正多面体展開図のカタログ(堀山貴史氏)、理科年表、そして、富士山2017/12/22 21:25

正多面体展開図のカタログ(堀山貴史氏)
先週の土曜日は、折り紙の科学・数学・教育研究集会。それぞれの発表も興味深いものだったが、一番印象にのこったのは、堀山貴史さんが持ってきた正十二面体と正二十面体の展開図のカタログかもしれない。

以前、リストを見せてもらったさいに、「きちんとハードカバーで製本したほうが面白い」と話していたものだ。堀山さんは、まさにそのハードカバー版を持ってきた。正十二面体と正二十面体の展開図は、どちらも43380個あるので、1ページ100個掲載で434ページの「大著」である。

まずはネタ的に面白いのではあるが、ぱらぱらめくっていると案外飽きない。「ハミルトン路(つまり、枝分かれのない展開図)を探せ」なんてゲームもできるが、「理詰めなのに、ほとんど無意味」なので、見ていると一種の瞑想ができる。1-2ページの正四、六、八面体も加えて、全5巻にしてほしい。

これは、ただただ図が並ぶだ本だが、ただただ数値が並ぶ本というのもある。広い世の中、三角関数表や対数表を見て楽しむひともいるに違いない。わたしはその境地には達していないが、『理科年表』をながめるのは好きだ。『理科年表』は、11月末にでた2018年版が第91冊(1944-1946は未刊行)で、父とほぼ同じ歳だ。毎年大きく変わるわけではないが、見ているとなんとなくたのしい。

たとえば、今日の根室の日の入りが15時40分代であることがわかると、野辺山(長野)の寒さと北海道のそれは、平均気温だけでは測れないな、などと思う。おやつの時間がすこしすぎると陽が沈むのである。春が待ち遠しいだろう。ちなみに、日没が一番早いのは今日の冬至でなく、やや前の日である。これは、平均太陽時(時計の時刻)と視太陽時(日時計の時刻)に差(均時差)があるためだ。(前に書いたここも参照

一昨年の第89冊には、創刊90年の記念として『理科年表第1冊』(1925年)の抜粋がついていて、これの「本邦の高山」というページも興味深かった。1895年から1945年は、台湾が日本の占領下にあったので、富士山より高い台湾島の山が記されている。

富士山より高い台湾島の山は新高山(ニイタカヤマ、玉山(ユイシャン))だけではない。1925年の『理科年表』には、富士山より高い山が5座掲載されている。ただし、5番目にあげられていた南湖大山は、3797mとあるが、現在の測量では3742mなので、富士をしのぐのは、じっさいには4座である。

南湖大山が事実として大幅に低くなったわけではないだろうから、測量の精度の問題と思われる。100年足らず前に50m以上も違うのだ。今年の映画『キングコング・髑髏島の巨神』(ジョーダン・ヴォート=ロバーツ監督)で、衛星での観測が仔細になる前の1970年代前半、南太平洋に詳細がわからない怪獣の島があるということにして、物語的なリアリティーに工夫をこらしていたり、1950年代の手塚治虫さんの『ジャングル大帝』に、ムーン山という位置も高さも不明の山がでてきたことなどを連想させる。

ニイタカヤマといえば、ということで、話がさらにずれていくが、正岡子規に次のような歌がある。台湾占領直後の時代に詠まれたものだ。
足たたば新高山の山もとにいほり結びてバナナ植ゑましを

コロニアリズム(植民地主義)の匂いもするが、病床に伏せることになった無念さとともに、子規の高い山好きが見てとれる歌である。「足たたば」で始まる歌は連作で、ヒマラヤや富士山もよまれている。
足たたば不尽の高嶺のいただきをいかづちなして踏み鳴らさましを

でもね。子規さん、富士山頂は寒いぞ。『理科年表』によると、気温の年平均(1981年-2010年)は、-6.2度だ。ただし、統計開始から2016年までの富士山の気温の最低記録(統計開始1932年)は、1981年2月27日の-38.0度だが、旭川は1902年1月25日に、これを下まわる-41.0度を記録している。青森で陸軍の八甲田山遭難が起きた年である。

