菫程小さき人に生まれたし2020/05/30 21:14

◆錐面の接続
「超立体」という商標のマスクは、超立方体(四次元正八胞体)とは関係はなく、ふたつの錐面の接続である。
錐面の接続

◆Funghetto
ドラゴンポテト
コンビニエンスストアで、「ドラゴンポテト」というスナック菓子に遭遇した。「"カリッ"と"サクッ"の3D食感」とのキャッチコピーがあり、「3D食感ってなんぞ」と思ったものの、面白いかたちであることは間違いない。ただ、これは独自のものではなく、フンゲット(イタリア語でキノコの意味)というパスタと同じ曲面である。

Funghetto曲面
この曲面はどうなっているのかと、数式をつかって描いてみた。パスタの形状を幾何学的に解析する『Pasta by Design』(G. L. Legendre)という本があり、欲しいと思いながらまだ入手していないのだが、フンゲットも載っているのかどうか、とても気になっている。

◆渡らないジョウビタキ
オレンジ色が目立つ小鳥がいて、ヤマガラにしては鮮やかだなと思ったが、黒い羽の白いワンポイントなどから、ジョウビタキ(♂)であることがわかった。図鑑によると、夏にはロシア方面に渡る、いわゆる冬鳥のはずなのだが、鳴き声からも間違いなくジョウビタキである。火打石に似る鳴き声からヒタキ(火焚き)と名づけられたという説もあるようだが、バードコールの「キッ」という摩擦音が一番近い。昨年まではこの声を聞いた記憶がなく、なぜ冬鳥が夏にいるのか、帰りそこねた『幸福な王子』の逆バージョンかと心配したのだが、この10年、北に帰らずに留鳥となり繁殖している観察例が多いそうで、研究者や日本野鳥の会も注目しているらしい。
ジョウビタキ

なお、昨日求めた『俗信の辞典 動物編』(鈴木棠三)には、「ヤマガラの少ない年は流行病が多い」云々と書いてあった。しかし、ヤマガラも普通に来ているのであった。まさに俗信である。

◆タンポポの綿毛
タンポポの綿毛
タンポポの綿毛を多面体として見ると、「4価頂点」が目立っているということに気づいた。あらためて考えてみると、花は球状ではないのに、熟してくるときれいに球状になるというのも面白い。花が終わったばかりの綿毛はゆるいドーム状で、段階を追って球状になる。球状になる意味で考えられるのは、風を受ける面積を増やすことや、散布を無方向にするといったことだが、どうなのだろう。上述のように、種の幾何学的な配置も面白いが、これは、りんごの皮むきというか、下図のように、球面状の螺旋のそって等間隔に種が並んでいるように見えなくもない。(追記:この構造は、ヒマワリで有名な螺旋の重なった花序とも類似している。じっさいはそちらの構造なのだろう)
タンポポ種子の配置の推定

◆スミレほど小さき人
タチツボスミレ
スミレを見ると、漱石の句が思い浮かぶ。

菫程小さき人に生まれたし

気難しいおじさんという漱石のイメージゆえか、スミレと言っても、宝塚的、星菫派的なきらきらしたものではなく、幻覚のような奇妙な味がある句だ。英国で妖精の話を見聞きしたことが影響しているのかもと思ったが、渡英の前の句で、コナン・ドイルも騙されたという「コティングリー妖精写真事件」もずっと後年のことであった。

『幻覚の脳科学 - 見てしまう人びと』(オリヴァー・サックス著、大田直子訳)によると、偏頭痛は、小人が見える幻覚を伴うこともあるらしい。偏頭痛持ちのルイス・キャロルが、『不思議の国のアリス』において、身体の拡大縮小を描写したのは、その影響ではないかともいう。ということで、漱石の小人感覚も偏頭痛のためか!と思った。芥川の歯車の幻覚が「閃輝暗点」の典型的な症状であることはよく知られているが、「スミレほど小さき人」は、その漱石版ではないか、と。しかし、漱石の愁訴は胃痛と肩こりと追跡妄想で、書簡等をつらつら見ても、比喩としての頭痛はあってもじっさいの頭痛の描写は見当たらないのであった。

