読書で折り紙に遭遇した話をふたつ2020/11/08 22:09

いつも本を読んでいる、そして、天文台の仕事をしているわたしには、次の言葉は、ちょっとした呪いの言葉だ。

探偵小説、詩、天文学は、すべて、いわゆる「現実」からの逃避の異なったかたちを表している。
(バートランド・ラッセル 『Flight from Reality』

わたしも「現実」から逃げているらしい。ただ、ラッセルは、escapeを、必ずしも否定的な意味で使っているわけではない。

以下、読書で折り紙に遭遇した話をふたつ。

◆その1
『時間旅行者のキャンディーボックス』(ケイト・マスカレナス著、茂木健訳)
1960年代にタイムマシンが実現した世界を舞台にした、タイムトラベルがひとの心理に与える影響を描くSFである。冒頭早々にこんな記述があった。

「こんなものが、玄関の前に置いてあった」 彼女は、祖母が座るピクニックテーブルの上に折り紙のウサギを立てた。

このウサギは、殺人事件の死因調査の通知書で折られたもので、物語は、ハウダニット(どうやって)と被害者と犯人にたいするフーダニット(誰が)のミステリとして進行する。イギリス人(父アイルランド系、母セーシェル系)の作者がオリガミに馴染みがあるのは間違いないようで、以下のような比喩もでてきた。

手や首は今にも折れそうだし、皮膚もひどく薄いため、まるで全身が折り紙でできているみたいだった。

タイムマシンの燃料となる物質「アトロポジウム」は柘榴石から採取するという設定だ。
というわけで、シンプルなウサギの折り紙と柘榴石の標本と一緒に記念写真を撮ってみた。
『時間旅行者のキャンディーボックス』

◆その2
銀紙で折ればいよいよ寂しくて何犬だらう目を持たぬ犬

石川美南さんの歌集『体内飛行』の一首だ。

現代折り紙では、紙の裏表の色の違いなどを用いて、目を表現する折り紙作品もすくなくはない。龍の図を描いたさいは、目を開く工程を最後にして「折龍点睛」を意識したこともある。しかし、多くの折り紙の動物に目がないのはたしかだ。講習会で小さい子供たちに簡単な動物の折り紙を教えたとき、かれらがそれに目を描きたがることもしばしば経験する。

石川さんにおける「銀紙の寂しさ」は、生き物らしさとかけ離れてしまうという感覚だろうか。折り紙者としては、これに近い感情として次のようなものもある。
フォイル紙は、折り目が安定しやすいので、粘土細工的な造形が可能で、それをうまく使うこともできる。しかし、厚みもあり弾性反発もある紙の特性をも含んだ造形のほうが、より「折り紙らしく」、かつ生き生きしていると感じる。

この歌からは、次の有名な歌も連想した。

海底に眼のなき魚の棲むといふ眼の無き魚の戀しかりけり
『路上』 若山牧水 より)

最近、夢野久作がこれに想をとった歌をつくっていることも知った。

深海の盲目の魚が
戀しいと歌つた牧水も
死んでしまつた
『猟奇歌』 夢野久作 より)

牧水の歌の「海底」は「かいてい」ではなく「うなそこ」であろうことから、久作の歌の上の句も、「わたつみのめしひのうおがこひしいと」と読よみたいところだが、久作の歌はあえて破調なのでそのまま読むのがよいのだろう。

これらの歌は、立原道造の『白紙』という掌編のつぎ文章も連想させる。少年が電車の中で会った少女に手紙を渡すという、初恋物語のプロトタイプのような話で、牧水の歌を意識した表現であるのは、たぶん間違いない。

やがて僕は、海の底にゐるメクラの魚のやうに苦しくなり出す。
これが、僕の愛情のきざしだつた。
『白紙』立原道造 より)

