オンライン例会(日本折紙学会)など2020/04/12 21:21

◆オンライン例会(日本折紙学会)
4/18(土) 14:00-17:00、日本折紙学会が「オンライン例会」を企画しました。
そこで講師をします。 日本折紙学会のおしらせ

「双子のライオン堂」という本屋さんが出している、近日(4月27日)刊行の文芸誌『しししし』の3号に、ひょんなことからエッセイを書いた。折り紙とは関係のない文章で、サリンジャーについてである。

◆数学の魔術師去る
Mathematician (数学者)ならぬ、Mathemagician(数学の魔術師)こと、ジョン・ホートン・コンウェイさんが、新型肺炎で亡くなったというニュースがあった。うーん。高齢ではあったけれど。

たとえば、昨年、若き数学者を扱った小説、岩井圭也さんの『永遠についての証明』を読んだときにも、コンウェイさんを連想した。数学者が登場人物になる小説では、才能はギフトでもあるが呪いでもあるというテーマが王道だ。同書には「お前みたいな才能が手に入るんなら、なんだってする」というセリフも出てきて、登場人物の瞭司くんは、そういう「呪い」を受けた人物として描かれる。しかし、作中にムーンシャイン理論がでてきたことからの連想だが、ムーンシャイン予想を考えたコンウェイさんに会っていれば、瞭司くんも、もっと幸せになれたかもしれない、などと、わたしは思ったのだ。天才・コンウェイさんは、深さに触れながら、命がけの緊張の中にいるのではなく、戯れるようにたのしそうで、そのたのしさを広く伝えたいと考えているひとだった。数学好きのイベントで遠くから見たことがあるだけだったけれど、そういうオーラがあった。だいたい、数学の予想の名前がムーンシャイン(月の光、たわ言、密造酒)なのである。ふざけている。そういう、こころを軽くしてくれる天才もどこかにちゃんといるのが、この世界のありがたさなのだが…

◆読書に逃避
このパンデミックの中、人口密集地での通勤がなく、生活圏の半分が僻地で、リモート作業の環境もあるというわたしは、きわめて恵まれている。緊迫感がまだ薄い2ヶ月前に参加した会合でも、異なる集団をつなぐハブになる恐れもあることから、若干浮いているぐらいに用心深い態度を取ったが、そのような振るまいができたこと自体、つまりは、恵まれていたからである、といまになって思う。

読書に逃避できるのも恵まれているからである。しかし、これは習い性となっているので、どうしようもない。たとえば、『ドゥームズデイ・ブック』(コニー・ウィリス著、大森望訳)を25年ぶりに再読した。黒死病が猖獗を極める14世紀のイングランドにタイムトラベルした学生と、彼女を過去に送った21世紀側でも未知のウイルスが広まる、という話だ。EC(EUではない)離脱運動や、わずか1.5Gbの音声レコーダなど、近未来を書くのは難しいとも思ったが、2054年でもトイレットペーパーを心配するのはリアルであった。

「疫病がやってくると聞いた人たちはみんな逃げ出した。それでペストが広がったんだよ」
『ドゥームズデイ・ブック』からコリン少年のせりふ)

ポオの『ペスト王』『赤死病の仮面』、梶井基次郎の『のんきな患者』も読み返した。さらに、手にとってぱらぱらめくったのは、『異星人の郷』(マイケル・フリン)、『ホットゾーン』(リチャード・プレストン)などである。『復活の日』(小松左京)と『ペスト』(カミュ)は、手元になかった。

あやめなど2020/04/08 22:35

◆ユニット折り紙でもソーシャル・ディスタンス
Social distance of modular origami
『折紙探偵団』の最新号に載ったユニット折り紙作品は「犇犇薗部」(ひしひしそのべ:Jam-packed Sonobe)というものだが、時節柄、ひしめいていてはまずいので、ソーシャル・ディスタンスを取らせてみた。ついでに、悪魔を封印した(『折紙探偵団』56号表紙、1999)の写真もおいて、病魔退散を祈念することにしよう。
『折り紙探偵団』56号

◆あやめ
ステイ・アット・ホームのみなさまに図を提供します。正方形から三弁の花を折るトリッキーなところが気にいっている作品です。入手可能な書籍には載っていないものです。
あやめ1

