『…とゾンビ』2010/04/11 01:10

 『高慢と偏見とゾンビ』(ジェイン・オースティン、セス・グレアム=スミス著  安原和見訳)という小説が一部で話題になっている。わたしは読んでいないが、表紙の絵が気持ち悪いと言いながら、妻が読んだ。(妻は、わたしの知人の中でも最強の「活字中毒者」で、なんでも読むひとだが、本来ホラーは苦手である) 著者にジェイン・オースティンそのひとの名があるように、『高慢と偏見』がそのまま引用されているらしい。それにしても、妙なことを考えるひとがいるものだ。『-と-』という古典名作は多いので、シリーズ化できるぞ、と思ったのはわたしだけではないはずだ。

 『罪と罰とゾンビ』『赤と黒とゾンビ』『戦争と平和とゾンビ』『ロミオとジュリエットとゾンビ』『アントニーとクレオパトラとゾンビ』『老人と海とゾンビ』『月と六ペンスとゾンビ』『王子と乞食とゾンビ』『ジキル博士とハイド氏とゾンビ』『重力と恩寵とゾンビ』『詩人と狂人たちとゾンビ』『生者と死者とゾンビ』『リリアンと悪党どもとゾンビ』『点と線とゾンビ』『百億の昼と千億の夜とゾンビ』『白雪姫と七人の小人とゾンビ』『ヘンゼルとグレーテルとゾンビ』『ぐりとぐらとゾンビ』『赤いろうそくと人魚とゾンビ』『トムとジェリーとゾンビ』『王様とわたしとゾンビ』『男と女とゾンビ』『灰とダイヤモンドとゾンビ』『セーラー服と機関銃とゾンビ』『ハリー・ポッターと賢者の石とゾンビ』『ケンチとすみれとゾンビ』『安寿と厨子王とゾンビ』『麦と兵隊とゾンビ』『正義と微笑とゾンビ』『皮膚と心とゾンビ』『葉桜と魔笛とゾンビ』『絹と明察とゾンビ』『海と毒薬とゾンビ』『風と光と二十の私とゾンビ』『猫と庄造と二人のおんなとゾンビ』『部屋とワイシャツと私とゾンビ』『菊と刀とゾンビ』『存在と時間とゾンビ』『構造と力とゾンビ』『部分と全体とゾンビ』『科学と方法とゾンビ』『因果性と相補性とゾンビ』『クォークとジャガーとゾンビ』『伽藍とバザールとゾンビ』『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神とゾンビ』
 きりがない。

 そのまま、ホラー小説の題名になりそうなものや、意味深長に思えるものがある。マーチン・ガードナーさんに敬意を表して、『自然界における左と右とゾンビ』というのもどうだ。

ユニット折り紙ふたつ2010/04/11 01:34

ユニット折り紙ふたつ
 今日は、ユニット折り紙作品がいくつかできたけれど、写真のふたつは、無理なところがなく、できがよい。  写真左は、6枚組の「モザイク立方体」。下に敷いた紙が用紙の大きさで、かなり大きくできるのが特徴だ。でも、これも、前例がすでにありそうな気がする。

 写真右は、両面折り紙用紙6枚組みの「テトラヘドラル ストライプド キューブ」。正四面体の稜状の帯領域がある立方体ということで、漢字で書くとものものしいのでカタカナ名にした。こっちは、組み方がちょっと変なので、前例はまずないと思う。