Unfolding the Mystery of √22020/04/20 21:28

4月11日に新型コロナウイルス感染症で亡くなった、天才数学者・ジョン・ホートン・コンウェイさんについては、4月12日の書き込みでも触れたが、彼が、リチャード・K・ガイさんと共に書いた『数の本』(『The Book of Numbers』1996、根上生也訳)という、数学のたのしさを伝える本がある。(なお、なんと、ガイさんも、今年の3月9日に、103歳で亡くなっていた。新型コロナではないけれど)
『数の本』

この本では、√2という数が無理数であることの説明に、折り紙が使われている。
(これを知ったのは、『本格折り紙√2』を書いたあとだったので、同書では触れることができなかったのはすこし残念であった)。

正方形の辺と対角線の比率が、12対17という整数比だとする。これを図の右のように折る。すると、ちいさな直角二等辺三角形が現れる。これの短辺と長辺の比率も同じになるはずだが、そうすると、17/12 = 7/5ということになってしまう。
同様に、別の整数aとbをおいても、異なる整数の比で表せることになって矛盾が生じる。これはつまり、整数比では表せない比率なのである、という話だ。きっちりとした証明にするには、さらなる工夫が必要だが、ほかで見たことがない説明が面白く、折り紙をつかっていることがうれしかった。

ちなみに、根上さんの訳文では「折り紙を使って説明できます」となっているが、残念ながら、原文には「Origami」という単語はなく、直訳すれば、「√2の無理数性は、正方形の折り畳みで示すことができます」という記述であった。いっぽう、図7.3のキャプション「√2の謎を解き明かす」の原文は、「Unfolding the mystery of √2」となっていて、「明らかにする」と「展開する」という意味のあるunfoldingという言葉を使っているのが洒落ている。

また、この直後にでてくる、「整数の平方根が整数にならなければ、それは有理数ではない」、つまり、整数の平方根には整数と無理数しかない、という命題も、わたしには目からウロコだった。

オンライン例会(日本折紙学会)など2020/04/12 21:21

◆オンライン例会(日本折紙学会)
4/18(土) 14:00-17:00、日本折紙学会が「オンライン例会」を企画しました。
そこで講師をします。 日本折紙学会のおしらせ

「双子のライオン堂」という本屋さんが出している、近日(4月27日)刊行の文芸誌『しししし』の3号に、ひょんなことからエッセイを書いた。折り紙とは関係のない文章で、サリンジャーについてである。

◆数学の魔術師去る
Mathematician (数学者)ならぬ、Mathemagician(数学の魔術師)こと、ジョン・ホートン・コンウェイさんが、新型肺炎で亡くなったというニュースがあった。うーん。高齢ではあったけれど。

たとえば、昨年、若き数学者を扱った小説、岩井圭也さんの『永遠についての証明』を読んだときにも、コンウェイさんを連想した。数学者が登場人物になる小説では、才能はギフトでもあるが呪いでもあるというテーマが王道だ。同書には「お前みたいな才能が手に入るんなら、なんだってする」というセリフも出てきて、登場人物の瞭司くんは、そういう「呪い」を受けた人物として描かれる。しかし、作中にムーンシャイン理論がでてきたことからの連想だが、ムーンシャイン予想を考えたコンウェイさんに会っていれば、瞭司くんも、もっと幸せになれたかもしれない、などと、わたしは思ったのだ。天才・コンウェイさんは、深さに触れながら、命がけの緊張の中にいるのではなく、戯れるようにたのしそうで、そのたのしさを広く伝えたいと考えているひとだった。数学好きのイベントで遠くから見たことがあるだけだったけれど、そういうオーラがあった。だいたい、数学の予想の名前がムーンシャイン(月の光、たわ言、密造酒)なのである。ふざけている。そういう、こころを軽くしてくれる天才もどこかにちゃんといるのが、この世界のありがたさなのだが…

◆読書に逃避
このパンデミックの中、人口密集地での通勤がなく、生活圏の半分が僻地で、リモート作業の環境もあるというわたしは、きわめて恵まれている。緊迫感がまだ薄い2ヶ月前に参加した会合でも、異なる集団をつなぐハブになる恐れもあることから、若干浮いているぐらいに用心深い態度を取ったが、そのような振るまいができたこと自体、つまりは、恵まれていたからである、といまになって思う。