あやめ2


あやめ3

あやめ4

小鳥など2020/03/20 16:09

◆小鳥
小鳥
お腹がふっくらした小鳥のバリエーションで、尾羽を長くしたものができた。
そのうちに図を描こう。

◆自己相似
フラクタル的スカーフ
一昨年の暮れに亡くなった母の遺品を整理していて、フラクタルぽい模様のスカーフを見つけた。これは面白い。

◆大津絵の瓢箪鯰
大津絵
同じく母の遺品の中に大津絵があって、瓢箪鯰(ひょうたんなまず)の絵が気にいった。文化人類学者アウエハントの『鯰絵』に掲載されている大津絵の瓢箪鯰(写真の下)と比べてみても、こちらのナマズのほうが可愛い。なお、『鯰絵』(岩波文庫)は、訳者の中に小松和彦さんと中沢新一さんがいることに、へぇと思う本でもある。

◆文庫版
瀬名秀明さんの「折り紙小説」『この青い空で君をつつもう』の文庫版が出た。解説は西川誠司さん。わたしにもすこし触れられている。この小説でもナマズが活躍するよ。

◆折り紙小説
2年ぐらい前に出たのに気がついていなかった、折り紙を扱ったライト・ノベル『折紙堂来客帖 折り紙の思ひ出紐解きます』(路生よる)を読んだ。参考資料に『折るこころ』(龍野市立歴史文化資料館、1999)があるのがポイントが高く、折り紙の扱いがきちんとしている。テイストとしては、最近のアニメーション版の『ゲゲゲの鬼太郎』みたいな感じ。

◆新美の巨人たち
3/7(土)テレビ東京『新美の巨人たち』は、吉澤章さん。よくまとまっていた。吉澤さんが、幼少期に、壊されてしまった折り紙の船をつくりなおしたというエピソードは、聞いたことがあったような気もするが、「帆掛け船」より「宝船」のほうがそれらしい気がした。真相は知らないけれど。

◆マスク
感染されるのを恐れるより、感染していると仮定して感染させないように振る舞うとよい、と述べているひとがいて、これには納得した。なんとなく『マタイによる福音書』の「汝の隣人」を連想したが、今回の感染症は無症状感染者が多いということからも、合理的だ。

各国に比べて検査数がきわだって少ないとは言え、日本での感染が爆発的ではないように見えるのはなぜなのかと考えて、(予防効果は薄いとされながらも)マスクの装着率の高さ、掃除好き、挨拶が非接触的、自粛ムードに染まりやすいなど、感染させないようにする行動が、結果的に実践されていることも影響しているかもしれないとも思った。そんなに甘くない気もするけれど。

確認された国内感染者が100人足らずのとき、小イベントに参加するさいの自分の感染確率を計算するために、再生産数(感染者が感染させる数)を多めの2、非顕在を含む感染者も、かなり高めの安全率という感覚で、100倍の1万人と見積もった。現在約1000人とされている国内感染者(回復したひと含む)だが、確認されている亡くなったひとの数、クルーズ船や各国の死亡率、検査件数などから見ると、現状の実数がそのぐらいではないだろうか。

折鶴マスク
写真は折鶴コレクションの秘蔵品。使う機会がくるとは。

◆多面体マニア
最近あった、幾何学好きのひと同士の会話である。(記憶で書いているが、実話である)
A:「コロナウイルスの電子顕微鏡写真、対称性がいまひとつわかりにくいですね」
B:「そうそう。スパイクのでかたがランダムに見えるんです。さっそくユニット折り紙でつくったひとがいて、やるなあと思ったけれど、あれは対称性が高すぎるように思えました」
A:「電子顕微鏡写真に鮮明なものがないためかもしれませんが、なんかよくわからない構造ですね」
B:「風邪のライノウイルスにはきれいなねじれ二十面体のものがあるんですけれどね。コロナウイルスもカプシドは二十面体構造なのでしょうけれど」

