『相関的秩序L.C.M.』など2015/01/04 10:22

1月2日、東京国立近代美術館で開催中の「高松次郎ミステリーズ」展を観てきた。写真は、同展の「影ラボ」で撮った写真である。氏の全体像を伝える展示を観て、あらためて、その理詰めな作風が好きになった。
影ラボ

この日の東京国立近代美術館は、所蔵作品展を無料で観覧できる特別な日で、これがまたよかった。教科書に載っているような有名作品もあったが、北脇昇画伯(1901-1951)の名前を知ったことが収穫だった。寡聞にして知らなかったのである。シュルレアリスムの画家として知られるひとだということだが、シュルレアリスムとは異なる、油彩の抽象画・『相関的秩序L.C.M.』(1939)に一番惹かれた。L.C.M.というのは、「the  least common multiple」(最小公倍数)のことらしい。

『相関的秩序L.C.M.』(北脇昇)模写
上の図は、それを模写したものである。文化庁の「文化遺産オンライン」というサイトでも見ることができる。

クレーやマレーヴィチ、モンドリアン、アルバースの絵よりも、もっと幾何的で、堀内正和さんの彫刻、さらに言えば、和算の問題に付された図や折り紙の展開図のようである。

この絵は、2方向の60度らしき格子から構成されていて、それが全体として正方形になり、さらにそこに黄色い正方形が内接している、というものである。

ここで、当然の疑問が生じる。60度の格子点は、縦横で正方形にはなりえない、ということだ。というより、けして整数比にはならない。最小公倍数という整数比を思わせる題名でありながら、正確に60度の格子であれば、縦横の比は無理数となる。

全体を正方形とすると、青い線の元になっている格子では、√3を、12/7=1.714..で、赤い線の元になる格子では7/4=1.75で近似していることになる。これは、それぞれ、√3の連分数展開の3段階までと2段階までの値である。

なお、青い線は、左下の頂点から始まって、正方形の辺で反射し、下の辺の中央まで戻ってくるまでの軌跡、赤い線は、右下の頂点から始まって、辺で反射し、下の辺の中央まで戻ってくるまでの軌跡となっている。

また、正方形の上辺が少しだけ伸びているが、最初これは、誤差を表しているのかとも思った。しかし、大きすぎた。はみ出た線の端点は、黒い枠のうちのりの正方形の一辺を1/12だけ延長した点なので、菱形格子の目安ということなのだろう。

このように、絵画に対して、パズルを解くような分析をすること、あるいは、そもそもこういう幾何の作図問題のような図形を美術と見ること、それ自体に違和感のあるひともいると思う。しかし、わたしはこうした絵が好きである。それにはときに、絵というモノを超えた美しさがある。言ってみれば、プラトンのイデア的な「美」である。逆に言えば、幾何図形的なものを美しいとする考えは、特殊なのではなく、普遍的なことである。

幾何図形ということでは、最近読んだ『見てしまう人びと-幻覚の脳科学』(オリヴァー・サックス著 大田直子訳)の中に、偏頭痛の前兆として、幾何学図形の乱舞を幻視する現象があることが記されていた。芥川龍之介の『歯車』の中にある、以下の叙述のままの症状である。
「歯車は次第に数を殖ふやし、半ば僕の視野を塞ふさいでしまふ、が、それも長いことではない、暫らくの後には消え失うせる代りに今度は頭痛を感じはじめる」
芥川は「歯車」としているが、実はもっと抽象的な図形だったのだろう。脳に組み込まれたパターン認識のモジュールが暴走を始めた状態である。この症状の存在は、脳の中にそのような認識のパターンがあるということの証左でもある。

折れ線状の霜・ほか2015/01/17 09:30

折れ線状の霜
折れ線状の霜
先日、車のフロントガラスの内側についていた霜が、折れ線状だった。雪の結晶が樹枝状ではなく針状に一直線になるのは、成長が遅かったときらしいので、これもそのようなケースと思われる。拡散律速凝集に典型的な、スケール不変のパターンを見出しにくいが、ブラウン運動の軌跡をマクロにしたようなかたちにも見える。