読書に逃避できるのも恵まれているからである。しかし、これは習い性となっているので、どうしようもない。たとえば、『ドゥームズデイ・ブック』(コニー・ウィリス著、大森望訳)を25年ぶりに再読した。黒死病が猖獗を極める14世紀のイングランドにタイムトラベルした学生と、彼女を過去に送った21世紀側でも未知のウイルスが広まる、という話だ。EC(EUではない)離脱運動や、わずか1.5Gbの音声レコーダなど、近未来を書くのは難しいとも思ったが、2054年でもトイレットペーパーを心配するのはリアルであった。

「疫病がやってくると聞いた人たちはみんな逃げ出した。それでペストが広がったんだよ」
『ドゥームズデイ・ブック』からコリン少年のせりふ)

ポオの『ペスト王』『赤死病の仮面』、梶井基次郎の『のんきな患者』も読み返した。さらに、手にとってぱらぱらめくったのは、『異星人の郷』(マイケル・フリン)、『ホットゾーン』(リチャード・プレストン)などである。『復活の日』(小松左京)と『ペスト』(カミュ)は、手元になかった。

小鳥など2020/03/20 16:09

◆小鳥
小鳥
お腹がふっくらした小鳥のバリエーションで、尾羽を長くしたものができた。
そのうちに図を描こう。

◆自己相似
フラクタル的スカーフ
一昨年の暮れに亡くなった母の遺品を整理していて、フラクタルぽい模様のスカーフを見つけた。これは面白い。

◆大津絵の瓢箪鯰
大津絵
同じく母の遺品の中に大津絵があって、瓢箪鯰(ひょうたんなまず)の絵が気にいった。文化人類学者アウエハントの『鯰絵』に掲載されている大津絵の瓢箪鯰(写真の下)と比べてみても、こちらのナマズのほうが可愛い。なお、『鯰絵』(岩波文庫)は、訳者の中に小松和彦さんと中沢新一さんがいることに、へぇと思う本でもある。

◆文庫版
瀬名秀明さんの「折り紙小説」『この青い空で君をつつもう』の文庫版が出た。解説は西川誠司さん。わたしにもすこし触れられている。この小説でもナマズが活躍するよ。

◆折り紙小説
2年ぐらい前に出たのに気がついていなかった、折り紙を扱ったライト・ノベル『折紙堂来客帖 折り紙の思ひ出紐解きます』(路生よる)を読んだ。参考資料に『折るこころ』(龍野市立歴史文化資料館、1999)があるのがポイントが高く、折り紙の扱いがきちんとしている。テイストとしては、最近のアニメーション版の『ゲゲゲの鬼太郎』みたいな感じ。

◆新美の巨人たち
3/7(土)テレビ東京『新美の巨人たち』は、吉澤章さん。よくまとまっていた。吉澤さんが、幼少期に、壊されてしまった折り紙の船をつくりなおしたというエピソードは、聞いたことがあったような気もするが、「帆掛け船」より「宝船」のほうがそれらしい気がした。真相は知らないけれど。

◆マスク
感染されるのを恐れるより、感染していると仮定して感染させないように振る舞うとよい、と述べているひとがいて、これには納得した。なんとなく『マタイによる福音書』の「汝の隣人」を連想したが、今回の感染症は無症状感染者が多いということからも、合理的だ。

各国に比べて検査数がきわだって少ないとは言え、日本での感染が爆発的ではないように見えるのはなぜなのかと考えて、(予防効果は薄いとされながらも)マスクの装着率の高さ、掃除好き、挨拶が非接触的、自粛ムードに染まりやすいなど、感染させないようにする行動が、結果的に実践されていることも影響しているかもしれないとも思った。そんなに甘くない気もするけれど。

確認された国内感染者が100人足らずのとき、小イベントに参加するさいの自分の感染確率を計算するために、再生産数(感染者が感染させる数)を多めの2、非顕在を含む感染者も、かなり高めの安全率という感覚で、100倍の1万人と見積もった。現在約1000人とされている国内感染者(回復したひと含む)だが、確認されている亡くなったひとの数、クルーズ船や各国の死亡率、検査件数などから見ると、現状の実数がそのぐらいではないだろうか。

