影を見つめるひと2012/03/10 18:28

影を見つめるひと
先日の「ウサギ」と同様の構造で、「痩せたフードのひと」をつくり、強い光源で写真を撮ってみたところ、哀愁のある絵になった。人体バランスとしては、腕がやや短いが、下向きの視線が思わせぶりな表情をだしている。自立するようにバランスを調整したことで自然にそうなった。

『なずな』:伊都川市内折り紙コンクール2012/03/10 18:29

運動不足解消もかねてベビーカーでの散歩は続け、記事を書き、校正をし、本を読み、取材先に疑問点を電話で確認したりして、仕事はそれなりに進めていた。なかで印象に残ったのは、佐竹さんが冷静沈着に報告してくれている第三回市内折り紙コンクールの模様 - 大賞は、新富町の印刷会社経営・新井悟さん(32歳)による「エスプレッソマシン」- 、そして、梅さん自身による三本樫保養所再利用計画に関する小文だった。前者は特大の紙を使った精緻な模型のような出来映えで、圧倒的な指示を得ての大賞だったという。見出しは「アロマの漂う折り紙」。
『なずな』(堀江敏幸著)

生まれたばかりの弟夫婦の子をあずかることになった四十男の視点による小説『なずな』の一節である。彼が地方紙の記者をする架空の町・伊都川市には、上記の引用のように、市内折り紙コンクールがある。(折り紙コンクールに関する記述は、上記引用部分だけである) 伊都川は、人口五万人ぐらいと思われる大きくはない市だ。全国規模にして初めてコンテストが成立する現実の折り紙コミュニティーを実感している身としては、この設定はファンタジーである。奇妙な、しかし魅力的なパラレルワールド。

『なずな』は、すこしずつ、ときどき思い出したように読んでいたので、読み終わるまで半年ぐらいかかってしまった。そういえば、同じ堀江さんの『河岸忘日抄』も、そんな読みかたをした。読むものに困ったときにキープしてある本というのとはちょっと違っていて、ゆっくりと文章を読みたい気分のときのための本だった。

「亜鈴(あれい)立体」など2012/03/10 18:35


八分割立方体
「八分割立方体」
透明のプラスティックシートでつくると、より面白くなる作品ができた。八つに分胞した立方体の六枚組である。折り目の強さにもよるが、絶妙なテンションでまとまっていて、力を加えるとバラバラになる。

亜鈴立体
「亜鈴立体」
上の「八分割立方体」もそうだが、XYZ軸構造の六枚組というモデルをいろいろ試している。そのひとつとして、鉄亜鈴のようなかたち六つを組み合わせてみたら、これがなかなかきれいにまとまった(写真上)。モジュール自体が込み入ったかたちのもの(写真左下)もつくってみたが、これはやりすぎのきらいがあるかもしれない。

亜鈴型六つの組み合わせは、すべてのパーツをすこしづつ中心に寄せていけば、剛性のあるものでも可能なので、じっさいの鉄亜鈴でもやってみたい(図下中)のだが、球の直径と柄の長さによっては、うまく組めない。そこで、隣りあう球がぴったり接する場合にどうなるかを考えてみた。

これは、なかなか面白い比率である。球の直径と柄の長さ(球の中心間)の比率が黄金比になるのだ。正二十面体構造だからだ。その場合の柄の太さ(円柱の半径)は、球の半径を1として、0.175..以下と、かなり細くなる。したがって、じっさいの鉄アレイをこれに近いかたちに組むのは難しそうではある。

「アレイ」という言葉からは、仕事柄、「データ配列」や「干渉計」のarrayという英単語が思い浮かぶが、体操器具のアレイ(亜鈴)は日本語である。もとの用字は「唖鈴」で、『大辞林』によると、明治の体育教員養成機関・体操伝習所の第一主幹である伊沢修二によるダンベルの訳語だ。dumb=押し黙った、bell=鈴で、そのままの直訳だ。つまり、「鳴らない鈴」ということである。ここで連想するのは、バーベル(barbell)だ。これに訳語はあるのだろうかと、「棒鈴」を検索してみたがヒットしなかった。

12球カプシド
「12球カプシド」
亜鈴の六本組みから、以前つくったふたつづつ連結した球による正八面体を思い出した。亜鈴のような棒でつながった球のペアではなく、接する球のペアを使うものである。球のペアを6組にして、3本の輪ゴムをかけて、放射状の6本のゴムでひっぱるかたちにした。これは、予想通りきれいに正二十面体構造になった。正二十面体構造になる配置には、鏡像を除外して4種があり(間違いないはず)、引っぱり合うゴムが直交しているものより、そうでないもののほうが力学的に安定しているようだった。充填構造とは異なる、内部に空間がある二十面体構造ということから、ウィルスのカプシド(頭殻)も連想した。

