話題の落ち穂拾い - 半年間の写真から2018/06/30 09:20

今年も半分終わりだ。諸々のことが滞り気味だが、なんとかかんとか...という感じである。
一月末に父が他界してからも、五ヶ月以上が過ぎた。日々は過ぎていく。

知り合いの某氏のように、月に何百葉も写真を撮ったりはしないが、それでも、この間に百枚ほど撮った。何点か紹介したい。

◆1月某日:昭和はじめの七夕(?)の写真
昭和はじめの七夕(?)
父の遺品から複写したものである。左から二番目が父だ。祖父が笹竹を持っているので、たぶん七夕祭りなのだろう。祭りのための正装か、子供達が白丁と立烏帽子で、祖父も着物なので、みごとなセピア色と相まって、幕末の古写真ですと言っても通じそうだ。笹竹にさげられたものをよく見ると、みな熨斗がついていて、短冊というよりポチ袋の類かもしれない。1930年代の長崎県佐世保の七夕は、いったいどういうイベントだったのだろう。父に聞いておけばよかった。

◆1月某日:供物の砂糖
供物の砂糖
葬式の供物の砂糖が、一、三、五、七になっていた。葬式では、いろいろなものの数を奇数にすることになっているらしいが、陰陽道的には、奇数は陽数でおめでたい数として扱われるはずである。葬式における奇数尊重は、いつごろからの習俗で、どのように定着してきたことなのだろうか。

◆2月某日:カラスは黒い
札幌のカラス
札幌でもカラスは白くなかった。インダストリアル・メラニズム(工業黒化)的な「スノーフィールド・アルビニズム」(?)が観察されなかったことを示す写真である。

イギリスの工業地帯周辺の蛾が黒くなったインダストリアル・メラニズムに関しては、昔、生物学の講義で、「煤煙そのものによって環境が黒くなったと思っているひとが多いが、大気汚染で樹皮上の地衣類などが減少して樹肌が黒くなって、黒い個体が鳥に捕食されにくくなったという説だから、勘違いしないように」と聞いて、「そりゃそうだ、環境が真っ黒くなるほど汚染していたら、蛾でも鳥でもひとでも生存が難しい」と納得した。地衣類は、大気汚染に敏感で、環境指標生物とも言われるらしい。

◆2月某日:ダ・ヴィンチのパラシュート
紙飛行機(新千歳空港)
ダ・ヴィンチのパラシュート(新千歳空港)
新千歳空港に、折り紙飛行機、航空機のミニチュア、ダ・ヴィンチのパラシュート(とヘリコプター)の模型などの展示があった。ダ・ヴィンチのパラシュートの二等辺三角形の頂角が50度ぐらいなのが気になった。前にそのスケッチを見たとき、なんとなく正三角形のように思っていたのだ。

すこし調べてみると、ダ・ヴィンチ自身は、「1辺が12ブラッチャで、高さもそれと同じ大きさの布製テント」と書いている(ブラッチャは長さの単位)ので、これにしたがったのだろう。辺と高さが同じなら、二等辺三角形の頂角は、2*arctan(1/√5)で、48.18...度である。

ダ・ヴィンチの記述も大雑把であり、やはり正三角形のほうがよいのではないかとも思う。この構造で、浮力(?)がどう働くのかはよくわからないが、なんとなく関係ありそうな、正四角錐の底面を除く面積と、全体の体積を考えてみた。すると、側面の面積一定で体積最大となるのは、側面が正三角形になるときであった。やや変な式になったのは意外だったが、答えが単純になる面白い練習問題だった。

◆3月某日:塙町のダリアの折り紙
塙町のダリアの折り紙
福島県立塙工業高等学校の生徒さんがつくったパネルの写真を、塙町役場の「まち振興課」のかたが送ってきてくれた。この作品の図は、ここで公開されている。パーツが単純なので、みんなでつくるのに向いている。

◆3月某日:高槻城址の鷺
高槻城址の鷺
地震発生時、空中に逃げることができる鳥は最強だよなあ、と思うことがある。

◆4月某日:土竜
もぐら塚
連続したモグラ塚を見ると、モグラの漢字表記が「土竜」である理由がよくわかる。ところで、地震発生時、モグラはその異変にどのぐらい恐怖するのだろうか。案外平気なのだろうか。

◆4月某日:ミステリーサークル
牧草地に現れたミステリーサークルである。種明かしをすると、ロールベールラップサイロ(円柱に梱包した牧草)が置いてあった跡だ。

◆4月某日:シャンシャン
シャンシャンのぬいぐるみ
折り紙の兜(『本格折り紙√2』のもの)をかぶったシャンシャン(生後すぐ。別名ピンクピン太郎)のぬいぐるみである。じっさいより丸っこくつくられているが、重さは本物と同じらしい。「いまのうちに見ないと赤ちゃんじゃなくなってしまう」と、妻はもう2度もシャンシャンを見にいった。

◆4月某日:2+2=4
2+2=4
東京外国語大学のキャンパスで見つけた数式のいたずら書きである。

数式が単純すぎるので、ところかまわず数式を書く奇癖を持つ、ガリレオ先生こと、帝都大学の湯川学准教授によるものではないだろう。そもそも、外大にはいわゆる理系の研究室はなく、キャンパス内でその方面の学会が開かれることもないので、彼が来ることもないであろう。

関係している可能性が高いのは、ジョージ・オーウェルの『1984』である。同書では、「党は、2と2で5となると告げる。君はそれを信じなければならない」という「2+2=5」のスローガンが示される。また、欧米では、疑いようのないことを「1+1=2」より「2+2=4」と示すことが多いようでもある。

つまり、こういうことだ。じつは、本邦はすでに「ビッグ・ブラザー」に支配されている。いっぽう、外大には留学生も多いので、外の世界を知るレジスタンスが多数潜伏している。彼らのひとりが書いた真実の叫びがこの数式なのだ。←最近の世相では、どうも冗談に聞こえない。

◆6月某日:ひとつ蛍
ひとつ蛍
今年も、北杜市長坂のビオトープ的な公園で蛍を見た。何年か前、自宅山荘でも1回だけ、ふらりと飛んで網戸にとまった一匹の蛍を見たことがある。棲息地ではない(たぶん標高が高すぎる)ので、だれかが採ってきたものが逃げたか、強風で飛ばされて離れ蛍になったのだろう。「蛍だ。珍しい。... 誰か亡くなったのかも」と妻にしらせたほぼそのとき、なんと、妻の友人が病気で幽明の境にあったことが、後日わかった。文字通り(?)の「虫の知らせ」的な話で、非科学的といえばそうなのだが、記憶や感情、詩情には、そういう部分もある。ちなみに、そのひとは回復した。

彼岸(かのきし)に何をもとむるよひ闇の最上川のうへのひとつ蛍は 斎藤茂吉