立方体の二分割など2018/05/25 22:36

明日、5/26(土)22:45-23:00に、NHK-Eテレで第12話が放映される。

明日から、折紙探偵団九州コンベンション(@佐賀大学)に参加する。三枚組みの正八面体を講習予定である。
三枚組の正八面体

◆武蔵野美術大学の案内チラシ
武蔵野美術大の案内チラシ
武蔵野美術大学のオープン・キャンパス(6/9,10)の案内が、なんとなく折り紙的だった。こうした切れ目と折り目の「動き」に注目することは珍しくないが、置く(一見アンバランスに見える状態に)という機能に注目したのははじめて見た。

なお、同大学では、先週、非常勤講師をつとめた。講義では、立体感覚の面白さ難しさを味わうモデルとして、「穴のある包み紙(type 2)」のワークショップなどをおこなった。下の図がその用紙形である。表裏同等構造によって、きれいに閉じた立方体になる。
穴のあいた包み紙 type2

◆立方体の二分割、正四面体の二分割
「穴のある包み紙」に関連して、双曲放物面(図右上)を近似する折り目を、同心正方形蛇腹以外で実現することを考えていて、面白いかたちを見つけた。
立方体の二等分、正八面体の二等分
右・中の図のような折り目をつけて、面角を変えてみる。すべての折り目は連動し、合同の二等辺三角形4面の四面体に内接するように連続的に変形する。ただし、それは、剛体構造ではない。中央の正方形がたわむのである。しかし、それは常にたわんでいるのではなく、平坦になるときもある。外接四面体が正四面体で、かつ中央の正方形が平坦になる折り目のとき、どのような折り目の角度になるか。それは、図に示した直角の1/4を基準とする折り目で近似できる(ぴったりではない)、ということが今回気がついたことである。

この目安は折りやすいので、さっそくこれを用紙の中心に埋め込んだモデルをつくってみた。全体を表裏同等モデルにしても面白いのだが、この折り目が内部に隠れてしまうので、二分割の立体にしたところ、造形的にも面白いものになった。

この折り目は、同じ折り目をさらに中央の正方形に当てはめて、入れ子構造にすることができる。するとそれは、変形で面が歪まない折り目になる。ただし、これは新発見ではない。同心正方形の折り目に対角線を加えるという「舘-ドメインモデル」と同様である。
双曲放物面近似

なお、正方形の折り目の辺は、用紙の辺と平行である必要はない。次の図(左上)はその例だ。これは、中心の正方形が平坦なとき、ねじり折りした三角形の面どうしが同一面になるように決めたものだ。
オリガミ椅子
この折り目をすこし折り変えると、きれいな椅子のかたちになる。それは剛体折りなので、ヒンジと板でできる「折り畳み椅子」になる。ただし、平坦になるほうに力が働くことがあるので、これに対するためには、脚部を鎖でつなぐといった方法を適用しなければならない。それを外すと畳めるわけである。まあでも、踏み台に使うにはやや怖い構造だ。

◆三角柱箱
三角柱箱
先日の正四面体の箱の姉妹モデルとして、正方形用紙から正三角柱の箱を考えた。チーズっぽくてよい。三角形の1辺を1とすると、高さは√3/3なので、体積はぴったり1/4である。きっちり閉じる構造にしたため、開けるのはすこし難しくなった。

正四面体の箱など2018/05/12 21:51

◆鳥海太郎展
鳥海太郎展
2018/5/21(月)- 5/16(土)
養清堂画廊(銀座5-5-16)
布施知子さんのご夫君の版画家・鳥海太郎さんの個展です。
写真の作品の題名は「見上げる」

◆正四面体の箱
TetrahedoralBox
蓋とボディが一体化した正四面体の箱ができた。閉じるときの組み合わせが面白い。1対2で近似させてもよいが、1対2.02...という長方形を用いるとぴったり合う。15cm正方形用紙の場合、「ふたつ折り」のときに1.5mmほどずらして折って切るとよい。

この折り目の構造は、正六角形用紙を用いると対称性が高くなる。その場合、閉じると四面体はツインとなる。

◆『北京折畳』と『折畳几何学』
『折る幾何学』の簡体中国語版に関して、翻訳者とすこしとやりとりをした。ついでに、「最近、『折りたたみ北京』(『北京折畳』ハオ・ジンファン)というSF小説を読みました」と書いたところ、翻訳者氏も読んでいて、「現実の北京の地名もでてきて臨場感がある」という話だった。「札幌の地下街に行ったさい、街の下にもうひとつの空の見えない街があることに、あの小説の描写を思い出した」という旨のことも書いてあった。