なお、最高最低気温では、那覇の最低記録が4.9度(1918年)と零下になっていないのは、さもありなんだが、最高が35.6度(2001年)というのは意外である。

で、富士山だが、子規には、富士山の歌もたくさんあって、二十歳をすこし過ぎた頃には、「なんだそれ!」という歌もつくっている。一二を争う「なんだそれ富士山歌」が次だ。
ヒマラヤがやつてきたとまけぬなり敵にうしろを見せぬふじ山

子規23歳(1890年)頃のもので、漱石に馬鹿ダナァと言われそうだ。漱石は、『三四郎』で廣田先生に「あれが日本一の名物だ。あれよりほかに自慢するものは何もない。ところがその富士山は天然自然に昔からあったものなんだからしかたがない。」と言わせたり、講演『現代日本の開化』(1911)で、「外国人に対しておれの国には富士山があるというような馬鹿」と言っている。一高(予備門)の同級の友人で、富士山大好きの子規を思い出して、からかっていたのかもしれない。「一二を争う」もうひとつの子規の馬鹿富士山歌は次だ。
萬国の愽覽會にもち出せば一當賞を取らん不尽山

馬鹿すぎて笑ってしまう。「ヒマラヤ」は、富士山の八方秀麗、つまり幾何学的対称性を「うしろがない」とよんだ歌と考えることもできるが、「萬国の愽覽會」は子供の感想である。

子規には、病床に伏したあとの、「われは」で結ばれる連作もあって、そこでも富士がよまれている。次の歌は切ない。
富士を踏みて帰りし人の物語聞きつつ細き足さするわれは

富士山と明治人に関しては、最近みつけたほかの話もあるのだが、「こんな文章を書いてないで、やることやれ」という声が聞こえてきそうだ。長くなりすぎて、読んでいるひともほとんどいない気がしてきたので、それはまたの機会に。

直前の案内など2017/12/15 19:38

◆直前の案内
明日(12/16) 10:00-17:00、文京区白山のJOASホールで、第23回折り紙の科学・数学・教育 研究集会があります。誰でも聴講できます。世話人をしています。

明後日(12/17)13:00-15:00、府中郷土の森博物館のふるさと体験館で、講習会(作品:サンタクロース)をします。

◆『坐忘録』(堀内正和著)
彫刻家・堀内正和さんのエッセイ『坐忘録』の状態のよいものを入手した。手元に置きたい本のリストにずっとあがっていたのだが、最近、古書店街に行っても、美術関係の棚を見ていなかった。しかし、神保町に寄った妻の頭に、ふとわたしが言っていた書名が頭に浮かんで、棚を見たらあった、ということだった。ありがたい。

図書館で斜め読みしたことがあったが、今回初めてきちんと読んでいる。彫刻の教科書としてもすばらしいし、視野が広く、ほんとうに教養のあるひとっている(いた)んだよなあ、としみじみ思っている。堀内さんが戦後すぐに、彫刻家の目で丸石神に注目しているのは驚いた。

オリガミの魔女放映時間など2017/12/09 09:14

第8話の放映時間が変わったそうです。

★東海・近畿ブロック
愛知、三重、岐阜、滋賀、京都、大阪、兵庫、奈良、和歌山
12月9日(土)放送なし
12月17日(日)0:30-0:45 (12月16日深夜)

★それ以外の地域
12月9日(土)16:45-17:00 初回放送
12月17日(日)0:30-0:45 (12月16日深夜)再放送

◆ジョージア国旗
Fractal Georgia Flag
ジョージア(グルジア)の国旗が、フラクタルぽいなと思ったので、フラクタル化してみた。深い意味はない。

 ◆ボロミアン八面体
Borromean Octahedron
ボロミアンリング構造の正八面体をいろいろ試してみた。ただの舟のようなもの6枚(黒、黄、灰)でも、小さくて摩擦が強い紙だとけっこう安定する。
下のX型の特殊用紙で組むものがきれいで一番気に入っている。

