、「腰折れ歌」「腰折れ文」というものがあった。前者は、和歌の第三句と第四句のつながりが悪いもののことで、後者はそこからの派生と思われる。和歌は、初句から、頭、胸、腰ときて、第四・五句が尾なのだそうだ。脚がないということは、和歌というのは幽霊なのかもしれない。

また、途中で角度の変わる切妻屋根を「腰折れ屋根」という。これは、以前、折り紙の「家」をいろいろつくっているときに知った。北海道などの大規模農地の倉庫によくある、将棋の駒みたいな断面になる屋根である。

これも以前のことだが、折り紙に関係ありそうな場所を訪れる『折り紙散歩』というエッセイシリーズ(『折紙探偵団』にかつて掲載)のネタになるかと、愛媛県の腰折山に目をつけたこともある。さきほど、Google ストリートビューで見たら、登るのもそんなに大変そうじゃないし、俄然行きたくなってしまった。恵良(エリョウ)山と並んで、ケルビン・ヘルムホルツ波(先端が螺旋状になるノコギリの歯のような波)みたいなかたちが面白い。

『折る幾何学』誤植22016/09/15 23:46

092ページ
× ふたつの正四面体の対応しています.
○ ふたつの正四面体に対応しています.

ダリアの華展20162016/09/14 22:24

ダリア(塙町のために)
10/7(金)から10/9(日)、池袋サンシャインシティで、ダリアの華展2016という催しがあり、10/8(土)に、折り紙教室の講師をします。

ダリアの産地である福島県塙町の「まち振興課」から誘いがあり、ユニット折り紙のダリアを考案しました。

折り紙のダリアの傑作である、石井誠一さんのブローチの販売もあります。

最近読んだ本からの由無し言2016/09/13 23:02

リス二郎三世
◆協定世界時とリスの空間認識
円城塔さんの短編集・『シャッフル航法』所収の『リスを実装する』の冒頭が、以下だっだ。

「朝の〇六:〇〇きっかりに。誰も見ていなくても。協定世界時(UTC)では前日の丁度二二:〇〇に。」

記述の内容から見て日本の話なのだが、UTCとの時間差が8時間なのは、中国、台湾、シンガポールなどである。近未来の日本では夏/冬時間が採用されたという話かとも思ったが、日本で適用される可能性があるのは夏時間で、UTCとのずれは1時間加わって+10時間になるのであって、+8時間になることはない。「どこかずれている」という意味であろうと一応納得したが、よくわからない。

夏/冬時間と言えば、最近、こんな話があった。
昨年の1月、チリの夏/冬時間が廃止され、JST(日本標準時)と12時間ずれ固定になった。チリのASTE望遠鏡を扱う国立天文台三鷹キャンパスのリモート観測室に、チリと日本の時刻を示す壁時計がふたつあったが、あれもひとつでよくなったのか、などと思っていた。しかし、今年の3月になって、2016年と2017年の5/15-8/15に冬時間を採用する大統領令が出た。観測ソフトウェアはUTCをもとにしているので、プログラマ的にはなにも問題はないのだけれど、2ヶ月前に決めるなんてことがあるのかと、ちょっと呆れた。呆れたのであるが、天文台のチリ赴任者も、またか、という感じでほとんど気にしていないのであった。

『リスを実装する』という小説自体は、現実と虚構の境界のアレコレというP. K.ディック的なテーマが、円城さんらしかった。しかし、「実装」したリスが、リス好きによるチュリーングテストに合格するのは、難しいだろうな、とも考えた。わたしもリス好きというか、ベランダにくるリス(写真)の観察者である。

単純な規則からなる鳥の群れのシミュレーションのような、現象論的なリスの動きの再現は可能だろうか。それとも、やはり、彼らの「内面」にはいりこむ必要があるだろうか。たとえば、彼らの目は半球状に飛び出ていて、頭を動かさずに天頂も見ることができる広角な視野を持つと言われる。そのような視覚、そして、これまた鋭敏な聴覚、嗅覚、ひげによる触覚などが組み合わされた感覚を持ち、かつ、木から木へと3次元に移動する運動性を持ったものの世界像はどんなものなのか。わたしはときどき、それを想像する。生物学者・ユクスキュルのいう、リスの「環世界」(それぞれの生物が感じている世界。『生物から見た世界 』参照)と、ヒトの環世界の重なりあうところはどうなっているのか、といった話である。体操の選手ならば、リスの感覚をより理解できるのではないか、などとも思う。