なお、『折る幾何学』の簡体中国語版の題名も、「折畳」を含む、『折畳几何学』である。(ただし「畳」は異字)。「原題にも『紙』がないので、こうしました」ということだった。

◆数学短歌
『数学セミナー』に投稿した数学短歌が、一首採用された。よかった。

ボツになったものでは、以下が、解説を含めて、ネタとしてある意味自信作だったのだが...
(あくまでインサイド・ジョークとしてウケを狙ったもので、選者の判断にくちばしをはさむものではありません。為念)

題:ベクトル
これやこの行くも帰るも別れては知るも知らぬもベクトルの積
余をこめてTriの空値は図るともよにベクトルの積はゆるさじ

解説:
一首目。「これが、計算結果がもととは違う向きのベクトルになるベクトルの外積というものか。意味はよくわからないが、とりあえず計算方法はわかった」ということをよんだ古歌。作者は、数セミ丸である。

二首目。「余弦定理を用いて、Trigonometric function(三角関数)で、(余弦が)空値(ゼロ)となる向きを計算しろという問題だが、ベクトル内積を使ってはだめなのか?」ということをよんだ古歌。作者は、整数納言である。

二首とも「ベクトル」とある部分が「あふさか」であったという説があるが、それでは意味が通じない。二首目の作者は、筆名から想像できるように、数論の業績で名高く、日本のマリー=ソフィ・ジェルマンとも言われる女性の数学者である。主著における記述「烏の寝所へ行くとて三つ四つ二つなど飛び急ぐさへあはれなり」の3,4,2という数列の意味するところは、現在においても解明されていない。

筆竜胆2018/05/07 22:30

◆オープンアトリエ
5月1日から6日まで、来ていただいたみなさま、遠いところを(近所のひとも)ありがとうございました。

◆筆竜胆(フデリンドウ)
筆竜胆
山梨県北部標高1000メートルの周辺では野の花が花盛りだ。タチツボスミレ、タンポポ、マムシグサ、ヘビイチゴ、フデリンドウなど。フデリンドウ(筆竜胆)の中に、五回の回転対称性が際だっているもの(写真左上)があった。ほかの個体はこれほどきっちりした感じではなかった。花の直径は2cm弱である。名前の由来は、朝夕に花が閉じたさまが筆に似ている(写真左下)からだという。よく似たハルリンドウというものもあるが、この写真の花は、フデリンドウでたぶん間違いない。
パラメトリック・フデリンドウ

四面体の鎖など2018/05/01 23:11

この題名で、『紙の動物園』の著者ケン・リュウ氏選なので、折紙者として読まないわけにいかない。表題作(ハオ・ジンファン著、大谷真弓訳、リュウ氏の英訳からの重訳)は、文字通り折り畳まれる北京の話であった。三種類の都市が、毎日、定時に折りたまれて交替する。物理的にどうなっているかは謎だが、奇妙な現実感がある。それぞれの空間は社会的な階層に対応しており、J.G.バラードの巨大高層マンション小説『ハイ・ライズ』をさらに寓話的にしたような設定である。

収録の全編は読んではいないが、中国のSF小説(科幻小説というらしい)が、これから力を持っていくのは、たしかに間違いなさそうだ。そして、中国の存在感の高まりは、SFに限らない。今秋オクスフォードで開催される7OSME(第7回折り紙の科学・数学・教育国際会議)でも中国からの参加が多いらしい。

◆切り紙の飾り・Papel Picado
ピクサーのアニメーション・『リメンバー・ミー』(リー・アンクリッチ監督)を観た。メキシコの死者の日の切り紙飾りが効果的に使われていた。Papel Picadoというらしい(訳すとそのまま「切り紙」)。そうした習俗があること自体を知らなかったが、奥三河の花祭りの「ざぜち」や、越後の「八丁紙」、三陸や櫛形(山梨)の「切子」に似ていて、面白い。Papel Picadoは、調べてみると案外新しいもので、20世紀になってから中国系移民によって持ち込まれた剪紙を起源とするらしい。