星の賽2017/11/30 00:02

stella octangula
ドイツ文学と思想史の研究者・長谷川晴生さんのTwitterで、トートナウベルクという村のハイデガーの山荘の近くに、多面体の意匠のついた「星の賽の井戸」なるものがあることを知った。

この立体は、幾何学の用語では、stella octangula(星型八面体)と呼ばれるものだ。星の賽(sternwürfel)という言葉(訳語もいいねえ)は、ハイデガーの山荘を訪ねたツェランの詩『トートナウベルク』にでてくるものである。この言葉がいつからあるのかはわからないが、ここでsternwürfel すなわち star dice(cube)という言葉が使われているのは「適切」だなあと思う。単に立体という意味でdice(cube)なのかもしれないが、この立体は立方体と相性がよいのだ。

この立体の8個の凸頂点は、立方体の頂点と一致し、凸になっている稜(辺)は、正方形の対角線と一致する。したがって、この立体を立方体から削り出すのは難しくない。立方体の12個の稜を「く」の字型に削ればよいだけなのだ。

長谷川さんも指摘しているように、ハイデガーを訪ねて、この井戸に遭遇したユダヤ人のツェランには、これがダビデの星に見えたに違いない。意味深長な象徴性で、ナチス党員になったこともある哲学者と、自身も強制収容所に送られ、両親をそこで亡くした詩人の対面に対する感慨がわきあがるのと同時に、わたしには、この幾何立体の歴史への興味もわいた。この井戸の来歴や、この装飾のいわれはなんなのだろうかということである。

この立体は、ケプラー(1571-1630)の発見と言われることが多いが、『多面体』(P. R. クロムウェル、下川航也他訳)に「パチョーリやヤムニッツァーなど、以前から知っていたものも多かったようである」とあるように、より古くから知られていた立体であると考えられる。パチョーリ(1445-1517)とダ・ヴィンチ(1452-1519)は親交があり、画家がこの立体の絵を描いているので、ダ・ヴィンチの星と呼ばれることもある。ただ、ケプラーが自ら見つけたのもたしかなようで、16世紀以前にドイツで知られていたかたちとは思えない。 案外、これは、ケプラーへの敬意もあって、ドイツにあるものなのかもしれない。

昭和のくらし博物館など2017/11/28 21:56

◆昭和のくらし博物館
先週の休日、大田区南久が原にある昭和のくらし博物館に行った。高野文子さんの原画展が開催中である。原画展のほかに、「山口さんちの子ども部屋」という展示も高野さんが手がけていて、展示物の中に、内山光弘(こうこう)さんの「光弘式折紙」もあった。

昭和のくらし博物館自体も面白かった。戦後すぐにできた木造の民家がそのまま博物館になり、そこで育った、生活史研究家の小泉和子さんが館長をつとめている。

世田谷区東南部にあるわたしの実家は、この博物館から遠くない。この日も実家に行くのに合わせて寄った。コンクリ製の片屋根のゴミ入れ、庭の井戸、廊下、縁側、柿の木などに、少年時代の実家の風景がよみがえった。袋小路の道が多い町割りもそっくりだった。ともに武蔵野台地の崖線付近に位置し、同じような時期に宅地化が進んだ土地だからだろう。

◆ボロミアンキューブ
ボロミアンキューブ
数日前に書いたボロミアンリングの構造は、正八面体と双対関係(面の中心を結ぶと互いの立体になる)の立方体にも適用できる。似たようなことは試したことがあったが、単純に考えたところ、昔からあったようなというか、予定調和というか、きれいなのものができた。1:4の長方形3枚による立方体である。既にあったであろう感がフルレンジに強いのだが、記憶を探っても、この造形自体は、でてきそうででてこない。面が割れないようにするのが「正解」で、パズル的な面白さもある。