彼らの感覚は鋭敏なようでいて、目の前についたゴミをそのままにしておく(上の写真の左眼)など、テキトーなところもあり、ヒトの目にはそれが愛嬌となって映る。

物語中でも触れられていたリスの貯蔵の習性も、興味深い。ヒマワリの種のような小さいものは貯蔵しないようだが、クルミは貯蔵する。しかし、一箇所に集めるということはないらしい。有名な「どこに埋めたか忘れる」という話も、こうした習性があってのことだろう。

なお、『シャッフル航法』所収の『φ』の感想は、「ここ」に書いた。

◆「文章、それは指紋に匹敵する」
『偽りの書簡』(ロサ・リーバス、ザビーネ・ホフマン著  宮崎真紀訳)。見習い新聞記者と言語学者というふたりの女性が主人公の、フランコ政権下の閉塞感の強い1950年代のバルセロナを舞台にしたミステリである。上に示した「文章、それは指紋に匹敵する」は帯の惹句で、手紙の文面から書き手を推定するところなどは、探偵小説の王道だった。

訳者の 宮崎さんは、『時の地図』シリーズ(フェリクス J. パルマ)を訳しているひとだ。シリーズ第三弾『El Mapa del Caos』(混沌の地図 2014)を心待ちにしているのだが、出版の予定はまだだろうか。

いつもにも増して名前が覚えにくいなあと思うなかで、スペインは夫婦別姓なのか、ということをあらためて認識した。そういえば、ガルシア=マルケスも、父と母のものを合わせた「姓」だ。

残された文章から謎をたどる話と言えば、堀江敏幸さんの『その姿の消し方』もそうだった。こちらはフランスの古い絵はがきに綴られた「詩」から、自分だけの詩人を探す話である。

『その姿の消し方』には、作中何回か、サルトルの『嘔吐』に関する言及があった。『嘔吐』は、むかし読みかけて最後まで読めなかった本のひとつである。たしか、デューラーの『メレンコリア』をモチーフのひとつとしていたはず、なんてことを思い出した。すこし前、わたしは、あの版画をためつすがめつながめていた。ただし、そこに哲学的な煩悶はなく、さまざまに解釈可能なパズル的な図像としての興味があるばかりだった。デューラーそのひとも、「憂鬱」からは距離があったひとではないかと思う。

そう言えば、『シャッフル航法』所収の『犀が通る』にもデューラーがでてきた。『星図』と『野兎』と『犀』である。円城版「意識の流れ」というか、視点も脈絡も飛びに飛んで、犀まで語るという狂った話であった。

◆コード。それは履歴書に匹敵する。
『裏切りのプログラム』(柳井政和 著)。『ダイハード4.0』的な「なんでもできるクラッカー(犯罪的ハッカー) 対決もの」かな、それはそれで嫌いじゃないぞと思って読みはじめたら、クラッキングのやりかたは、きわめて現実的だった。「文章、それは指紋に匹敵する」と同様の、「コード。それは履歴書に匹敵する」みたいな話がでてきた。
わたしのプログラムコードは、オブジェクト指向言語で書いても、手続き言語ぽいどころか旧い文法のFORTRANぽくなる。書いたひとの年齢がわかるというものだ。ただ、さすがに6文字以上の変数も使う(昔のFORTRANは文字数制限がきつかった)。

◆ふたつの重力波
『裏切りのプログラム』と装幀が双子みたい(ソフトカバーで、アニメーションキャラクター的な群像描写の絵で、版元も同じ)な、『ブルーネス』(伊与原新 著)も面白かった。元研究者の作家さんだけあって、『ルカの方舟』などと同様、科学と科学者コミュニティーの双方の描写に、現実+ちょっとお話のリアリティーがある。

リアリティーがあるだけに、「我々のダイナモ津波計は、津波に限らず様々な時間スケールの重力波を捉えられるということだ」という記述には、「?」となった。重力波といえば、先ごろ、アメリカのLIGOで観測された、相対論的な空間の歪みの伝播が思い浮かぶ。しかし、津波の研究にそんなものが出てくるはずはない。調べてみると、相対論的な重力波(gravitational wave)のほかに、gravity waveなるものもあって、これも和語では重力波なのであった。気象や船舶工学の分野で使われる、表面張力波に対応する用語らしい。

手元にあった古い(1975年)『英和科学用語辞典』には、「gravity wave 重力波 重力によって液体の表面で起こる波」とあり、「gravitational wave」の項目はなかったので、以前はこちらのほうがより一般的だったのかもしれない。ただし、同書にgraviton(重力子)は載っていた。

「位相空間」が、物理ではphase space、数学ではtopological spaceであることなどに似ている。

こういう例は、ほかにもあるだろうかと考えて、「分散」に思いあたった。物理ではdispersionで、統計ではvarianceである。ふたつの重力波とふたつの位相空間は、同じところに出てくる可能性は低いだろうが、分散は、ややこしいケースもありそうだ。