休校お見舞いなど2020/03/03 21:33

先週は、応用物理学会、折紙探偵団関西コンベンション、天文学会と、中止の報せが次々に届いた。児童館職員だった妻は、児童館や学童保育の現場の大変さを心配している。

休校お見舞い(?)で、書籍には載っていない作品の図を以下に置いたので、どうぞ。
小さい本

中央政府からの「自粛」要請前、50人規模のパズる会なるものに参加した。感染者がひとりでもいる確率をフェルミ推定(大雑把な見積もり)し、他のリスクと比較し、その後の予定も含めてリスクは充分低いということを確認した上で参加した。直後に予定されていた子供相手の折り紙教室が中止になったのには正直ほっとしたが、主催者は最大限の対応をしていて、会そのものは楽しんだ。講演では主につなぎ折鶴(連鶴)の話をして、松雪利昭さん考案のつなぎ折鶴に関するパズルも紹介した。簡単な問題ではないのだが、5分ぐらいで解いたひとがいて驚いていたら、世界パズル選手権優勝者でもある有松太郎さんなので、納得であった。

などと書くと、平和だった日々という感じさえしてくるが、日常は続く。

先週は、作家の古井由吉氏逝去の報もあった。古井さんのよい読者ではないが、最後の作であろう『この道』は読んだ。昨年3月某日のメモに、以下の記述があった。
- 『この道』(古井由吉)を読みおわる。教養のある老人の繰り言を聞いている感じで落ち着く。どんなときでも読書にすがっているわたしである。-

そして、日常は続く。確定申告も終了した。吾妻ひでおさんのマンガで、妄想にひたっている吾妻さんが「確定申告です」のひとことで現実に引き戻されるシーンがあったように記憶するのだが、詳しくは思い出せない。

ぎゅぎゅう詰めなど2020/02/05 21:32

◆紙の鑑定
紙の鑑定についての話が出てくるミステリを読んだ。

まずは、ずばり『紙鑑定士の事件ファイル 模型の家の殺人』(歌田年)。主人公が紙鑑定士という、きわめて珍しい肩書きで、プロのモデラー(模型製作者)も出てくる。特殊紙という言葉が出てきたりして、紙に興味があるものとして高揚した。「特殊」といえば、紙業界には、特殊ならぬ特種という文字遣いもある。特種東海製紙の社名によるものだ。レザック66は、特種東海製紙製なので特種紙と呼んでもよいが、OKゴールデンリバーは王子エフテックス製なので特種紙とは呼んではいけない、なんて。そんな話は聞いたこともないし、じっさい、それらの紙を、ファンシーペーパーではなく、特種紙と呼ぶことがあるのかは知らない。ちなみにOKは、王子製紙春日井工場の略だというが、昔は、ゴールデンリバーにOKはついていなかった。皮革ふうのエンボスのあるなかで一番薄いので、折り紙に向いた紙である。

そして、アメリカと日本を舞台にする、アクションたっぷりの私立探偵もの『ジャパン・タウン』(バリー・ランセット著、白石朗訳)。こちらには、和紙にも大量生産と手漉きがあって、手漉きなら産地の鑑定ができるのだが、という話がでてきた。日本在住が長い著者で、日本の描きかたに、ジャンジラ市(『ゴジラ』、何語起源だ?)やイノウエ・サトウ(『ロスト・シンボル』、どっちも苗字かい!)のような杜撰さはなく、作者の知識は厚い。しかし、最高級の和紙の簀桁(すけた)を「目の細かな金網を張った木枠」としているのは、校閲が指摘して修正してほしかった。紙漉きに関心がなければ知らないことだろうが、本格的な簀桁は、金網ではなく、きわめて細い竹ひごや萱ひごを絹糸で編んだもので、それ自体が工芸品である。

◆『千羽びらき』
『千羽びらき』(酉島伝法)
図書館で『すばる』のバックナンバー(2017.9)を借りて、酉島伝法さんの『千羽びらき』を読んだ。スピリチュアルな代替医療が日常となっている世界の話で、黒い千羽鶴を反転して白い折鶴に折りなおし、折ったひとにお礼を述べると、大病も癒えるという習俗がでてくる。千羽鶴が善意に満ちたディストピアの象徴として使われることは面白いし、代替医療を声高に糾弾するのではなく、そういう世界として描くことで、ぞわぞわした感じが表現される。しかし、現実世界における「千羽鶴の置き場所に困る」問題のほとんどはデマなんだよなあ、ということは、折鶴の味方、折鶴の追っかけ(!)としては、どこかでまとめておきたい気もする。

