展開図、眼鏡、気球、サリンジャー、そして『しししし』2020/06/14 14:02

先日、ひさしぶりに都心の大型書店に行った。もとめた本のひとつが、歌集『展開図』(小島なお)だった。まずは、タイトルと装幀に惹かれた。円錐の展開図が、カバーと扉に描かれ、表紙では、その図がエンボスになって刻印されている(装幀:日本ハイコムデザイン室)。これはかっこいい。しかし、われながらめんどうくさいのだが、シンプルな幾何図形を見ると、検証をしたくなる。
『展開図』(小島なお)

円錐の展開図では、底面の円周と円錐面になる扇形の円弧の長さが一致していなくてはならない。したがって、360度/扇形の内角=扇形の半径/底面の半径となるはずだ。しかし、この図から計測した値は、360/扇形の内角=3.08で、扇形の半径/底面の半径=3.25で、わずかなずれがあった。3.08と3.25の違いを一瞥で読み取れたはずもないが、あらためて図に示すと、円錐面に糊しろができた。
『展開図』表紙から

字余りもまた定型詩の魅力であるということを象徴しているのかもしれない…とか。

そもそも、球と違って無限のバリエーションがある円錐で、なぜこのかたちなのだろうか。値が3.1前後なので、比率を円周率にするのは、きれいかもしれない。底面の半径を1とすれば、円錐面の面積がπ^2となって、特別な円錐という気がしないでもない。

次に考えたのは、√10=3.16...という比率だ。これも悪くない。こうすると、円錐の高さがぴたり3になり、底面の半径を1として、体積がちょうどπになる。

しかし、もっと単純に3とするのが、やはりすっきりときれいである。扇形の内角も120度でわかりやすいほかに、半径が同じ球と表面積(円錐面と底面の合計)が同じになる。
球と同じ表面積の円錐
半径と表面積が同じ球と円錐

歌の中にも円錐がでてくるものがあった。

林道に青鳩が鳴き十和田湖の円錐空間に雲が湧き立つ

ほぼ円形の湖を円錐の底面として、その上空に大きな円錐を描いたということか、巨大なスポットライトのような情景が目に浮かんだ。ただし、十和田湖を確認してみると、より円形と言えるのは田沢湖で、十和田湖は、M.C.エッシャーのモノグラム(サイン)のEの字のようなかたちである。

この歌集には、次の、数学を詠んだ歌もあった。

数学はきれいと教えてくれたひと壜底めがねの上原早霧(うえはらさぎり)

上原早霧という美しい名は、架空なのか実在なのかと検索すると、数学オリンピックの出場者にその名があり、スポーツデータの解析を行う会社・データスタジアムで活躍している研究者になっているひとだった。小島さんと同年代の若いひとだ。小島さんの歌には、この歌の他にも、陸上の桐生祥秀氏の名前をそのまま詠んだものなどもあるので、ニュースなどで見た名前なのだろう。小島さんから上原さんへの、異なる方面での才能への畏敬と解釈できるが、壜底めがねという強い表現からは、アイザック・アシモフのエッセイ『無学礼賛』(『生命と非生命の間』山高昭訳、所収)も思い出した。

アシモフは、そのエッセイで、眼鏡をかけた女性がそれを外すと魅力が増すというハリウッドの類型描写を痛烈に批判している。眼鏡が女性の魅力を損なうという考えは、「教養が目立ちすぎると社会で邪魔になり不幸をもたらす」「知性の発達がおさえられれば幸せがくる」ことを示す悪習であると断罪する。アシモフ自身も度の強うそうな眼鏡をかけていたので、その意味での恨みもあったのだろう。

眼鏡といえば、感染症の緊急事態がとりあえず解除されて、眼鏡店が営業再開するのを待って、眼鏡をあたらしくつくった。緊急事態中、横づらを車の窓にぶつけて、眼鏡のツルの先の樹脂の部分が割れてしまっていたのだ。その部品は交換すればよいとして、長年使ってレンズやフレームに細かな傷もあるので、あらたにもうひとつつくることにした。遠近両用眼鏡は、振り向いて後ろを見たとき(車のバックなど)に、顎が上がって近距離焦点部分で見てしまい、視野がぼやけることがある。これに対応するには、意識的に顎をひくとよいのだが、いつもうまくできない。窓に顔をぶつけたのも、横を向いたときのフォーカスのずれだと思うが、いずれにせよ、加齢ゆえなので気をつけなくてはならない。

とまあ、話があっちこっちに飛んでいるが、『展開図』には眼鏡を詠んだ歌もあった。

甲虫の肢(あし)内側に折るように眼鏡を畳むきょうの終わりは

小島さんも眼鏡をかけているのだろうか。それにしても、眼鏡のツルが昆虫の肢に似ているというのは、膝をたたきなるような見立てだ。甲虫ではないが、先日見た、アカスジキンカメムシの肢もまた、金属光沢で眼鏡のツルみたいだった。アカスジキンカメムシは、とくに珍しい虫ではないはずだが、歩く宝石とも呼ばれ、ひさびさに見た。
アカスジキンカメムシ

眼鏡店での視力検査のさい、小さなカタカナのほかに、気球の映像が映る機械も用いた。これで視力がわかるのですかと訊くと、「だいたいはわかります」との回答だった。原理をあとで調べると、無限遠を見るような映像 -地平線まで続く道の果てに見える気球- を見せ、水晶体に赤外線をあてて屈折状態を見る機械ということだった。この映像については、伊波真人さんによる、次の歌がある。

眼鏡屋で視力検査のとき見える気球の浮かぶ場所にいきたい

彼の歌集は手元になく、この歌はたまたま知ったのだが、一度読むと、あの機械による視力検査のたびに思い出すのが必至となる。なお、伊波さんの歌は、4月末に出た『しししし』の3号にも載っていた。『しししし』は、「双子のライオン堂」書店さんが年に一回刊行している文芸誌だ。

その、「双子のライオン堂」書店が、『本の雑誌』7月号の連載『本棚が見たい!』に、店主の竹田信弥さんの笑顔の写真とともにとりあげられて、ページをめくって「おっ」と声をあげてしまった。
「双子のライオン堂」(『本の雑誌』より)と『しししし』3号

『しししし』3号はサリンジャーを特集としているのだが、『展開図』の小島さんの第二歌集の題名は『サリンジャーは死んでしまった』という。

というような、若干のシンクロニシティじみたこともあったので、『しししし』を再度宣伝しておく。同誌は、小説、評論などのほかに、上記にように短歌も載っている文芸誌で、大槻香奈さんの装画による表紙もクールだ。

なぜかそこに、わたしの文章も載っている。しかも、専門の折り紙にも、仕事の天文にも直接関係がない、サリンジャーについての文章だ。以前、『折る幾何学』に関するイベントを双子のライオン堂さんでした縁だが、どこにいても場違いな感じがするわたしの有り様がにじみでている。

コメント

コメントをどうぞ

※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。

※投稿には管理者が設定した質問に答える必要があります。

名前:
メールアドレス:
URL:
次の質問に答えてください:
スパム対策:このブログの作者は?(漢字。姓名の間に空白なし)

コメント:

トラックバック

このエントリのトラックバックURL: http://origami.asablo.jp/blog/2020/06/14/9257467/tb

※なお、送られたトラックバックはブログの管理者が確認するまで公開されません。