『おりがみで楽しむ幾何図形』
昨年末に、『おりがみで楽しむ幾何図形』(芳賀和夫著)をいただいた。掲載されているモデルのひとつ・「レインボーユニット」は、わたしも、いろいろ折っているうちに同じものにたどりつき「これは面白い」と思ったのもつかの間、芳賀さんのものの再発見であることがわかり残念..、しかし予定調和的なきれいさで再発見でもうれしい、というものなのであった。

四角から三角
四角な世界から常識と名のつく、一角を磨滅して、三角のうちに住むのを藝術家と呼んでもよかろう。(『草枕』夏目漱石)
ちょいと出ました三角野郎が 四角四面の櫓の上で(上州八木節)

というわけ(?)で、正方形用紙に正三角形のパターンを埋め込んだモデルをいろいろ試している。
テトラテトラ

4つの惑星2015/01/19 22:44

4つの惑星
一昨日、手持ちのカメラで、複数の惑星を同時に撮影することができた。上から、火星(ちょっと離れた、富士山の左上)、金星、水星、そして、地球である。火星の近くには海王星もあるが、約8等級なので写っていない。

大発見2015/01/25 21:18

岡村昌夫さんから大発見の情報を聞いた。
「桑名千羽鶴の原典発見 最古の制作年判明」(伊勢新聞社)
これは、ほんとうに大発見。ギリシア数学史で、アルキメデスの『方法』が見つかったことに相当するような感じである。

なんとかなる2015/01/28 22:43

ナノフラワー
日本物理学会誌2015年1月号の表紙に騙された。植物ではなく、アルミ-マンガン準結晶によるナノサイズの「造花」なのである。色は擬似カラーだ。
北脇昇展 図録
北脇昇展の図録を入手した。そこに、ここで触れた『相関的秩序L.C.M.』に関する作者による解説の一端があった。青い線と赤い線のわたしの解釈はいい線を行っていたのだが、軌跡の向きが逆だった。すなわち、これらの線は、中央から始まって、角に嵌って運動が止まってしまうまでの軌跡なのである。黄色い線による正方形は、つまり、一種の永久運動の軌跡である。なお、30度60度格子と正方形が重なることが近似であるということに関する記述はなかった。

なんとかなる
「なんとかなる、なんとかなると思っていても、なんともならなくなってしまう場合がある」
というふうに記憶していたのだが、もとは、
「どうにかなる。どうにかなろうと一日一日を迎えてそのまま送っていって暮しているのであるが、それでも、なんとしても、どうにもならなくなってしまう場合がある。」(『玩具』太宰治)
なのであった。
行き詰まりの表現には「二進三進も(にっちもさっちも)行かない」というものもある。これに関しては、一進はできるので希望はあるじゃないかとかねがね思っていたが、この「進」は前進といった意味ではなく、そろばん用語で、2でも3でも割り切れないということなのであった。であれば、話はもっと簡単だ。他の素数で割り切れるかもしれないし、それが素数だったとしても、分数を導入すればよいだけの話なので、窮地でもなんでもない。よかった。よかった。
「そのうちなんとかなるだろう」(青島幸男、植木等)

数学をネタにした小説
『今日から地球人』(マット・ヘイグ著 鈴木恵訳)という、数学が小ネタになっている小説を読んだ。この小説世界では、リーマン予想が証明されると科学が飛躍的に発展することになっている。ある数学者が証明に成功するが、人類がそれを知るのは子供に凶器を渡すようなものである、と、その数学者になりすました異星人が、関係者も亡きものにしようとする、しかし、という話である。『盗まれた街』や『二十億の針』、『ターミネーター』みたいな設定だが、コメディのテイストが強く、自己啓発書のパロディみたいにもなっている。

折る手
折る手
展示会にこんなものを出した。二の腕が自然に折り出せた構造が気にいっている。