◆映画
『ブレードランナー2049』(わたしの折り紙モデルがでてくる)、『KUBO』(折り紙ぽい術がでてくる)、『ギフテッド』(見逃したくない数学天才もの)と、観たい映画が多いのだが、観る時間をつくることができない。

オリガミの魔女と博士の四角い時間など2017/11/24 23:00

第7話が、明日11/25(土)に放映されます。布施知子さん回です。
12月は、放映時間が変則。

第7話「雪のふる夜」11/25(土)22:45-23:00
 (再)12/2(土)0:45-1:00、12_/30(土)15:45-16:00

第8話「サンタとトナカイ」12/9(土)16:45-17:00
 (再)12/17(日)0:45-1:00

◆正八面体とボロミアンリング
11/18-19に参加した「折紙探偵団静岡コンベンション」での収穫のひとつは、田中将司さんによる、大きさが変わる輪だった。これを組み合わせると正八面体ができる。つくりかたはとてもエレガントだ。

田中さんは2個を使って正八面体にしていた。「対称的にするには輪は3個ですよね」と言うと、「3個の輪だと、絡ませなければならないんですよね」との返事だった。じっさい、絡ませなければならない。そして、対称的な絡ませかたは、「ボロミアン・リング」になる。これがちょっと面白かったので、以下に詳細を示す。

ボロミアンリングに関しては、以前このブログに「オリンピアンとボロミアン」という話を書き、『折る幾何学』には、模様がボロミアンリングになるユニットの立方体も載せた。

田中リング

写真左上の絡ませかたが、ボロミアン・リングである。三つの輪が、ふたつ同士の絡みがないのに、全体で絡まっている。

ただし、これとボロミアンリングが同じであることは、ぱっと見た目では、わかりにくいかもしれない。ボロミアンリングの典型的な図は、下の「三輪違い」であり、名前の由来であるボロミア家の紋もこのかたちだ。

ボロミアンリング

これと、上の輪の絡まりかたは、ほんとうに同じなのか。同じであることは知っているのだが、「実験的」に確かめてみた。輪ゴム三つを使い、ひとつだけ切り、再度つなげてからませてボロミアンリングをつくる(写真上左)。これを立方体にかける。すると、ふたつの輪の関係でいうと「土星と輪」の関係になっているかたちにすることができる。(写真下)
ボロミアンリング(別角度)

◆折鶴ネコ
折鶴ネコ
折鶴に乗ったネコという造形は、我がコレクション(!)の中にほかのタイプのものがあるのだが、昨日、別のタイプのものを見つけた。なにがなんだかわからない造形ではある。

凧型二十四面体 -高い近似-2017/11/10 00:23

一週間ほど前に記した、ユニット折り紙の「凧型二十四面体」をつくってみた。以前つくった記憶はあるのだが、メモが見つからないので、同じものかどうかはわからない。というより、想像と記憶よりきれいにできたので、昔つくったのものとは、違うような気がする。
凧型二十四面体

球に内接する、面の多い立体なので、ころころと可愛らしい。
なお、凧型二十四面体の折り紙には、わたしの知る限り、川村みゆきさんの作例がある(『多面体の折紙』)。それは、ここで紹介するものとは異なるが、しっかり組めて、外側の面に余計な折り目のでない、優れたモデルである。

ここでは、凧型を内接させる長方形を考え、それを基本にした。この長方形の縦横の比(すなわち、凧型の対角線の比)は、2:1.7927...になる(図)。

この比率は、1:2の単純な長方形から、工程数少なく、高い近似で折り出せる。(図の下:(5-√2)/2=1.7928...)
凧型二十四面体の面

さらに、√(31-8√2)/7=0.6338...を、やや精度の低い近似だが、(√2+1)/4=0.603...で近似してしまう。すると、1:2の長方形を使って、工程数少なく、無駄な折り目のないモジュールをつくることができた。ポケットとフラップも悪くない感じで、無理なく組める。24個同じものをつくるので、簡単に折ることができるのはよい。