シュガーポットの蓋関数2012/03/18 13:53

シュガーポットの蓋関数
小金井に「ホーマー」という昭和の香りのする洋食屋さんがあり、昨日ひさしぶりに行った。メニューもレトロなのだが、内装や什器もレトロである。シュガーポットもそのひとつで、取っ手と蓋がジョイントでつながっていて、取っ手を倒すと蓋が開くという、わたしが子供のころにはよく見かけたタイプのものだ。

このポットを見ていて、次のようなパズルを考えた。
(1)蓋を垂直に開けるためには、取っ手はどこまで回転すればよいか。
(2)より一般的に、取っ手の回転角と蓋の開いた角度の関係は、どうなっているか。

じっさい開けたり閉じたりすると、次のようであった。
(1)取っ手の角度が真横になるより前に蓋が垂直に開く。
(2)最初はゆっくり、徐々に加速して開く。
(-)取っ手の回転半径は、蓋の回転半径よりやや短い。

帰宅後、詳細を検討した。幾何学的な要点は、ジョイントの長さが変わらないということである。
図右上は、取っ手の回転半径と蓋の回転半径が同じ場合である。このとき、蓋が垂直に開くのは、取っ手が真横に来たときである。ただし、このときも、両者は同じ角速度で連動するわけではない。
関数で書くと、蓋の角度をθ、取っ手の角度をφ、取っ手の回転半径をR、蓋の回転半径を1として、式はけっこうきれいに整理されて、(Rcosθ-cosφ+1)/2-Rcos(φ-θ)=0となった。R=1の場合をグラフに描くと、曲線(赤)であり、最初はゆっくり、加速して減速というかたちがわかる。 取っ手の回転半径をすこし短くした場合が、図右下と、グラフの青である。蓋が垂直に開くのがやや早くなっている。しかし、その違いはそんなに大きくはない。

十二艘舟など2012/03/18 15:18

十二艘舟など
薗部ユニットの12枚組で知られる星型の多面体をいろいろ試していた。

まずは、図左端の正方形基本形(風船の基本形の反転)6個組である。前例を見たか、前例があると指摘された記憶があるのだが、誰のものなか、見つけることができていない。誰かわかるひといませんか?

次は、1:2の長方形の6枚組みで、きれいに組めるのだが、最後のひとつをいれるのが難しい。

次は、2枚組みである。これも既にありそうな気がする。しかし、かなりいいモデルだと思われるのに普及していないので、コロンブスの卵かもしれない。ユニット折り紙は、大量のパーツの作成や色合わせが面倒になることが多いが、ふたつだと、色合わせも楽だ。

次は、伝承の二艘舟を6個組み合わせたもので「十二艘舟」と名付けた。星型多面体とXYZ座標を組み合わせたかたちになる。これもまた、既にありそうな気がするのだが、組むのが案外難しいので、見落とされていた可能性も高い。

右端は、2枚組みのものをすこし変形したものだ。

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先週は、深夜0時ぐらいまで仕事で、帰宅後早朝まで、折り紙を考えるという日が何日かあった。
やるべきことが多いほど、急ぎではないことに時間を費やしてしまう心理は、精神分析の防衛機制の概念でいえば、「逃避」よりも「補償」とみるべきだろう。しかし、心理的にはともかく、案件が溜まっているという実態はなにも補償されず、睡眠時間が短くなるだけなのであった。
また、〆切のはっきりしない案件が、そのことだけであと回しになってしまっていることを思うと、〆切って重要だなあ、とあらためて思うのであった。

日本数学会 市民特別講演会のポスター2012/03/20 22:58

日本数学会 市民特別講演会のレタリングが面白い。

このアイデアは、『にょっ記』『にょにょっ記』(穂村弘著)にも、隠し技のように使われている。(デザイン:名久井直子さん)

そういえば、『にょっ記』のことは、前にも書いた。
自己記述的字体のことも。

「更新されていないね」「じゃあ、日記でも」2012/03/29 23:50

マグカップ
22日-23日
折紙探偵団関西コンベンションに参加するため、深夜バスで大阪に移動した。前日まで、京都で天文学会が開催されていて、聞いておきたい発表もあったけれど、そちらには参加しなかった。深夜バスは初めてで、どんなものだろうと、すこしだけわくわくしていたのだが、席の位置がよくないこともあって、かなり疲れた。あれは若いひとの乗り物だなあ、というのが素直な感想だ。