折鶴マスク
写真は折鶴コレクションの秘蔵品。使う機会がくるとは。

◆多面体マニア
最近あった、幾何学好きのひと同士の会話である。(記憶で書いているが、実話である)
A:「コロナウイルスの電子顕微鏡写真、対称性がいまひとつわかりにくいですね」
B:「そうそう。スパイクのでかたがランダムに見えるんです。さっそくユニット折り紙でつくったひとがいて、やるなあと思ったけれど、あれは対称性が高すぎるように思えました」
A:「電子顕微鏡写真に鮮明なものがないためかもしれませんが、なんかよくわからない構造ですね」
B:「風邪のライノウイルスにはきれいなねじれ二十面体のものがあるんですけれどね。コロナウイルスもカプシドは二十面体構造なのでしょうけれど」

ぎゅぎゅう詰めなど2020/02/05 21:32

◆紙の鑑定
紙の鑑定についての話が出てくるミステリを読んだ。

まずは、ずばり『紙鑑定士の事件ファイル 模型の家の殺人』(歌田年)。主人公が紙鑑定士という、きわめて珍しい肩書きで、プロのモデラー(模型製作者)も出てくる。特殊紙という言葉が出てきたりして、紙に興味があるものとして高揚した。「特殊」といえば、紙業界には、特殊ならぬ特種という文字遣いもある。特種東海製紙の社名によるものだ。レザック66は、特種東海製紙製なので特種紙と呼んでもよいが、OKゴールデンリバーは王子エフテックス製なので特種紙とは呼んではいけない、なんて。そんな話は聞いたこともないし、じっさい、それらの紙を、ファンシーペーパーではなく、特種紙と呼ぶことがあるのかは知らない。ちなみにOKは、王子製紙春日井工場の略だというが、昔は、ゴールデンリバーにOKはついていなかった。皮革ふうのエンボスのあるなかで一番薄いので、折り紙に向いた紙である。

そして、アメリカと日本を舞台にする、アクションたっぷりの私立探偵もの『ジャパン・タウン』(バリー・ランセット著、白石朗訳)。こちらには、和紙にも大量生産と手漉きがあって、手漉きなら産地の鑑定ができるのだが、という話がでてきた。日本在住が長い著者で、日本の描きかたに、ジャンジラ市(『ゴジラ』、何語起源だ?)やイノウエ・サトウ(『ロスト・シンボル』、どっちも苗字かい!)のような杜撰さはなく、作者の知識は厚い。しかし、最高級の和紙の簀桁(すけた)を「目の細かな金網を張った木枠」としているのは、校閲が指摘して修正してほしかった。紙漉きに関心がなければ知らないことだろうが、本格的な簀桁は、金網ではなく、きわめて細い竹ひごや萱ひごを絹糸で編んだもので、それ自体が工芸品である。

◆『千羽びらき』
『千羽びらき』(酉島伝法)
図書館で『すばる』のバックナンバー(2017.9)を借りて、酉島伝法さんの『千羽びらき』を読んだ。スピリチュアルな代替医療が日常となっている世界の話で、黒い千羽鶴を反転して白い折鶴に折りなおし、折ったひとにお礼を述べると、大病も癒えるという習俗がでてくる。千羽鶴が善意に満ちたディストピアの象徴として使われることは面白いし、代替医療を声高に糾弾するのではなく、そういう世界として描くことで、ぞわぞわした感じが表現される。しかし、現実世界における「千羽鶴の置き場所に困る」問題のほとんどはデマなんだよなあ、ということは、折鶴の味方、折鶴の追っかけ(!)としては、どこかでまとめておきたい気もする。

◆ジャケ買い
『金四郎の妻ですが2』(神楽坂淳)
表紙に折鶴が描かれていると手が伸びる。『金四郎の妻ですが2』(神楽坂淳)もその伝で、一作目の『金四郎の妻ですが』と合わせて読んだ。遠山金四郎の伝記的事実をうまくつかっていて、期待以上に面白かった。本文中にも折鶴、そして「千代紙で折った狐」がでてくる。江戸後期の狐の折り紙ってどんなものだろう(フィクションなんだけれどね)。