面白いのは、凧型の短い対角線の長さを2としたときの、長い対角線1.792...の近似である。(5-√2)/2が、できすぎなほどに精度が高いのだ。

この近似は、ふつうサイズの紙を使うと、紙の厚さより一桁以上低い精度である。完全一致と一瞬思ったほどである。しかし、二重根号は、√(a±2√b)と変形して、a^2-4bが平方数でないとはずせないので、ふたつの長さの二重根号をはずすことはできない。無理数の和が有理数になることはあるが、二重根号の和で二重根号がとれるということがあるとも思えない。まあ、それ以前に、じっさい、数値は微妙に違うのであった。これには、マーティン・ガードナー氏のエイプリールフールねた「e^π√163は整数になる」を連想した。
(じっさいは、262537412640768743.99999999999925...)

なお、余計な折り目がつくために採用しなかったが、対角線の交点から鈍角の頂点の長さ√(31-8√2)/7=0.63384...も、近似による長い対角線の√2/4で近似(作図、工程は難しくない)すると、(5√2-2)/8=0.63388..と、これまたびっくりの、精度の高い近似になる。

ちなみに、凧型の短辺と長辺の長さの比は、じっさいに、うまく二重根号がとれて、2 : 4-√2になる。

こうした対称性の高い立体の比率を確認していると、うまいぐあいに式が整理できるなあと思うことと、なんでこんな面倒な式のままなのだと思うことの2種類の場合がある。この立体の場合は、微妙に複雑だなあ、という感想だ。しかし、二重根号の値が「きれいじゃない」と思うのも、また色眼鏡だろう。この凧型の対角線にでてくる二重根号の式は、√(a±2√b)のかたちにすると、いずれもa=b-1であり、かつbが2の累乗である。「理屈」はわからない(ひねり出せない)が、きれいといえばきれいである。

クマノミズキなど2017/11/06 22:03

◆クマノミズキ、Trie、トライ木
クマノミズキ
クマノミズキの実の落ちたあとの果柄(カヘイ)が、サンゴのようだった。よく見ると、枝は三つずつに分かれているようにも見える。そういえば、和紙の原料として知られるミツマタ(三椏)も、その名のとおり三又である。

関連して思い出したのが、9月末に京王線・調布駅前(駅上)にオープンした商業施設の名前である。これは「Trie」(トリエ)という。ABC3館からなることを3本の樹に見立てた造語だそうだ。しかし、ここには、すこしややこしい話がある。情報処理用語に、まったく同じ綴りのtrieというものがあるのだが、これは、三分木(さんぶんぎ:ternary tree:三又の木構造)のことではないのだ。

情報処理用語のtrie(日本語では「トライ木(き)」という場合が多い)も、木(tree)のシャレからの造語である。だが、調布駅の、「三つの」を意味する接頭辞の「tri」とは違って、「retrieval(検索)」という単語の中に含まれる「trie」をかけた言葉であるという。

たとえば、辞書ソフトウェアでorigと入力すると、original、originなど、10個以上の候補が出てくる。「orig」というノード(分岐点)に10個以上の枝分かれがある木の構造になっているということだ。そして、origaまで入力するとorigamiに絞られる。このように、各ノードが、終端ノードの部分列に対応するような木構造をtrie(トライ木)という。

しかし、話はこれで終わりではない。二転して、さらに、ややこしい話がある。trieを実装、すなわち、プログラムとして作り込むさいに、三分木を使った、ternary search tree(三分探索木)を使うと効率的なのである。

◆鰹木?
鰹木?
「木」は「木」だが、まったく違う話である。
先日、某神社で面白いものを見た。屋根を見ると、鰹木(かつおぎ:棟の上にそれと直角に並ぶ木)があって、千木(ちぎ:棟の両端のX印)がない。ただし、棟に並んでいた鰹木は鳩であった。できることなら棟の両端で、翼を広げて千木を真似てほしいと思って見ていると、右端の鳩がちょっとそんな感じに羽ばたいた。