◆ジャケ買い
『金四郎の妻ですが2』(神楽坂淳)
表紙に折鶴が描かれていると手が伸びる。『金四郎の妻ですが2』(神楽坂淳)もその伝で、一作目の『金四郎の妻ですが』と合わせて読んだ。遠山金四郎の伝記的事実をうまくつかっていて、期待以上に面白かった。本文中にも折鶴、そして「千代紙で折った狐」がでてくる。江戸後期の狐の折り紙ってどんなものだろう(フィクションなんだけれどね)。

◆誤植
千代紙といえば、先日、調布PARCOの古本市で、『日本の紙芸』(1969)という本を購入した。江戸千代紙の老舗・伊勢辰の主人である広瀬辰五郎さん(三代目)の著作である。内容と関係なく面白いと思ったのは、目次の「折紙」のページ番号だ。「三」の字の天地が逆になっているのだ。活字の植字だったがゆえのミスである。活字には向きを示す溝(ネッキ)もあるのだけれど、対称性が高く見える文字は、間違いをする可能性が高いのかもしれない。
『日本の紙芸』(広瀬辰五郎)

◆空集合
先日、『ハマスホイとデンマーク絵画展』(東京都美術館)を観てきた。表記が、ハンマースホイでもハンマスホイでもなく、ハマスホイで、あれっと思った。アルファベット表記では、Hammershφiである。oに斜め線がはいったこの文字、ギリシア文字のφ(ファイ)で代用したが、正しくは、ノルウェーやデンマークで使われるアルファベットの一文字である。空集合の記号になっている文字だ。空集合の記号を決めたのは、フランスのアンドレ・ヴェイユで、彼はなぜか、その文字をノルウェー語の文字からとった。ノルウェイの天才数学者・アーベルへの敬意だろうか。そう、空集合の記号はファイと呼ばれることが多いが、そのでどころは、北欧の文字で、ファイではないのだ。
ハマスホイ
ハマスホイの名前が空集合の記号を含むのは象徴的だ。誰もいない部屋の絵は、まさに空集合である。仕事机の横に絵葉書を貼った。

◆クランチ
最近、ダークエネルギー(宇宙の膨張を加速している斥力)はないかもしれないという説がニュースになった。であれば、ビッグ・バンの逆のビッグ・クランチはやはりあるのだろうか。…というような、宇宙が縮小するかという話とはべつに、野辺山観測所は縮小中なのであった。立松所長のこの記事が、かなりつっこんで書いている。

◆レンズ雲と暖冬
今日の野辺山はとても風が強く、30m/s近くにもなっていた。立春過ぎの南風なので春一番になるのか。一昨日も風が強く、川上村の上空あたり(?)にきれいなレンズ雲ができていた。レンズ雲の発生には地形の影響が大きいが、これは、北相木と南相木にまたがる御座山(おぐらさん)と川上の盆地地形によるものだろうか。強風は観測条件としては最悪だが、今日はそもそも観測のない「ホワイト・スロット」であった。
レンズ雲

南風ということもあり、野辺山は今日も零度を上回った。この冬、真冬日(全日零下の日)は、たぶん、12/5、12/27、1/4、1/18、1/21、1/31の6日だけである。まだ寒い日はあるだろうが、例年だと40日はあるのできわめてすくない。

レンズ雲では、昨年の12月1日、中央道の初狩PAから富士山上空に見えたそれもみごとだった。
富士山とレンズ雲

◆ぎゅぎゅう詰め
次の『折紙探偵団』に載るユニット折り紙のタイトルを、「犇犇薗部」(ひしひしそのべ)という奇妙なものにした。ぎっしり詰まった薗部ユニット風のモデルという意味である。犇めくという字が牛×3であることから、ぎゅぎゅう詰めという言葉が生まれた、というのは嘘だけれど、汗牛充棟という四字熟語もあって、なんで牛はいつも詰め込まれるのだろうか。草原でのびのびさせてあげればよいのに。西欧ではこういうとき、オイル・サーディンのイメージで、パックド・ライク・サーディンズなどと、鰯を使うみたいだ。そういえば、本邦にはすし詰めという言葉もある。