◆誤植
千代紙といえば、先日、調布PARCOの古本市で、『日本の紙芸』(1969)という本を購入した。江戸千代紙の老舗・伊勢辰の主人である広瀬辰五郎さん(三代目)の著作である。内容と関係なく面白いと思ったのは、目次の「折紙」のページ番号だ。「三」の字の天地が逆になっているのだ。活字の植字だったがゆえのミスである。活字には向きを示す溝(ネッキ)もあるのだけれど、対称性が高く見える文字は、間違いをする可能性が高いのかもしれない。
『日本の紙芸』(広瀬辰五郎)

◆空集合
先日、『ハマスホイとデンマーク絵画展』(東京都美術館)を観てきた。表記が、ハンマースホイでもハンマスホイでもなく、ハマスホイで、あれっと思った。アルファベット表記では、Hammershφiである。oに斜め線がはいったこの文字、ギリシア文字のφ(ファイ)で代用したが、正しくは、ノルウェーやデンマークで使われるアルファベットの一文字である。空集合の記号になっている文字だ。空集合の記号を決めたのは、フランスのアンドレ・ヴェイユで、彼はなぜか、その文字をノルウェー語の文字からとった。ノルウェイの天才数学者・アーベルへの敬意だろうか。そう、空集合の記号はファイと呼ばれることが多いが、そのでどころは、北欧の文字で、ファイではないのだ。
ハマスホイ
ハマスホイの名前が空集合の記号を含むのは象徴的だ。誰もいない部屋の絵は、まさに空集合である。仕事机の横に絵葉書を貼った。

◆クランチ
最近、ダークエネルギー(宇宙の膨張を加速している斥力)はないかもしれないという説がニュースになった。であれば、ビッグ・バンの逆のビッグ・クランチはやはりあるのだろうか。…というような、宇宙が縮小するかという話とはべつに、野辺山観測所は縮小中なのであった。立松所長のこの記事が、かなりつっこんで書いている。

◆レンズ雲と暖冬
今日の野辺山はとても風が強く、30m/s近くにもなっていた。立春過ぎの南風なので春一番になるのか。一昨日も風が強く、川上村の上空あたり(?)にきれいなレンズ雲ができていた。レンズ雲の発生には地形の影響が大きいが、これは、北相木と南相木にまたがる御座山(おぐらさん)と川上の盆地地形によるものだろうか。強風は観測条件としては最悪だが、今日はそもそも観測のない「ホワイト・スロット」であった。
レンズ雲

南風ということもあり、野辺山は今日も零度を上回った。この冬、真冬日(全日零下の日)は、たぶん、12/5、12/27、1/4、1/18、1/21、1/31の6日だけである。まだ寒い日はあるだろうが、例年だと40日はあるのできわめてすくない。

レンズ雲では、昨年の12月1日、中央道の初狩PAから富士山上空に見えたそれもみごとだった。
富士山とレンズ雲

◆ぎゅぎゅう詰め
次の『折紙探偵団』に載るユニット折り紙のタイトルを、「犇犇薗部」(ひしひしそのべ)という奇妙なものにした。ぎっしり詰まった薗部ユニット風のモデルという意味である。犇めくという字が牛×3であることから、ぎゅぎゅう詰めという言葉が生まれた、というのは嘘だけれど、汗牛充棟という四字熟語もあって、なんで牛はいつも詰め込まれるのだろうか。草原でのびのびさせてあげればよいのに。西欧ではこういうとき、オイル・サーディンのイメージで、パックド・ライク・サーディンズなどと、鰯を使うみたいだ。そういえば、本邦にはすし詰めという言葉もある。

こよりアート など2019/12/18 20:13

◆こよりアート
先日来の「こよりの犬」に関する調査(?)は、犬の造形に関することはともかく、こよりに関する話がいくつか集まって、まだまだ続いている。共時性めいていたのは、妻が買ってきた『ビッグイシュー』(12/1:372号)に、「表現する人:紙のこよりで、自然のエネルギーのうねりを追う HITOTSUYAMA STUDIO」という、こよりをつかった現代アートの記事が載っていたことだ。かなりリアルな造形である。『ビッグイシュー』はまれにしか求めないので、思いがけないめぐりあいであった。
HITOTSUYAMA STUDIO@『ビッグイシュー』

こよりの調査から派生して、折鶴に関しても興味深い話があったのだが、それはまた別の話。

◆ゲノム・エンジン・オリガミ
テッド・チャン氏の第二短編集『息吹』(大森望訳)の一編『ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル』に、ゲノム・エンジンというシステムソフトウェアがでてくる。プラットフォームの違いでいくつか種類あって、その中にオリガミというものがあった。