下の写真は、東栄町月地区の花祭りの「ざぜち」と「湯蓋 (部分)」である。前も疑問に思って解決していないが、「ざぜち」の語源って何だろう。
花祭りの「ざぜち」(東栄町 月)

◆四面体の鎖
正四面体を辺で鎖にすると面白いかもしれない、と思いついたので、試してみた。6個で輪にすると、きれいにまとまった。ユニット折り紙としては単純なつくりである。
四面体チェーン

この鎖の幾何学的特徴は、直交する三軸方向につなげられることにもある。ただし、辺が直線だと、別方向のものが干渉するので、それをすこし曲げる必要がある。曲げると吊るしたときにも安定するので、ちょうどよい。CGでそれを描いてみたら、なかなか面白い絵になった。このアイデアはすでにあるだろうか。まあ、どういうふうに使うか、わからないけれど。
四面体チェーン(三軸)

この鎖を、じっさいに針金を曲げてつくる場合は、工夫が必要だ。3価頂点が4つあるので針金の一筆描きは不可能である。辺を2回通るようにすると可能になるが、そのようにつくると絡ませるのは難しくなる。
四面体チェーンモジュール

朝ドラの話など2018/04/27 21:03

第十二話が、明日4月28日、22:45-23:00に放送される。
博士役の滝藤賢一さんは、朝ドラ『半分、青い。』にも出演中で、その宣伝もあってか、今朝のインタビュー番組にもでていた。その中に、自宅で折り紙を折るシーンがあったが、画面にちらっと映った図はわたしのものだった。滝藤さんは、作中で折るモデルをきちんとマスターする勉強家なのである。

◆朝ドラの話
その朝ドラの高校生の部屋に、大十二面体と小星型十二面体が置いてある。このモデル、色が同一面で同じになっている。よくできている。

大十二面体は12個の正五角形、小星型十二面体は12個の五芒星が、対称的に交差してできた多面体である。しかし、できあがったかたちは、60個の三角形の面が見え、交差した面はわかりにくい。面の交差という構造を示すためには、色分けを使うとよいのだ。
大十二面体と小星型十二面体

大十二面体のモデルは、拙著『折る幾何学』にも載っている。ただし、「大十二面体外殻」として、名前には「外殻」をつけた。これは、やはり、面の交差にはなっていないからである。内部の面はないのだ。ただ、やや変わった対称性を用いたので、面白いモデルになったと自負している。「『折る幾何学』型紙選集」にもはいっているので、パズルとしてどうぞ。

また、この朝ドラの主人公の少女は、片耳が聞こえない。じつは、親戚にも同じ障碍のひとがいる。視力低下によって幻覚が見えるシャルル・ボネ症候群というものがあるが、それの聴覚版の、聴覚性シャルル・ボネ症候群なるものもあって、幻聴として、音楽が聞こえたりもするらしい。親戚の女性も、小さいころ、いわゆる霊感が強いと言われていたという。なお、彼女は、長じて耳鼻科の医師になった。

姫路科学館の「火星儀」工作の詳細2018/04/24 12:35

ひとつ前の記事に書いた姫路科学館のイベントの詳細です。
・場所:姫路科学館
・内容:折り紙技法による火星儀製作
・日程:4月28日、5月6日、それぞれ13:10と14:30の2回
・各回先着10名、開館時から先着順、参加費無料
・図版製作:安田岳志@姫路科学館、図版協力:前川淳
(なお、わたしは、残念ながら現地にはいません)

ひとつ前の記事の写真の火星儀は、NASAのバイキングのデータによるものだが、惑星気象科学の先駆者・宮本正太郎さん(1912-1992)による「宮本火星儀」を元にしたバージョンもある(写真下)。1964年のマリナー4号に始まる飛翔体観測より前の、地上という井戸の底からしか観測ができなかった時代のものだが、なんというか、とても「火星らしい」。極冠(北極と南極にある氷結した二酸化炭素と水)は地上からも白く見えるのにそう描いていないが、これは、季節変化があるためだろう。
火星儀(宮本正太郎版)

上の写真で、火星儀の下にあるのは、『宮本正太郎論文集』の『The Great Yellow Cloud and The Atmosphere of Mars』(1957)という論文である。1956年に発生した大黄雲(大規模な砂嵐)の観測を記したものだ。大黄雲は、地球から観測される火星全体がぼんやりとなってしまうほどの巨大な大気現象で、10-20年に1度ぐらいに起きている。前兆現象は捕えられるが、カオス的な現象なので、予測は困難だという。

