「ほんとうに人間はいいものかしら」2010/06/06 17:04

『手袋を買いに』
 狐で思い出したことがある。「折り紙」は、切ることを嫌う(?)が、折り紙作家・研究家である小生の妻は「切り絵」をする。それにいくつか原画を提供したのだけれど、それのうちの複数作品で、狐をモチーフとしたのである。たしか、最初に描いたのが、安倍晴明伝説の『信太の狐』で、次が『手袋を買いに』だった。なんとなく、狐シリーズを考え、「狐の嫁入り」も描いたし、つげ義春さんの『ねじ式』や、植田正治さんの写真『子狐登場』に出てくるような、狐の面をつけた少年という絵も試した。後者は、妻の作風にあわないと思いなして、縁日のお面売り場というモチーフに化けたけれど。
 『手袋を買いに』(新実南吉)は、ほのぼのしつつ、深みもあり、映像を喚起させる描写もすばらしい作品だ。同じ新実さんの『ごんぎつね』は可哀想すぎる。
「母ちゃん、人間ってちっとも恐かないや」
「どうして」
「坊、間違えてほんとうのお手々出しちゃったの。でも帽子屋さん、掴まえやしなかったもの。ちゃんとこんないい暖い手袋くれたもの」 と言って手袋のはまった両手をパンパンやって見せました。
お母さん狐は、「まあ!」とあきれましたが、
「ほんとうに人間はいいものかしら。ほんとうに人間はいいものかしら」
とつぶやきました。
 もっとほかのシーンも描いてみたい気がしてきた。この切り絵も、改めて見ると、どういう意図だったか忘れたけれど、前脚のポーズなどを変えたほうがよいかもしれない。

調布の喫茶店2010/06/06 17:45

 NHKの連続テレビ小説『ゲゲゲの女房』に、純喫茶「再会」という、鄙には稀な小じゃれた喫茶店がでてくるが、調布在住15年、調布・府中近辺を散歩し、喫茶店巡りをしている者として、あの店のモデルはあったのか、ということが気になり、調べてみた。結論としては、1960年代初頭には、調布にああした喫茶店はなかったようだ、ということになる。喫茶店という空間は、作劇的に使い出があり、そう無理のない設定なので、けちをつけているわけではない。けちをつけるどころか、『ゲゲゲの女房』は、朝ドラをちゃんと視たことのないわたしが、熱心に視ているのである。ほかにも、そういうひとが多いらしい。わたしの場合、調布在住の水木ファンなので、食指が動いて当然だが、期待以上に「オモチロい」(水木用語)のである。経済の行き詰まったこの世相で、水木さん的、布枝さん的楽観主義が救いになるひとも多いだろう。それは、のちに成功したからというのではなく、「頑張ればよいことがある」というのともちょっと違っていて、生きていること自体のよろこびやおかしみ、いわば、生命力が描かれているからだ。

 さて、調布の喫茶店ということだが、水木さんのアシスタントをしていたことのあるつげ義春さんが、こんなことを書いている。ドラマの設定より数年後のことになる。
そんなある日、同じ町に住む同業の水木しげるさんの家でコーヒーを飲んだ。インスタントでない本物のコーヒーが出されたので、何処で豆を買っているのか訊ねたら、「クロ」という喫茶店からだということだった。クロという店は私はまだ知らなかったので場所を尋ねたら、駅前の商店街だと云う。私はおかしいと思った。駅前の通りは一本しかなく、毎日のように通っているのでよく知っているが、喫茶店は無い筈である。
普通喫茶店は雰囲気を大切にするのにこの店は生活がまる出しであった。入口の正面の位置には障子のはまった四畳半の茶の間があり、卓袱台があるからオバさんはそこで食事をしていたのだろう。土間には下駄や草履が散乱していた。
 私は落着かなかった。あまりの異色さに戸惑い早々に店を出た。いくら古いものが好きとはいえ、ちょっと意外性が強すぎた。けれど、いまどきこんな店はめったにあるものではないから、案外貴重な存在かもしれないとも思えた。あとで分ったことだが、クロという店の名前は薄黒く汚いので、水木さんが勝手にクロと呼んでいたのだった。本当の店名は分らなかった。
(『クロという喫茶店』:『苦節十年記/旅籠の思い出』所収)
 つげさんと『ガロ』の編集者だったライター・高野慎三さんの対談によると、クロは、味噌汁でもでてきそうな店とも言われている。同対談によると、調布で最初の本格的な喫茶店は、これもいまはもうないけれど、60年代半ば、調布銀座のパチンコ屋の二階にできた「京王」という店らしい。(『つげ義春を旅する』(高野慎三著)) 
 電通大が調布に越してきて数年経ち、学生街的要素もでてきた頃のはずなのに、40数年前の調布は、そんなだったらしい。ちなみに、この調布銀座(ゆうゆうロード)が、ドラマの「すずらん商店街」のモデルだろう。ここは、いまでも昭和の風情を残しているが、先日、60年営業していた化粧品店が店じまいという張り紙を出していて、時代の流れを感じた。

 調布は近代化し、駅前にPARCOまであるが、歩いてみれば、まだ古いところも残っていて、散歩者にとっては、散歩のしがいがある町だ。深大寺などの観光地もよいが、変哲のない路地や住宅街もよい。路地の曲がり具合など当時のままだ。自治会の掲示板に貼られた『ゲゲゲの女房』のポスターも、どこか、古い映画のポスターのようだった。