折り紙用語では、「折線」がこうした例に近い。これはオリセンと読んで、折ったときにつく線をいう。しかし、一般には、オレセンと読んで、点を順に結んだ線をいう。折線グラフの折線(polygonal line)だ。「り」や「れ」の送り仮名があれば区別はできるが、前者は一般に「折り目」(crease)という言葉もあるので、それを使うようにしている。同じ意味で「折り筋」という言葉もある。「め」も「すじ」もやまとことばだが、「め」は特異点で、「すじ」は軌跡という感じがする。

『折る幾何学』:些細だけれど誤植発見2016/09/06 20:29

『折る幾何学』の出版直前なのだが、「まえがき」に誤植を見つけた。こういうものは、なぜ事後に気がつくのだろう。

9ページ
×エピグラム
○エピグラフ

エピグラフ:(1)巻頭や章のはじめに記す題句・引用句。題辞。(2)碑文。銘文。
エピグラム:警句。寸鉄詩。
(『広辞苑』)

『折る幾何学』のエピグラフには、たとえば、以下の一文がある。

器械的に対称(シインメトリー)の法則にばかり叶つてゐるからつてそれで美しいといふわけにはいかないんです。(宮澤賢治,『土神と狐』)

なるほどねえという内容で、賢治の童話の中の言葉であることの意外性もあって選んだ。しかし、じつはこれは、薄っぺらな気取り屋の狐、『坊っちゃん』の赤シャツ的なキャラクターである狐が、教養があるかのように見せる、受けうりの言葉なのである。わたしにとってこの引用は、この文自体の意味だけでなく、(伝わらないだろうけれど、)衒学とそれに対する自嘲といった意味もある。

引用というのは、自己言及的な引用をすれば、まさに「他人の頭で考えること」(ショーペンハウエル『読書について』)である。しかし、言葉なるもの自体がそもそも借りものである。

すこし前に読んだ山田太一さんのエッセイ『月日の残像 』に、氏が若い頃、自分の感情を書きとめるために、日記ではなく、読んだ本の抜き書きをしていた、という話があった。

  僕は貴女の友情を望みません。(D.H.ロレンスの手紙)

 などというのもある。
 どの引用もたいしたことはいっていないが、しつこく他人の言葉であることにすがっている。事実や気持をそのまま書くには、あまりに平凡陳腐な失恋で、むき出しに耐えられなかったのだと思う。

こうした引用は、衒学とは違う。衒学というのは、鏡に向かったひとりの状態でも成立する。しかし、これは、学術論文での引用と似て、文化的な網目の中に自分の書いたことや気持ちを位置付けようとする願いなのだと思う。

装幀の凝った本など2016/09/05 21:24

◆『折る幾何学』のチラシ
日本評論社チラシ
9月12日頃刊行の『折る幾何学』の、出版社がつくったチラシの裏面が、『スーパー望遠鏡「アルマ」が見た宇宙』(福井康雄編)だった。版元の日本評論社が、天文の本も数学的な折り紙の本も扱っていて、たまたま刊行日が近かったためだ。

日々のあれこれの中で、折り紙と天文が交錯する機会はほとんどない。今回は、上の偶然が面白かったので、このチラシを、三鷹のALMA研究棟の会議机におき、野辺山宇宙電波観測所の特別公開のさいに配らさせてもらった。

◆装幀の凝った本
最近、装幀が凝った本を続けて読んだ。

ひとつは、綾辻行人さんからいただいた『深泥丘奇談・続々』だ。このシリーズの装幀は凝りに凝っている。本文中や見返し、扉にもイラストがあり、カバーを外すと、タイトルはエンボスである。

そして、穂村弘さんの新刊『鳥肌が』も、『深泥丘』と同様、祖父江慎さん(『鳥肌が』は、+藤井遥さん)の装幀なのだが、栞ひもが、細い三本の糸になっていたり、カバーに鳥肌状のブツブツがついていたりするなど、これまた変なつくりの本なのであった。

両書とも、日常の違和感と怖さを扱ったものなので、内容の感触もどこか似ている。ただし、前者は幻想小説で、後者は一応実話だ。一応と書いたけれど、『怒りのツボ』というエッセイには、次の言葉もあった。

「ここを押されると、かっとするポイントってどこだ。(略)あ、『この文章ってどこまで本当なんですか』と云われるのが嫌だな。」

『深泥丘』は猫好きのための本でもある。

夏の終わり2016/08/22 23:00

台風が来て、夏が終わった感じが強い。

◆シン・ゴジラ
・「例のネタ」自体より、エンドロールの三谷純さんの名前に驚いた。
・丸子橋、多摩川浅間神社、そして、吞川。東京西南部育ちとして親しみある地名だった。
・庵野秀明さんの長編作品は、じつは初めて観た。
・これが深読みしたくなる作風かと感心したが、都合のよいメッセージを受信してしまうひとも多そうだ。