イベント紹介2018/04/22 08:18

◆姫路科学館の火星儀
火星儀(姫路科学館)
姫路科学館のスタッフが『折る幾何学』掲載の「地球儀」をもとに火星儀を製作しました。
GW中の4/28と5/6に来館者にむけてワークショップをするということです(詳細は未確認)。
今年は、夏から秋にかけて火星が大接近(最接近は7/31)します。

◆オープンアトリエ
オープン・アトリエ
5/1(火)から5/6(日)まで、山梨県北杜市大泉町にあるアトリエ(プライベート・ギャラリー)を公開します。
日程:5/1(火)- 5/6(日)
時刻:10:00 - 16:00
場所:山梨県北杜市大泉町西井出 ペンション・レキオの近く
お気軽にお立ち寄りください。

おしらせなど2018/04/16 21:39

4/22(日)13:00-15:00
府中郷土の森博物館のふるさと体験館
作品:鯉のぼり他
鯉のぼり

先日来、『嬉遊笑覧』(1830)を読んでいたのは、ふと、鯉のぼりの起源も気になったからであった。同書(持っている巻だけだが)には、「絵のぼり」、「風流(ふりゅう)」の記述はあったが、鯉のぼりに関しては記されていなかった。鯉のぼりは、広重の『名所江戸百景』(1856-1858)の『水道橋駿河台』に描かれているので、徳川時代からあったのはたしかだが、幕末になってからの流行のようだ。

鯉のぼりに関してもうひとつ気になるのは、「この下に子供がいます鯉のぼり」という句がよいなあと思った記憶があるのだけれど、誰の句かどこで読んだのかも思い出せず、ネットの検索にもかからないことである。

◆自己相似的国会議事堂
自己相似的国会議事堂
以前から、国会議事堂の中央の屋根が入れ子的構造的な造形だなあと思っていた。じっさいは、小さな塔のようなものが塔の上にあるだけだが、きっちり自己相似図形にしたものを描いてみた。

この相似形と無限小への収斂は、政府が国民の合わせ鏡であることを暗示するようにも、超国家主義における「中心からの価値の無限の流出」(丸山眞男)の象徴のようにも見える。...というのは、考えすぎである。

宝井其角は折鶴を折ったか?2018/04/15 22:00

江戸時代後期の考証随筆・『嬉遊笑覧』(1830、喜多村イン庭:インは竹かんむりに平均の均)には、折り紙に関することも書いてあるが、中にはこれは変だよねという話もある。何度か読んだ箇所なのだが、先日あらためて見て、以下の記述が気になった。この部分が詳しく話題になったことはないと思うので、考察を記しておく。

その記述とは、以下である。
『五元集拾遺』に、聖代を仰ける句とて、「鶴折りて日こそ多きに大晦日」といへり。春の設の提子など飾る料なるべし。
(『五元集拾遺』に、古きよき世に向けた句として、「鶴折りて日こそ多きに大晦日」とある。新春のしつらえの酒注ぎなどの飾りであろう)
『嬉遊笑覧』巻六の下)

『五元集』(1747)は、蕉門の高弟、宝井(榎本)其角(1661-1707)の句集である。『嬉遊笑覧』では、この句に関して、折鶴と雄蝶雌蝶のような飾りを結びつけているわけだ。しかし、これはいかにも強引で、よくわからない話である。

句自体、解釈が難しい。『嬉遊笑覧』の記述にあるように、この句には、「聖代」という題がついている。上古のことを指すのか、「聖代」と「鶴折りて」に引っ張られて、わたしの解釈は迷走した。
聖代
鶴折りて日こそ多きに大晦日

国文関係で困ったときは、岡村昌夫さん、ということで氏に確認してみた。すると、やはり『嬉遊笑覧』の解釈はこじつけだろうね、という話になった。

句意に関しては、以前、高木智さんが、「鶴折りて」は「鶴降りて」なのではないかと言っていましたね、という指摘もあった。たしかにそれならば、「鶴が舞い降りてきた。(一年は三百何十日あるのに)この大晦日に」という内容で、わかりやすい。「聖代」は、正月を前にして、単に、ありがたい平安な世の中ということと考えればよいのだろうと、納得した。