散歩の日々2010/06/20 10:12

 ブログの更新が止まっているが、更新をたのしみにしているひともいるらしい。
 書いてみると、誰が興味あるのかわからない話題が多い。これらの話題に一番興味のあるのは、わたし自身であるのは言うまでもないが、じっさい、ほかにどんなひとが読むのか、ほんとうにわからない。
 ネットの情報というのは、いわゆるスタージョンの法則(「SFの9割はゴミだが、どんなものでも9割はゴミである」)のゴミ比率をさらに上げたものかもしれない。しかし、情報のノイズなるものは、それ自体が文化なのかもしれないと、思うこともなくもない。

大阪のイヌクシュク
5/3 大阪のイヌクシュク
 折紙探偵団関西コンベンションへの参加のため阪神地方に行っていたついでに、京阪電鉄中之島線の渡辺橋駅にあるイヌクシュク記念碑を見てきた。イヌイットの民俗的造形物・イヌクシュクは、言ってみれば、道祖神みたいなものなので、駅という「辻」にあるのは、理にかなっているかもしれない。銘板の説明によると、中之島線の駅にカナダの木材が使われている縁で、このようなものがあるとのことだった。

5/29 多面体フォーラム
 多面体フォーラムに出席した。「多面体者」は、建築関係者が多い。建築というのは、科学・工学とアートの境界領域ということなのだろう。
 溶接した金属の多面体の中に高圧で水を注入して球体に加工する技術(会社の名前などメモし忘れた)が、TVで紹介されたという話題があり、映像も視たが、これは面白かった。後日「折り紙の科学・数学・教育研究集会」でこの話題が再度でたさい、海洋技術安全研究所の渡辺さんから「逆」の話も聞いた。金属の球体構造物が、高深度で多面体状に座屈するということである。

丸石神のような妖怪アカマタ
6/X 『鬼太郎』の中の丸石神
 TVの『ゲゲゲの女房』がオモチロクて、最近、水木さんやつげさんのマンガ、エッセイを読み返すことが多い。…で、『ゲゲゲの鬼太郎』の『妖怪軍団』に、丸石神のような絵を発見した。じつは石ではなく、妖怪アカマタがダンゴ状になったものである。水木さんと交流があったらしい評論家・石子順造さん(わたしの丸石神熱のルーツでもある)が丸石神に熱中していた頃と、執筆時期がだいたい一致するので、水木さんの作画資料に丸石神の写真が使われた可能性がなくもない。

 『ゲゲゲの女房』では、ドラマの最後に調布の写真がでてくるが、深大寺、多摩川、野川が多い。一般に募集しているらしいのだが、調布の散歩者として、富士見町の八幡神社や光岳寺、調布銀座、武蔵野の森公園に遺る戦闘機の掩体壕、味の素スタジアム前の東京オリンピック・マラソン折り返し記念碑、旧調布飛行場門柱などが出てきてほしい、ともらすと、妻に「あなたが投稿すればいいじゃない」と言われた。
 天文台通りと国道20号の交差点の歩道にある道生塚(ごくふつうの歩道の真ん中に墓石のようなものがある妙な風景)も「私的調布八景」にはいるのだけれど、さずがに朝ドラの写真にはならないだろう。

 水木プロのげげげ通信の近況・平成16年度(前半) 8/5の「折り紙の妖怪」の写真に体だけ写っているのがわたしであることに気づいた。手前の河童が山田勝久さんの「水木しげる賞」作品である。

キティちゃんの切手
6/6 キティちゃんと折鶴の切手
 出版社気付でもらった、小学2年生の女の子からファンレターの返事に、キティちゃんと折鶴がデザインされた切手を貼った。こんな切手がでていることを知らなかったが、妻が買っていてくれたものである。

6/13 第8回折り紙の科学・数学・教育研究集会
 折り紙の科学・数学・教育研究集会で世話人をつとめた。新しい顔もあって、こうした会を続けることの重要さをしみじみ思う。折紙者と多面体者との交流がふえてくることを期待している。
 帰りに神保町に寄って、喫茶「ミロンガ」に何年かぶりにはいった。神保町の喫茶店は、これぞ喫茶店という感じがする店が多い。「ラドリオ」、「さぼうる」、「古瀬戸」、「壱眞」...。

折紙電波望遠鏡2010型
6/16 国立天文台野辺山の夏の特別公開
 観測所の特別公開(8/21)で、折り紙教室をやることがほぼ決まった。「折りやすく、45m電波望遠鏡ぽい」作品を考えて、けっこうよいものができた。

仕切りのある升2010/06/20 10:22

『折紙探偵団』120号に書いた『折り工程の話』で、『仕切りのある升』という作品を桃谷好英さんの作品と紹介したが、これは、桃谷好英さん・日本折紙協会大阪支部著の『趣味の折り紙』(1981、ナツメ社)に掲載されたもので、同著に「作・田中具子」とあるのを見落としていた。(T氏からすこし前に指摘)。なお、同じアイデアの作品は、木下一郎さんも独自に考案されているらしい。

潮鶴橋2010/06/27 12:51

潮鶴橋
以前、鶴見川の橋巡りをしたさいに撮った、潮鶴橋(横浜市鶴見区)の欄干の写真である。折鶴の意匠の探索をしていたのだが、これは「折鶴」とは言えない。あらためてみると、これは「ジュディ・オング」だ。