石川さんの歌から想をとった歌と折り紙作品もつくってみた。見ると、キース・ヘリング氏の描く犬にも似ていた。思えば、彼の犬のイラストレーションにも眼がない。

銀紙の盲(めしひ)の犬の愛(いと)ほしく彼のねぐらの屋根に空色
銀紙の盲の犬

「盲目」と「折り」ということでは、盲目の折り紙作家・加瀬三郎さんや葛原勾当も連想した。

葛原勾当といえば、最後に折り紙の歴史研究の第一人者・岡村昌夫さんと話をしたときも、彼が話題になった。そう、いまわたしは、岡村昌夫さんが亡くなったという喪失感の中にある。思えば、こういう(文芸がらみの)話は、どこかで、岡村さんに読まれること、岡村さんが面白がるだろうかという思いをもって、書いてきたような気がする。

献本拝謝など2020/10/12 23:32

なんか、ひさしぶりの更新になった。

◆ハート鶴
北杜市地域振興券
山梨県北杜市の地域振興券に使われているマークが、折り紙のハートと折鶴である。デザイナーは三井宏美さんいうかただという。

◆柘榴石
11月末刊行の『折紙探偵団』184号のユニット折り紙の図は、凧形二十四面体の骨格とその関連作品にした。
柘榴石骨格、八目

凧形二十四面体の骨格は、柘榴石の結晶にこの形状があるので「柘榴石骨格」という題名にした。下の写真は、このモデルの記念(?)に、新宿紀伊国屋ビル1Fにある「東京サイエンス」で買った柘榴石の標本である。貴石なので値が張るのかというと、そんなことはなく数百円である。なお、同店のレジ横には、Tレックスの折り紙が飾ってあって、わたしのモデルだったので「おっ」と思った。
柘榴石

図を描くために「柘榴石骨格」の工程を整理しているうちに、その構造の応用(?)で、海亀とスカラベができた。ユニット折り紙から具象作品に発展するケースはあまり記憶がない。
カメ、スカラベ

◆だじゃれ
「柘榴石骨格」とその関連モデル「八目(やつめ)」は、6枚組の直交座標を基本構造としたモデルだが、似た構造で、だじゃれネタのモデルも思いついた。名づけて「新撰『組み』」。
新撰「組み」

◆献本拝謝その1
綾辻行人さんからご恵贈いただいた、大部800ページの一冊『Another 2001』を読み終わった。若いひとを生き生きと描く(…ひとがばたばた死ぬストーリーで「生き生きと」もないが)綾辻さん、感性が若いなあと感心することしきりだった。伏線の張りかたがたいへん大胆。

◆献本拝謝その2
『月間みすず』『空想の補助線』というエッセイを隔月連載している縁で、みすず書房さんから『「第二の不可能」を追え!』(ポール・J・スタインハート著、斉藤隆央訳)をいただいた。めっぽう面白いサイエンス・ノンフィクション。準結晶の話なので、ペンローズ・タイルが重要な役割を持つ。

ペンローズ御大といえば、今年のノーベル物理学賞のひとりが彼で、なんでいまなのだろうと思ったが、昨年のイベント・ホライズン・テレスコープによるM87中心の撮像が影響しているということなのだろうな、と。そして、ゲンツェルさんらの天の川銀河中心のブラックホール確認が受賞対象になるなら、同時期、野辺山45m鏡を用いた中井直正さんらによる、NGC4258の水メーザーによる確認も、評価対象なのになあ、と。

国立天文台野辺山 特別公開2020『今年はおうちで特別公開』2020/08/28 17:51


折り紙のビデオも公開しています。(今日から先行公開中です
今年は「電波望遠鏡」と「日時計」のふたつです。

日時計は、プリントした紙でつくるもので、使ってみてください。

夏らしい雨が
ゆれうごく高い梢の中から
降りそそぐとき 日時計は暫く休む
なぜなら 日時計にはその時間をどう表していいか分からないからだ
(ライナー・マリア・リルケ『日時計』富士川英郎訳より)

紙袋2020/08/09 10:25

柴崎友香さんの『百年と一日』。もっとゆっくり読むべきだったが、読み終わってしまった。ジョイスの『ダブリン市民』をさらに断片化したような、褪色して消え去ってゆくような話を、すくい取るように、しかし淡々と描いた短編集だ。

