『ある科学者の戦中日記』など ― 2015/12/20 23:21
数学を追求することは人間精神の神聖な狂気ともいうべきものであって、絶えずおそってくる俗事に追いまわされずにすむ逃げ込み場所である。A. E.ホワイトヘッド:科学と近代世界(『伏見康治コレクション I 紋様の科学』から孫引き)
伏見さんがどういう思いでこれを引用したのかが気になった。これが書かれた1966-7年は、学術会議などで忙しくされていたようで、東海原子力発電所が営業運転を開始したころでもある。
◆『ある科学者の戦中日記』など
先日、折り紙の研究会で、1950年代の吉村慶丸さんの原論文を見た。航空機事故などで重要となる円柱の座屈、いわゆる「吉村パターン」をとりあげたもので、「ミウラ折り」の先駆研究である。そこでふと、吉村さんと堀越二郎さんは、航空研究所で重なっていたりするのだろうか、ということが気になった。吉村さんは、元は地震の研究者で、航空研究所勤務は1939年からということだったが、航空研究者の生没年をざっと確認してみた。人物の選択はきわめて恣意的である。
富塚清 1893 - 1988
堀越二郎 1903 - 1982(堀辰雄 1904 - 1953)
吉村慶丸 1912 - 1964
糸川英夫 1912 - 1999
近藤次郎 1917 - 2015
このように日本の航空宇宙関係者のことに関心を持った経緯で、富塚清さんというひとを知った。戦後はバイクのエンジンで有名なひとである。彼は、権力中枢近くの人間でありながら、戦前、そして日米開戦後も日本の負けを公言していたひとらしい。図書館で借りてきて読んだ『ある科学者の戦中日記』(1972年中公新書)には、たとえば、以下のような記述があった。
(1941年12月9日の日記から)
われわれの航研(東大航空研究所)あたりの仲間のひそひそ話では、日本の航空の勝味があるのはせいぜい半年だけ。それ以後はおそらく押されるだろう。
(1945年7月23日、学生との会話)
「......どうだ今日は? 何か問題を持ってきたかね?」日記には、石原莞爾や村岡花子、堀越二郎、谷川徹三や南原繁、八木・宇田アンテナの八木秀次の名前もでてくる。
「いや何も......」
「するとただ漫然と、なんとか教えてくれるだろうと思ってきたわけ?」
「そうです」
「だめだよそんなことでは。もう将来生きられまいと、投げてしまっているの?」
「生きられはせんでしょう」
「いや、そうでもあるまいよ。ところで一体君たちは生きたくないの?」
「それはむろん生きたいです」
「なら、その方策を立てたまえよ」
この本を読み終わった翌日、水木しげるさんの訃報に接した。富塚さんが国の中枢近くで政府や軍の愚かさに呆れていたひとなら、水木さんは、前線でその愚かさによって殺されそうになっていたひとである。
水木さんと言えば、ずっと、父と水木さんは同い年だと思っていた。長い間水木さんの履歴で生年が数年遅くなっていたからだ。なお、父は、工業専門学校の学生だったので招集されておらず、上述の学生に近い心境だったとも思う。個人の資質も大きいだろうし、印象にすぎないが、この年代のひとには、勇ましさを厭っているタイプが多いような気もする。わたしはそれを「正しい」と思っている。
駒場にのこった航空研究所とは異なり、東大の物理科、天文科、数学科は、東京大空襲後の1945年4月、長野県の諏訪地方に疎開している。天文科の学生の日誌は、『されど天界は変わらず - 東京大学天文学教室疎開の記録』という本になっていて、天文台の図書室で見かけて目を通したことがある。1945年8月15日の日記には、以下の記述があった。
皆泣くに泣けぬ思ひなり。胸に期する所之有らんか。学生一同平穏なり。中には平和到来を喜ぶ者も之有らん。
数学科は、疎開先においても暗号解読に駆り出されていたという。その時代の学生のひとりであった武藤徹さんは、妻の高校時代の恩師で、その縁で、その著書も読んだ。先年出版された『きらめく知性・精神の自由』に記された、彌永昌吉さんのエピソードが興味深かった。
太平洋戦争が終わったとき、私たちのクラスは動員先で敗戦を告げる天皇の録音放送をきいたのですが、放送が終わるや否や、彌永さんは「めでたし、めでたし、これで世界の人々が、また仲良くなれる」といわれました。同じ内容は、『戦中の日本暗号解読史における数学者の貢献』(木村洋)(数学史シンポジウム報告集pdf@津田塾大学)という文書にもある。そこには、「数学者はこうした悲嘆・衝撃から自由だったよう」とも記されている。
というわけで、冒頭のホワイトヘッドの言葉に、なんとなく通じるような話となる。ただ、わたしはこれらの話で、知性の高いひとたちには現状が見えていた、ということを言いたいわけではない。こういうひとたちも巻き込みながら、国家総動員の戦争があったということを考えてしまう。
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