立方八面体2011/03/25 01:03

立方八面体
 先々週つくっていた表裏同等構造の立方八面体(Cuboctahedron)の数々である。先々週は、ほんとうに遠い過去のことのようだ。

 図・写真4は、まとまりもよく、この立体の構造を把握するのにもよい。正三角形の面のうち、六つは穴で、二つは凹み、その凹みの頂点が、真ん中の正六角形に接している。
 5は、川崎敏和さんの傑作「表裏同等正八面体」の頂点を凹ませたもので、7がその簡易版である。なお、凹みのあるこの立体には、八面半八面体(octahemioctahedron)という名がついている。6は、正方形の面のつくりかたがトリッキーで、15°の折り目もあって細工が細かいが、きっちり組める。正三角形二面は穴になっている。

 立方八面体というのは、立方体の頂点を切り落とした多面体であると同時に、正八面体の頂点を切り落とした多面体である。頂点を切り落とすことを、幾何学の用語ではtruncate(切頂または切頭)というが、伝統的な切籠(きりこ)灯籠が、この立体になっていて、「切頂」と「切籠」という言葉のニュアンスが重なるのは面白い。じっさい、「切籠」というのは、頂点を切り落としたことに関係する言葉と思われるが、折口信夫の『髯籠の話』(ひげこのはなし)によると、柳亭種彦の随筆『還魂紙料』(すきかえし 1826)に、「切籠」の語源に関する「突拍子な語原説明」もあるという。これは、気になっているのだが、内容を確認できていない。(ちなみに、ふつう「突拍子もない」が慣用表現であるが、考えてみれば、これは、「調子はずれのリズムすらない」という誇張表現であり、戦前は「突拍子な」がふつうだったのだろう)

 さらに、切籠の雑学的知識を。
 『プラトンと五重塔』(宮崎興二著)に、「和算の世界では切籠ということばでふつう多面体全体をさす。同時に立方八面体だけを意味することも多い」とある。宮崎さんがこう述べる主な根拠は、数々の多面体を示した、 会田安明による『算法切籠集』 (1790頃か)によるものと思われるが、そうした用法が広く使われていたのかが気になって、手持ちの資料で、ざっと調べてみた。まず、『和算用語集』(佐藤健一他著)には、「普通、立方体の8つの角を切り取って...」とあった。「普通」の語があるように、この語が示す多面体が立方八面体に限られないのは、たしかなことのようだが、示されていた例は、『竪亥録』(今村知尚 1662)の立方八面体だけであった。立方八面体ではない多面体を切籠と呼ぶ例としては、『算法闕擬抄』(1661?)に、切頂六面体(八角形6、三角形8)を「八角切籠」とするものがあった(『例題で知る日本の数学と算額』(深川英俊著))。とりあえず、見つけることができたのはこの例だけである。もっとも、『算法切籠集』自体も原文を見たことはない。柳亭種彦の『還魂紙料』にどう書かれているのかなども含めて、『切籠」という言葉は、面白いテーマだ。
 いずれにせよ、どこか「モダンな」かたちのようにも思える立方八面体が、本邦に古くからあったのは間違いがない。と、いろいろ書いているうちに思い出した。以前、秩父市にある「秩父まつり会館」でもこの立体を見て、驚いたのだ。神輿の担ぎ棒の先端がこのかたちになっていた(写真中右端)のだが、驚いたのは、それに約450年前のものというキャプションがあったからだ。しかし、『竪亥録』や『算法闕擬抄』の出版年を見れば、あまり矛盾はない。そして、そもそも、わたしは、切籠灯籠がいつからあるのかを知らないのであった。

 切籠という言葉は、籠目のかたちがそうであることから、六角形も連想させる。そして、ここに挙げたモデルで見たとおりに、立方八面体という立体も六角形に深く関わっている。

 折り紙の立方八面体といえば、川村みゆきさんの「チェッカーランタン」(『大人の科学マガジン Vol.29 AKARIおりがみ』)もこのかたちが基本だ。意識したわけではないだろうが、照明つながりで、切籠灯籠の伝統を継いでいる、と言えなくもない。ただし、切籠灯籠は、正方形の面を上にするのだが、「チェッカーランタン」は正三角形の面が上になっている。