しかしである。『嬉遊笑覧』のみならず、引用元の『五元集拾遺』(1747)の原本をあたると、そこには、しっかり「鶴折りて」と「折」の字が書いてあるのだった。原本は、たとえば、早稲田大学のデジタルライブラリーにある。 『五元集』は、其角自撰の句集で、もとが仮名であっても、「降りて」は、「おりて」であり、「折りて」は「をりて」なので、間違う可能性は低いのではないかと思えた。

そこで、これは、「降りて」でもなく「折りて」でもなく、「居りて」なのではないかと考えた。「居りて」なら「をりて」なので、元が仮名で書いてあったのなら、「折りて」に誤りやすいのではないか。自撰といっても、其角没後40年経っての編纂であり、印刻までには何人もの手がはいっている。

つまりこれは、「鶴がいるよ。ちょうどこの大晦日に」という句なのではないか。舞い降りたのと似ているが、ふと見ると鶴がいたというのは、より現実的で自然な驚きがある。こう考えると、下の、其角の別の句にも通じる、情景が見える句となるように思えた。
日の春をさすがに鶴の歩み哉 其角
(春の陽射しの中、やっぱり鶴が(鶴らしくゆっくりと)歩いているねえ)

以上のような思いつきを、あらためて岡村さんに伝えると、「居る」はおもにひとに使われる語で、当時の仮名遣いも、国学の偉いさんを除けばけっこう自由ですよという指摘があった。また、「居りて」の可能性も高木さんが指摘していたとのことであった。

岡村さん、高木さん、折り紙研究の先達、瞻仰すべし。其角の仮名遣いが正しくても編者が間違えたということもありそうで、「降りて」にせよ「居りて」にせよ、この句は折鶴を表した句ではなく、誤って伝わったのではないか、というのは、かなりもっともらしく思えた。

其角は西鶴と交流があったという。西鶴の『好色一代男』中に、「折りすゑ」の「比翼の鳥」も出てくるので、其角も折鶴を折ることができた可能性もあるかもなあ、とも思うのだが、「鶴折りて」では、どうにも句柄がはっきりしない。

というわけで、わたしのとりあえずの結論は、「其角は折り鶴を折っていなさそう」である。仮説の二段重ねになるが、この解釈を正しいとすれば、1700年代半ばになると、「鶴をりて」(または「鶴おりて」)は、「鶴居りて」や「鶴降りて」よりも「鶴折りて」と解釈されやすいほどに、折鶴が普及していた、ということも言えそうだ。

そもそも江戸市中に鶴がいたのかという話だが、江戸には丹頂鶴もいたし、鴇(とき)もいた。たとえば、広重の『名所江戸百景』『蓑輪金杉三河しま』にも丹頂鶴が描かれている。鶴は、ありがたい瑞鳥でありながら、案外身近にいたのだ。現代になっても、長野県の野辺山の矢出原湿原には、昭和四十年代まで、毎年丹頂鶴の飛来があったという話もある(八ヶ岳 自然いっぱい情報誌 『だたら八つ』2010年秋冬号)。

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其角といえば、最近読んだミステリ小説『シャーロック・ホームズたちの新冒険』(田中啓文)の第二話は、正岡子規がホームズ役に、高浜虚子がワトソン役になって、芭蕉の死の真相を解明するという趣向で、其角の句も謎解きに関係している、面白い話だった。

昨日、某会議出席のついで、神保町に寄る時間があったので、4月10日にオープンした「神保町ブックセンター」をのぞいた。以前岩波ブックセンターがあったあとにできた、岩波の本を揃えた書店・喫茶である。岩波文庫の『嬉遊笑覧』に持ってない巻があったので、あれば買おうと思ったこともある。しかし、岩波の本を揃えているこの書店にも、それはなかった。まあ、出版社自体のサイトにも「品切れ」とあるのでしかたがない。というわけで、頭の中が岩波文庫の黄色背表紙の探索モードになったので、近くの古書店の安売りワゴンものぞいた。すると、『徘家奇人談 続徘家奇人談』(竹内玄玄一)というものがあったので、これを求めた。昨晩はそれをぱらぱら読んでいたのだが、これがかなり面白い。岡村不卜というひとの項にあった其角の以下の句は、ちょうど今の季節のものである。
桜ちる弥生五日は忘れまじ 其角