『The Arrival』(Shaun Tan)など2020/01/11 21:56

昨年の夏、東京のちひろ美術館で開催された「ショーン・タンの世界展」。観ることができなかったが、妻が買ってきた図録をたのしんだ。同展は全国を巡回中で、秋の京都に続き、いまは、宮城県石巻市の石ノ森萬画館で展示中である。

このタンさんのグラフィックノベル『The Arrival』(2006)で、折り紙が重要な役割を持っているということを、最近知った。グラフィックノベルというのは、文字のまったくない物語という意味でつけられた呼び名である。
『The Arrival』(Shaun Tan)
今日、原著版を買ってきた。写真は、すりきれた本のように見えるがそういう絵なのである。

下は、折り紙が描かれたシーンから抜粋したものだ。
『The Arrival』(Shaun Tan)から

これは、家族を養うために、国を出たひとりの男の物語である。そして、彼の特技が折り紙なのだ。タンさんの筆は写実的なのだが、画面のそこここに奇妙な生物も登場することで、独特な世界がつくられている。その奇妙な生物のひとつが、表紙にも描かれたクリーチャーだ。『ウルトラマン』の「ガヴァドン」の第一形態に細い脚が生えたみたいな可愛らしいやつである。

そいつは、作中で折り紙作品にもなっていて、その絵も描かれている。凝った造形ではなく、「折り紙らしい」造作である。これを、じっさいに折ってみた。伝承のカエルのつくりに似ていて、それでもかたちになったが、ざぶとん折りしたカエルの基本形を用いて、尾や後脚を長くするなど、若干の技巧的な工夫を加えてみた。
『The Arrival』のかわいいやつ

◆折り紙的読書
正月休みはいつも以上に本を読んだ。そのいくつかが折り紙に関係している。

似鳥鶏さんの楓ヶ丘動物園シリーズの最新作『七丁目まで空が象色』でも、アイドル飼育員・七森嬢の折紙者ぶりが健在だった。今回の彼女はまったく別の活躍も。

ほしおさなえさんの活版印刷三日月堂シリーズ最新作が、『活版印刷三日月堂 小さな折り紙』という題なのであった。保育園で折り紙を折っていた幼児が突然泣き出す。その理由は?という話である。わたしは、このシリーズは読んでいないのだが、妻が読んでいて、とりあえずこの話だけ読んだのであった。

故・吉村達也さんの文庫新刊『悪魔の手紙』の表紙絵に折鶴がでていたのでジャケ買いした。30年近く前の作で、やや時代も感じたが、トリック解明のヒントに加藤一二三さんの名前がでてきて、氏は時代を超えているな、とも。

鯨統一郎さんの『文豪たちの怪しい宴 』もジャケ買いした。これは表紙のおじさん(挿画:浮雲宇一氏)がわたしにそっくりだったからである。このおじさん(曽根原氏)、作中ではピエロ扱いなんだけれどね。『雲』(エリック・マコーマック著、柴田元幸訳)に挟まっていた新刊案内チラシを妻に見せたら、「あら、そっくり」となったのである。

その『雲』は不思議な小説であった。以下の文は、テッド・チャンさん的だ。

ひょっとしたら、一見ごく取るに足らない要素 — 聞き間違えた一言、誤った想定、無理もない計算間違い — こそ実は、物事の連鎖における何より強力な環なのかもしれないのだ。

『雲』の表紙は、本から外に雲が飛び出す浅野信二さんのトロンプルイユ(だまし絵)である。浅野真一さんという画家を知っているので、一瞬えっと思った。落ちついて見れば作風も違うが、浅野真一さんの絵も、ミニマリスム的な小説や歌集・句集の装幀に合いそうな気がした。

◆新宿某デパート
新宿某デパートのディスプレイで、わたしの作品(ねずみ)に遭遇した。写真はそのうちのひとつである。尾をすこし上にあげすぎかな。商用での使用は、出版社経由で連絡してね。
新宿某デパート