宇宙から見た地表のかたち2010/04/14 22:53

国際宇宙ステーション
 本ブログの楕円の記事三谷さんが関心を示してくれたこともあり、投影のことをすこし考え、そこから、宇宙から見た地表のかたちということに連想がひろがった。
 国際宇宙ステーションの映像で、図の上部に描いたような地平線の円弧が認識できる映像を見ることがある。しかし、地平線の円周全部という映像を見ることはない。それは、国際宇宙ステーションの高度が案外低く、地球が視野いっぱいになってしまうからである。その軌道の高さは約350km、東京-京都の直線距離ぐらいで、静止軌道(地表から約36000km)や月の軌道(約380000km)などに比べるとはるかに近いのである。その高さからは、地平線から地平線の視野角は140度ぐらいで、見える地球上の範囲は、地球中心角にして40度ぐらいになる。
 このとき、地球がどのようなかたちに見えるのだろうかということを、すこし考えてみた。
 輪郭は当然のことながら円弧で、全体として球の一部に見えるとは思うが、それは、地球が球であると知っているためとは言えないだろうか。目に映る映像を頭をからっぽにして認識すれば、凸レンズのようなかたちを真正面から見たものとして知覚されるのではないだろうか。地表の様子などで湾曲は認識できるが、小さな球のように常にほぼ半球が見える状態と違い、球の一部しか見えていないので、その湾曲はかなりゆるやかなのものとして見える。すなわち、レンズのようなかたちに見えるのではないかと。
 
 どう見えるかというのは、さまざまな要素があり、個人の感覚もありそうなので簡単にはなんとも言えない。視野いっぱいの地球を中心方向に向かって見た時、地球に包まれる感じになるかもしれない。この高度では、ひとの最大視野と地球の大きさがほとんどひとしい。左右の視野では、その端にかろうじて地平線が見えるが、ひとの上下の視野はそれより狭い(120度ぐらいらしい)ので、一瞥では地平線は見えないだろう。
 関連した話題では、20年以上前に読んだきりで、記憶が曖昧で確認もしていないけれど、エドガー・アラン・ポーの気球冒険小説に、高高度から見た地表風景の話があったことを思い出した。そこには、この「包まれる感じ」に似た、地表が凹面に見えるとの記述があった。ただ、ポーの想像力には感心したが、説明自体としては納得はできないものだった。

ユニット立方体いくつか2010/04/18 23:08

ユニット立方体いくつか
(1)銀河ユニット(上)
まったく表情の違うふた通りの組み方が可能なユニット作品。パーツの模様は、銀河のようなかたちになっている。

(2)パハ立方 他(下)
パハリータ(pajarita:小鳥)、風車、帆掛け船の模様のユニット立方体。同じアイデアは笠原邦彦さんの作品にもあったと記憶するのだが、手持ちの資料をざっと見ただけでは確認できなかった。模様のある面をつくって組み合わせるのではなく、組み合わせたときに模様がでるようにしたところが工夫のポイントだが、帆掛け船の組み方はかなり変則的になった。

「風・船・鳥」立方体2010/04/19 21:34

「風・船・鳥」立方体
昨日のモデルをちょっと変えて、帆掛け船・パハリータ・風車模様の立方体にしてみた。

ミンサー織りとピタゴラス数2010/04/21 22:06

ミンサー織りとピタゴラス数
 妻が知り合いから「黒糖チョコレート」というものをもらった。これに、沖縄伝統の織物・ミンサー織りの模様がついていた。
 ミンサー織りは、五つの■と四つの■で、「いつの」「世も」という想いを伝えるもので、女性から男性に愛情のしるしとして贈るものという。
 その話を初めて聞いたときも思ったのだが、これは、図形的にも、絆の象徴と見ることができる。5個の並びと4個の並びが、相補的な関係にあり、両者を重ね合わせると、すべてが満たされたかたちになるからだ。

 数学的に面白いのが、この4と5、そして、その和の平方根3が、ピタゴラス数(3×3+4×4=5×5)にもなっていることである。
これは、下記にように、奇数からつくられる平方数すべてに言える。
(1×1=0+1, 1×1+0×0=1×1)
3×3=4+5, 3×3+4×4=5×5
5×5=12+13, 5×5+12×12=13×13
7×7=24+25, 7×7+24×24=25×25
...
 これに気がついたとき、おっと思ったが、さすがに新発見ということはなく、前にこのブログで話題にした有心多角数の一種・「有心四角数」の性質とそして、よく知られた話だった。(たとえば、"Centered square number" @ Wikipedia
 簡単に証明できるが、図形的にこれを示すアイデアは浮かばない。