ここ何冊か、ハリウッド映画の脚本みたいな小説ばかり読んでいたので(それはそれで面白いのだけれど)、小説を読むこと以外では得られない時間をくれる小説にひさしぶりに触れた気がした。

カバーの紙袋の絵もすばらしい。毛並みのみごとな茶虎猫の絵『猫』で有名な長谷川潾二郎氏の絵だ(装幀:名久井直子)。並んだ瓶ばかりを描くジョルジョ・モランディの静物画を連想した。

紙袋といえば、工芸家・小松誠さんデザインの、紙袋をモチーフにした陶器をひとつ持っている。
『百年と一日』

そしてさらに紙袋といえば、思い出すことがある。直方体型の紙袋の側面の畳みかたは、谷折り3本のY字+山折り1本が典型だが、これについて、D. J. BalkcomさんやE. D. Demaineさんらの論文『Folding Paper Shopping Bags』に示されている次の定理があるのだ。
ショッピングバッグは、伝統的な折り目による剛体折りはできない
Y字+1の折り目では、面を歪めることなく畳むことはできないということである。

福島県塙町:ダリアの折り紙作品募集2020/08/02 11:50

福島県塙町が、ダリアの折り紙作品を募集しています(日本折紙学会後援)。
わたしは、何年か前から、折り紙ファンの町の職員のかたと知り合って、いくつかのイベントに関わったこともあり、すこし協力しています。

今回は、ステイホームでもできる町興しへの貢献で、誰でも応募でき、賞金もけっこう大きい(!)ので、「折り紙者」のみなさん、ぜひ参加してください。

塙町:ダリアの折り紙作品募集

第28回折り紙の科学・数学・教育研究集会など2020/07/15 00:00

◆第28回折り紙の科学・数学・教育研究集会
7月18日(土) 10:00-17:00に、日本折紙学会主催、第28回折り紙の科学・数学・教育研究集会をオンラインで行います。チケット販売中です(コンビニ決済もあります)。

◆『紙幣鶴』その後
ひとつ前に書いた、斉藤茂吉の随筆『紙幣鶴』の鶴はどういうものだったのか、という話のつづきである。これを読んだ知人が、「1920年ごろのオーストリアの1000クローネを調べたら、いま一般的な紙幣とは長方形の比率がずいぶん違っていました」と教えてくれた。たしかに、かなり横が短い。古銭ショップの映像から計測すると、100対151であった。これなら、折り返して、鶴を折りやすそうだ。

100対151という値は、映像から計測したので、誤差もありそうで、ぴったり2対3かもしれない。となると、『秘伝千羽鶴折形』の「拾餌(ゑひろひ)」、「呉竹(くれたけ)」、「杜若(かきつばた)」、「瓜の蔓(うりのつる)」がその比率の長方形だ。それらは、切らないといけないが、第一次世界大戦後のドイツで1兆倍のハイパーインフレーションになったように、同盟国のオーストリー・ハンガリー帝国でも、それは紙切れ同然だったようだ。

なお、「オーストリアの王冠を飛ばす」と書いたが、王冠=Kronenは、貨幣の単位であった。コロナウィルスのコロナと同じ語源である。

◆豆大師の並び
アマビコ、アマビエなどの図像が、感染症避けの護符として注目を集めているが、よりメジャーなのは、鍾馗や元三大師(がんざんだいし)だ。元三大師こと、平安時代の高僧・良源の伝説を起源とする護符は、角大師(つのだいし)と豆大師の二種類がある。角大師は西洋の悪魔に似た図像で、豆大師は、観音信仰に基づく三十三体の小さな大師像を描いたものだ。
元三大師の護符

この護符は、東京・調布の深大寺の未使用シールが我が家にもあった。「悪魔の前川」として、瓶詰めの悪魔という呪物をつくるさいに封印として使おうと求めたものである。あらためて見ると、豆大師の並びも気になった。三十三の観音の化身に由来する三十三の大師像の並びが、2+3+4×7になっている。33という数字なら、3,4,5,6,7,8の台形、そして、2,3,4,5,6,7,6という3回回転対称の六角形もきれいだ。
33の並び