「向きづけされた遺伝的アルゴリズムを用いたマイクロカーネル(Oriented GA (Genetic Algorithm)-applied  Microkernel)」の略でOriGAMiという設定はどうだろう、などと考えた。考えすぎとは思うが、テッド・チャンさんならそんなことまで設定しているかもしれない。もうひとつのシステム名・ファベルジェは、ロシアの有名な金細工師の名前らしく、これもセンスがよい。

◆紙と紙飛行機
市川優人さんの第26回鮎川哲也賞作『ジェリーフィッシュは凍らない』に、紙飛行機と紙の話がでてきた。

航空工学とは乱暴に言ってしまえば、『航空機』を開発する学問です。『航空機に使われる素材』を開発する学問ではありません。紙飛行機で喩えれば、より遠くまで飛ぶ紙飛行機の形や折り方、飛ばし方を考えるのが航空工学であって、紙そのものを作るのは彼らの本来の仕事ではないのですよ

この記述は、「紙飛行機」が「折り紙飛行機」を指す場合が多いことの例にもなっている。これは、折り紙の文献調査をするときの注意点である。「紙飛行機」が、紙などを使った模型飛行機で「折り紙飛行機」でない場合もあるからだ。

◆クリスマスツリーのエンブレム
クリスマスツリーのエンブレム
先日、講習会用のシンプルなクリスマスツリーを考えたとき、別の造形のアイデアも漠然と頭の中にあった。それをじっさいのかたちにしてみた。ツリーのシルエットをインサイドアウト技法でエンブレム風にしたものだ。わるくない。

◆ふたつの正八面体
ふたつの正八面体
ふたつの正八面体を、共通する軸にそって90度回転させた状態で貫入させた立体はどうなるか。どこまで貫入させるかは、とりあえず面の中点までとする。明快で、造形としての面白さもあるので、これを折り紙でつくってみようとした。直感的に、すっきりした構造になるように思えたのである。しかし、そうでもなく、面上の「穴」の、直角に見える部分も、120 - atan(√3(√2-1))=84.34...°という値なのであった。とりあえず2枚組でつくってみたが、あまりエレガントな構造にはならなかった。

◆哀悼
若いひとが亡くなるのはつらく、歳を重ねていても大事なひとが亡くなるのは苦しいだろう、という思いで、花代を送り、弔電を打つことが続いた、年の暮になった。

◆「暮」という文字
最近の『数学セミナー』は、劉慈欣さんの『三体』が売れているのに便乗(!)して、最新号で三体問題を特集するなど、なんだか攻めている。一年前の投稿コーナー『数学短歌の時間』も、思えば不思議な企画だった。選歌されなかったが、ブログに載せたところ、気にいってくれたひとがいた歌があった。

Q.E.D.示す墓石の記号には打ち捨てられた思索も眠る■

数学の論文で、Q.E.D.(証明終了)が「■」で示される場合があり、これは「墓石」記号とも呼ばれる。最後の■は、文字化けに見えそうだし、きわめてニッチな歌だ。気にいってくれたひとも数学関係者であった。

そのひとが、すこし前、わたしのブログに書いてあったこの歌の「ぼせき」の「ぼ」が「暮」になっています、と教えてくれた。ハカでなくてクレなのである。えっと思って確認すると、たしかにそうなっていたので修正した。いつも使っているMacBookで「ぼせき」と打つと、「墓石」より前にこの字が出た。初期設定に近い別のMacでもそうなったので、学習によるものではなさそうだ。いくつか辞書を調べたが、こんな言葉は見つからなかった。Apple Japan、日本語の辞書がテキトーだぞ。

関連して辞書をめくっていて、「暮歯」が老年を示すことを知った。使う機会はあまりなさそうな言葉ではあるが、鯨や象の歯にできるという年輪の話が思い浮んだ。

暮と墓の共通部分は「莫」である。否定と果てのなさを意味する字だ。命を失って土になるのが墓、日がないのが暮、水が少なかったり無かったりするのが沙漠である。獏はじつは獣ではなく、募るのは力がないからだろうか、などと考えた。じっさいのところは、莫はたんに音符のようで、模型は木のこともあり、幕は布である。