◆穂高明さん
面識を得て、『月のうた』『夜明けのカノープス』など、作品を次々に読んだ。理科系ネタの隠し味もよいが、「友がみなわれより偉く見え」てしまう気分のときに寄り添ってくれるような、屈折をかかえていた登場人物たちの造形が一番の持ち味だ。

◆『The Man Who Knew Infinity』
10月に日本でも公開される、ラマヌジャンの伝記映画『奇蹟がくれた数式』(The Man Who Knew Infinity)が、楽しみだ。『数学セミナー9月号』の表紙のエッセイ(熊原啓)によると、ラマヌジャンのタクシー数こと、1729のエピソードもでてくるらしい。

◆1729
1729が出てくるといえば、数学少年少女を題材にしたライトノベル『青の数学』(王城夕紀)もそうだった。ん?というところもあったけれど、数学少年少女が、野球少年などと並列されていて、奇人変人類型ではないところがとてもよかった。「だって人間の姿なんて美しくないよ。正多面体の方が美しい」と言う少年は、やや奇人変人クリシェだが、一芸のある少年、というか、少年というのは、そんなことを言うような気もする。

◆第22回折紙探偵団コンベンション(8/12-14)
年に一度のコンベンション。「キーウィ鳥」と「立方八面体骨格」の講習、「折り目による円錐曲線」という講義をした。また、吉野一生さん没後20年展示で、彼の「猪」を折った。吉野一生さん作品では、宮本宙也さんが『をる』に載った「鵺」を再現していたのに感心した。

今年の目玉は三浦公亮先生直伝のミウラ折り。国際大学折紙連盟の展示も充実し、ゲストのロベルト・モラッシさんとミシェル・ファンさんも対照的で面白かった。折り紙の世界は広がっているなあ、と。スタッフのみなさま、お疲れさまでした。

オークションで落札した中村和也さん提供の「折鶴」の掛け軸(中国の大道芸みやげ)は、机の前にかけた。
掛け軸「折鶴」

◆算額最中
算額最中
中村和也さんは、コンベンションのさいに、奈良の和菓子屋・たばやの「算額最中」も買ってきてくれた。店主の先祖が奉納した算額の問題の図がかたどられた最中で、3月の関西コンベンションで中村さんに会ったさい、「これ知ってる? たぶん、中村さんの家から近いけれど」と、話題にしたものである。

図の外側の円の直径を16、内接する大きい円の直径を9.6としたとき、残りの円の直径を求めよという問題だった。デカルトの円定理を使って自分でも解いてみた。補助線を使った初等幾何的な解きかたもすこし考えたのだが、そちらはどうにも糸口が見つからない。

◆『数理科学』の悪魔
コンベンションの懇親会で。『本の雑誌』9月号で、円城塔さんが「人生を変える数学パズル」と題して、『完全版 マーティン・ガードナー数学ゲーム全集』を取り上げていましたね、という話を、上原隆平さん飯野玲さんらとした。上原さんと飯野さんは、同書の訳者と編集者である。

円城さんの書評の2ページ前では、若島正さんが古い安野光雅さんの表紙版の『マックスウェルの悪魔』(都築卓司)を取り上げていた。この絵は、わたしの「悪魔」のモチーフになった絵である。『マックスウェルの悪魔』の出版の何年か前に、雑誌『数理科学』の表紙に載ったのが初出である。

この件に関して、シンクロニシティーじみた話はまだ続く。天文台の図書室に『数理科学』のバックナンバーも揃っていることに気がついて、『数理科学』の「悪魔」はいつのものかなと、調べたばかりだったのだ(写真)。
『数理科学』の悪魔

そして、先週である。長野・山梨に戻るさい、小海町高原美術館に寄って、開催中だった安野光雅展を観てきた。そこになんと、「悪魔」のオリジナルがあったのだ。驚いた。なお、『数理科学』の表紙が一冊の本(『空想工房の絵本』 山川出版社)になっていることは初めて知った。40年以上前のものだが、どれも新鮮な発見がある。悪魔の前々号の絵が、デューラーの『メレンコリア』のパロディであることも知った。『メレンコリア』は、9月に出るわたしの新刊『折る幾何学』でも重要なモチーフになっている。

ということで、新刊の話である。数日前に、『折る幾何学 - 約60のちょっと変わった折り紙』(9月9日発売予定。日本評論社)を校了した。