2年ぶりぐらいの関西。きょろきょろと街を見回した。
阪急電車の中にあった四谷学院という予備校の宣伝コピーが「なんで、わたしが京大に!?」というものだった。東京では「なんで、わたしが東大に!?」である。地域に合わせて全部違っていたら面白いとも思ったが、下手をすると不平を言っているみたいになる。宣伝コピー文というのは、違和感をひっかかりにするものなのだろうけれど、そもそもが変な文ではある。

24日
コンベンション二日目に、ジェイソン・クーさんの「折り紙設計」に関する講演があった。講演後にも話をして、折り紙設計法をグラフ理論と結びつけることには、ちょっとした研究の鉱脈があるのではないかと考えた。枝の二次元での配置(順序)を区別する木構造の定義は、グラフ理論ではどう扱うのだろう。

ひとの作品講習は覗くだけで受講せず、ずっとティーバッグの包み紙によるモデルを試していた。マグカップが会心作である。(写真)

懇親会を途中で退出して、新神戸から最終の新幹線で帰京した。車中で読んだのは、一年以上積ん読になっていたミステリ・『殺す手紙』(ポール・アルテ著 平岡敦訳)で、ちょうど品川駅ぐらいで読み終えた。いままでに訳されてきたアルテ氏のクラシカルな探偵小説とは違うタイプのサスペンスだが、「ひねりにひねりました!」というプロットである。「ツイスト博士(アルテ氏のシリーズキャラクター)はでてこないけれど、ツイストのある作品」といえる( なんて、誰かが既に言っていそうな評だけれど)。そういえば、アルテ作品を年一作訳出する予定(平岡氏)という話もあったけれど、2011年は出なかった。

25日
親戚に子供が生まれたので、お祝いに行った。この子は、わたしの知らない未来を生きるのだなあ、としみじみ思った。夜、山梨に着くと、うっすらと雪が積もっていた。格言や言い習わしには、ただし書きが必要なものも多い。
暑さ寒さも彼岸まで- ただし、平地では。

26日
昼休みに、職場の観測所内で折り紙に関する取材を受けた。「設計する折り紙に先鞭をつけたことに関しては自負しています」なんてことを言ったけれど、ひとに言われれば素直にうれしいけれど、自分で言うものじゃないなあ、とも。

この日は、金星、月、木星がきれいに並ぶ日だったのだが、珍しく(!)プログラミングに熱中していて、そういえばと気がついたときには、沈んでいた。先日の金星と木星の「最接近」のときは写真を撮ったのに。

27日
放射線測定器に関して、キャリブレーションの意味で「校正」を使っているツイートを読んだ。内容はきちんとしていたが、表記に違和感があった。「校正」は、文章の直しのときに使う語で、機器のキャリブレーションは「較正」ではないのか。しかし、ちょっと調べてみると、計量法の条文にも「標準器による校正」なるものがあったり、区別はないようだった。「較正」や「キャリブ」のほうが一般的だと思うのだが、わたしが知っている業界だけのことなのだろうか?

「24時間、震度3以上なしか」と言った数分後に、千葉で震度3、その数十分後に岩手で震度5弱が起きたが、ふーんと思っている自分がいた。震度5弱って、並じゃないのに。

28日
『天文月報』(2012.4)に『わたしが見た日本』(P. W. Rybka)というポーランド人の学生さんの手記が載っていて、
「友達の少女が紹介してくれた折り紙に、私はたいへん興味をもち、紙の芸術の世界にのめりこみました」
と書いてあった。どこかで会う機会があるかもしれない。日本文化との出会いは「マンガ・アニメ、折り紙、俳句」ということであった。

連想して、わたしとポーランドとの出会いは、と考え、「ポーランド人の有名人は誰か」という、ひとり雑学テストをした。ショパン、キュリー、スタニスワフ・レム、アンジェイ・ワイダ、ロマン・ポランスキー..。 ウェブを検索して「答え合わせ」をすると、コペルニクスがそうであったことを忘れていた。ここで、ひらめいた。ポーランド人は、エスニックジョークでひどい扱いを受けることが多い。たとえば、電球ジョークというものがある。電球を交換するのに、電球を持ったひとが乗っている台をまわすのがポーランド人、というものだ。なんでポーランド人なのかわからなかった。しかし、もしかしたらこれは、地動説と関係しているネタではないのか。
バナッハ=タルスキの定理(パラドックス)で有名な数学者のバナッハとタルスキもポーランド人であることを知った。これをつかって、とんでもない話が実は論理的だったのである、という隠れたメッセージを込めたジョークがつくれないだろうか、なんて考えた。