凧三角、四角、六角、空、硝子2017/11/01 23:50

凧
凧三角、四角、六角、空、硝子
芥川龍之介(1916)

多数の凧が飛ぶ空、そして、それらが陽光に煌めくさまを、切子硝子、ステンドグラス、万華鏡などに見立てたと思われる句で、かっこいい。俳句に読点があるのも珍しい。

図形が乱舞する空は、芥川の絶筆小説である『歯車』(1927)の幾何学的幻覚、「次第に數を殖やし、半ば僕の視野を塞いでしまふ」「絶えずまはつてゐる半透明の歯車」も連想させる。なお、この幻覚は、偏頭痛患者が見る「閃輝暗点」として典型的なものらしい。

この句の凧をリアルな描写と見ると、四角や六角はともかく、三角の凧はあったのかが気になる。webを検索しても、伝統的な凧に三角形のものはでてこない。2種の辺を持つ左右対称の四辺形、いわゆる「凧型」を、一瞥の感覚で「三角」としたのかもしれない。句としても、三角、四角、六角と並べないと、リズムがでない。

外されてしまった凧型だが、これは幾何図形として面白い。たとえば、合同の凧型からなる多面体に、凧型二十四面体と凧型六十面体がある。凧型二十四面体は、ユニット折り紙でつくったこともある。その面は、4つの角度のうち3つが等しい(cosθ=(2-√2)/4となるθで81.5789...°)という対称性もあるのだが、なかなかに面倒な比率なので、あまりエレガントなものにはならなかった。六十面体は黄金比に関連する比率がでてくる凧型で、さらに面倒である。

なんかいろいろ2017/10/28 10:12

◆折紙者は、紙の羊の夢を見る。
たった今知った話。前作に折り紙のユニコーンがでててきた『ブレードランナー2049』(ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督)に、折り紙の羊が登場するという。写真を見ると、100%私の作品である(追記10/30:厳密にはツノをすこし変えているようにも見える)。『Genuine Origami』にでているものだ。なんの連絡もなかったなあ。折り紙の作品の多くには作者がいるということがいつも軽く見られているのは、たいへん残念である。

『クボ 二本の弦の秘密』(トラヴィス・ナイト監督)
映画と折り紙と言えば、近く上映される、日本を舞台したストップモーションアニメに、式神の術のような折り紙の術が登場するらしい。

今日、10月28日(土)22:45-23:00に、第6話「くじゃく」が放映される。

上毛新聞
本日創刊130年記念紙面の上毛新聞に、「変形折鶴」を提供した。
新聞紙面(812:546=1.487...:1)の長方形に菱形を内接させて折るものである。なお、一般的な新聞紙は1:√2ではなく、3:2と見たほうがよい。
試作の過程で、写真のようなちょっと手の込んだ鶴もつくってみた。
newspaper_crane

◆World Origami Days
10/24-11/11はWorld Origami Daysである。 詳しくは、こちら

明日10/29(日)13:00-15:00。また、台風が来ている...

先日、穂高さんから『夜明けのカノープス』の文庫版をご恵贈いただいた。単行本でも読んでいたのだが、天文小説の傑作である。「天文小説」とはなに?ということだが、SFではなく、星が重要な意味を持って登場する小説のことをそう言ってみた。

小説中にも説明があるが、カノープスは、太陽を除いて、シリウスに次いで全天で2番目に明るい恒星である。しかし、南天の星なので、北半球中緯度からは見えにくい。日本では見えない土地も多く、見えてもすぐに沈んでしまう。ヨーロッパからは無理で、中国も南に行かないとだめだ。スペクトル型はF0なので、本来は白っぽい星だが、低い空では大気層を長く通るので、朝焼け夕焼けの原理と同じで赤い星になる。人類の多くが北半球中緯度に住むので、世界各地に、「見えにくい明るい星」の伝説がある。