太陽暦にずらして四月にして、かつ現代語にして、「さくら散る4月5日を忘れない」とすると、俵万智さんの短歌というか、Jポップの趣きになる。

桜といえば、先週、山梨県北杜市大泉町の谷戸城跡の桜が満開だった。東京と標高が800mほど違うので、2週ほど遅れるのだ。
谷戸城址の富士と桜

桜の話になったところで、すばらしい現代俳句もふたつ紹介しておこう。
想像のつく夜桜を見に来たわ 池田澄子
花よ花よと老若男女歳をとる 池田澄子

後者は、『徘家奇人談 続徘家奇人談』にあった以下の句と並べても面白い。
死にさうな人ひとりなし花の山 祇徳

言うまでもなく、西行の歌をしたじきにしている。とは言いつつ、ここに詠まれたひとは、みんな死んでしまったのである。上の写真には富士も写っているが、『徘家奇人談 続徘家奇人談』にあった富士の句では、季が違うが、以下がすばらしい。
によつぽりと秋の空なる冨士の山 鬼貫
にょっぽり!

如月の望月2018/03/31 10:11

如月の望月

願がはくは花のもとにて春死なむその如月の望月のころ 西行

昨日は、まさに如月の望月(太陰太陽暦二月十五日)で、桜も満開であった。

ただし、これはたまたまである。気候変動で桜の開花時期が往時と異なる、ということが言いたいのではない。西行(1118-1190)の生きた12世紀は、北半球中緯度の多くの地域が「中世の温暖期」と呼ばれる気候であったと言われる。屋久島の杉の年輪からもわかるようで、案外暖かった時期のようなのだ。温暖化が進む現在よりは平均気温は低いと推定されるし、桜の種類にもよるのだろうが、当時の桜の開花時期が、彼が晩年に住んだ畿内や四国、紀伊において、三月下旬から四月であったとすること自体は、妥当と思われる。

問題は暦である。如月の望月を、ざっくり「現在の三月中旬以降の満月の日」と書いてある解説も多いのだが、太陰太陽暦二月十五日は、三月上旬から中旬となることほうが多い。今年は珍しいほうなのだ。

以下、ここ10年間の、如月の望月の太陽暦をあげておく。
2011 3/19、2012 3/7、2013 3/26、2014 3/15、2015 4/3、2016 3/23、2017 3/12、2018 3/30、2019 3/21、2020 3/9

月の朔望による12カ月は354日と少しなので、太陰太陽暦、いわゆる旧暦では、ほぼ3年ごとに13カ月とすることで、月と季節のずれを合わせることになる。どこに閏月をいれるかは、(天保暦などでは)太陽運行で決まる二十四節気が月に合うように決められる。以上のようなことで、閏月がはいった翌年の二月十五日は、三月下旬から四月上旬の桜の開花時期に合いやすいが、そうではない年のほうが多くなる。じっさい、桜は如月の花とはされていない。花札でも桜は二月ではなく、三月(弥生)の花である。三月には花見月の別名もある。

では、西行はなぜ「如月の望月」と詠んだのか。まずは、この日が釈迦の入滅日でもあるためであるのは間違いない。ならば、花はこの歌にとってただの脇役なのか。「ころ」という言葉で幅を持たせて、無理に結びつけたのか。開花日とのずれから、花を梅とする解釈もあるという。しかし、万葉の時代なら花は梅だったかもしれないが、これはやはり桜に違いない。この歌が月光と桜の歌でないと、納得できないひとは多いはずだ。

重要なのは、如月の望月(二月十五日)が桜の開花時期に合う年もあるということだ。それは数年に一回の周期で訪れる。そして、むしろ、数年に一回訪れることを、時の繰り返しの中のたゆたいの妙と見て、それもまた、この歌の歌柄(うたがら)とすべきではないのか。

この歌は晩年の作とされる。1176年、1184年、1187年、1190年が、1184年の閏二月を含めて、如月の望月が桜の開花時期(三月末から四月頭)にあたる年だ。そして、西行が没したのは、まさにこれに含まれる1190年、如月の望月の翌日、如月の十六夜であった。828 年前の三月末、河内の国に桜は咲いていたにちがいない。

西行忌は、じっさいの忌日より一日前の二月十五日とされている。前日でもよいのだが、わたしはこれを、太陰太陽暦二月十五日が二十四節気春分の次候「桜始開(サクラハジメテサク)」過ぎになる年のみにすべきと考える。数年に一回の忌日である。次は2021年3月27日だ。

ちとせ前花のもとにて公逝けりかの如月のいざよいのころ