と、書いているだけで、いろいろ象徴性があるわけだが、『夜明けのカノープス』の味わい深さは、第一に、このカノープスの特徴をうまく使っていることにある。その象徴性が、穂高氏の筆が寄り添う、傷を負ったひとや葛藤と逡巡の中にあるひとへの温かい眼差しと融合して、地上の物語になっている。
解説は、渡部潤一国立天文台副台長だ。文才あるな、副台長。

『Hidden Figures』(セオドア・メルフィ監督)
映画『ドリーム』(Hidden Figures)を観た。NASAの、黒人女性の計算機屋さんたちの話である。原題の「Hidden Figures」の Figureには、計算、数字、図形、そして、人の意味がある。ベタに、『栄光なき星たち』なんて邦題もよいのに。

天文台で計算機の仕事をしているわたしは、彼女たちの後裔と言えなくもない。というわけで、やや遅れ気味の仕事のモチベーションを上げる意味でも観た。ただ、差別の問題が主なテーマで、数学や計算の仕事の描きかたは物足りないところもあった。よい映画であるのは間違いない。

「モチベーションをあげるために映画を観よう」というのは、だいたい成功しないが、ときどきある。辞典関連の仕事のため、『舟を編む』(石井裕也監督)を観たこともあった。これは、ロードショー上映が終わっていたので、長野県茅野市の新星劇場というところに行った。映画は、主に、東京にいるときに府中などで観るのだが、山梨(長野県境)と東京を行ったり来たりしているので、長野・山梨で観ることもたまにある。新星劇場は初めての劇場だった。すると、なんと、最後の通常上映プラグラムで、同劇場は何日か後に閉館を控えていたのであった。2013年のことである。

先日、この新星劇場がTVに出ていた。火野正平さんの自転車の番組だ。いまでもときどき上映会があるらしいが、地方の単館劇場の営業の難しさは想像できる。4年前に行ったときも、最後の最後ではないこともあってか、観客はまばらに10人ほどだった。

『神は数学者か?』(マリオ・リヴィオ著、千葉敏生訳)
自然理解における「数学の不条理までの有効性」(ユージン・ウィグナー)をテーマにした読み物。リヴィオさんの本は、バランス感覚がよい。
重箱の隅だが、冒頭近くに「ちなみに最小の完全数は6であり、以下、28、496、8218と続く」とあったが、4けたの完全数は8128である。こういう誤植というのは「あるある」だが、数値や名前を間違うと目立つ。

『日本奇術文化史』(河合勝、長野栄俊、日本奇術協会)
大著『日本奇術文化史』を買った。妻曰く「図書館が買うような本ね」
この本で取り上げられている、いわゆる和妻(日本の奇術)や、和算、和紙、短歌、俳句、柳田民俗学などは、ほんとうに面白くて、いろいろ調べたくなる。このごろ流行りの「ニッポン偉い」になっていないかという自省も湧くが、偉い偉くないではなく、面白い。

わたしが、これらを面白いと思う感情はどこに起因するのか。まずは、当然のことながら、わたしに日本が染みついているということがある。ある程度資料も読めるし、文脈を想像しやすい。そして、すこし違って、それらを一種のエスニックなものとして見る視点もある。

で、折り紙はどうなのかというと、これは、なぜかわたしの中で、もっと無国籍でコスモポリタンなもの、日本が染み付いていない文化のカテゴリーにはいっている。

◆球場に行かなかった。
ここ数年、球場に観戦に行っていない。9月末、神宮球場のスワローズ・タイガース最終戦を観に行こうとしたのだが、ほぼ消化ゲームなのにチケットが売り切れていた。CSの雨の甲子園はひどかったが、2位で日本シリーズに行ってもオマケみたいなものなので、そんなに悔しくない。むしろ、「伝説のゲーム」は、負けたほうが、伝説である。