布施さんの豪華本 ほか2018/12/02 10:51

◆『Tomoko Fuse : La reine de l'origami』
『Tomoko Fuse : La reine de l'origami』

『Tomoko Fuse : La reine de l'origami』
布施知子さんから『Tomoko Fuse : La reine de l'origami』をご恵贈いただいた。美術作品集的な折り紙本。フランス語で読めない(タイトルは、「トモコ フセ:折り紙の女王」)のだけれど、「折図」も載っている。クリスマスプレゼントによい本かもしれない。(amazon

◆「二十七畳」など
「二十七畳キューブ」など
写真左上:四畳半×六で、「二十七畳」である。1:3の長方形6枚。
四畳半
四畳半の敷きかたは、図の3種(とその鏡像)だが、右端の敷きかたは畳の縁が十字に交わることが嫌われる。中央に半畳があるものも、向きに吉凶があるらしい。上の写真のパターンは凶のようだ。

◆「SoxBox」
SozBox
靴下模様の箱で、ソックス・ボックスなるものを考えてみた。
相変わらずのダジャレである。

カルテジアントップなど2018/12/05 22:19

◆椎茸の螺旋
椎茸の螺旋
味噌汁にはいっていた椎茸の断面が、ケルビン・ヘルムホルツ不安定性の界面のかたちというか、北斎の『神奈川沖の浪裏』というか、きれいな螺旋であった。とくに珍しくはないが、なんかきれいだな、と。

◆切り抜きサイコロ(折り鶴版)
切り抜きサイコロ(折り鶴版)
先日の切り抜きサイコロのバリエーションである。

◆カルテジアントップ
折り紙コマ
山口真さんなど、折り紙のコマのよい作品を持っているひとが何人かいるので、わたしもひとつ、と考えてみた。幾何造形的にきっちりしている、XYZのデカルト座標的な構造にした。50-60年代の特撮映画の空飛ぶ円盤みたいなかたちで、けっこうよく回る。想像がつくように、回転面を正八角形にしたもののほうが性能がよい。といっても、ふつうの折り紙用紙でつくると、回転時間は3秒間ぐらいだ。周縁部にクリップなどを対称的につけると、フライホイール(はずみ車)の効果で、回転時間が3倍ぐらい伸びる。

「カルテジアントップ」という命名は、デカルト座標的なコマという意味である。コマは英語でtop、より説明的な表現ではspinning topだ。『Concise Oxford English Dictionary』には語源は不明とあったが、果実のヘタをtopと呼ぶので、それとの形状の類似からきたのではないかと想像している。なんの文献的な根拠もないけれど。

語源といえば、漢字の独楽という表記も謎だ。中国では陀螺と書くことが『広漢和辞典』などにあり、すくなくとも現代では、独楽は、日本のみでの表記らしい。幕末の考証随筆『守貞謾稿』(喜田川守貞)には、「独楽をこまと訓ずこと後考すべし」とあるが、単に「あとで考えよう」というだけで、とくに説明がない。

これは、陀螺(トゥオルゥオ)の発音が独楽の音に通じるところからきているのと考えるのが素直だろう。陀螺(トゥオ ルゥオ)→(トクラ)→独楽ということで、中国の単語の音に対する別の文字での当て字である。

コマという音に関しては、『守貞謾稿』は、「くるまの略語か」と述べながら「予は学ばざる故に、これを弁ぜず。後日、識者に問あきらむべし」と、自信なさげだ。『守貞謾稿』と同時期の『嬉遊笑覧』(喜多村イン庭)では、平安時代の『和名類聚抄』にある古末都玖利(コマツクリ)という記述などを引用し、「高麗より渡りしものなるにや」という説を述べ、ツクリのほうは、「粒栗の義か」としている。しかし、「コマ」は「細か」に通じ、「クリ」は回転を意味すると考えるのが、素直だと思う。コマックリというと、いかにもくるくる廻りそうだ。

『守貞謾稿』『嬉遊笑覧』の引用は、岩波文庫版(『近世風俗志(四)』(宇佐美英機校訂)、『嬉遊笑覧(三)』(長谷川強他校訂)より

『ブーゲンビリア補遺』の補遺2018/12/08 22:14

「折り紙」という言葉を探して読書しているわけではないのだが、またそれに遭遇した。堀江敏幸さんのエッセイ『ブーゲンビリア補遺』『坂を見上げて』所収)内の一文で、ブーゲンビリアの描写である。

折り紙細工の筏(いかだ)のような輪郭の、いかにもたっぷりした花弁に見える部分は苞(ほう)と呼ばれ、小さい白い花を守る包みにすぎない。

「折り紙細工の筏のような輪郭」とはどういうものだろうか。ゆったりと読書にひたっていればよいのに、またも「折り紙警察発動」かと自分でもきまりが悪いのだが、どうしてもひっかかってしまう。筏といえば、線材が組まれたかたちを思い浮かべる。そして、輪郭はだいたい長方形だ。ブーゲンビリアの苞葉の輪郭は、太った涙滴のようなかたちで、葉脈のダンダラがとくに目立つということもなく、筏には似ていない。

もっとも、ここに筏がでてくる理由は想像がつく。花筏(はないかだ)の印象があって、それに文章がひっぱられたのだろう、ということだ。水面に漂う花びらのさまを表現する花筏ではなく、種名としてのハナイカダ、葉の上に花の咲く植物である。それは、ブーゲンビリアに似ているところがなくもない。じっさい、ブーゲンビリアの和名は、イカダカズラ(筏葛)という。

ハナイカダの葉も、そのかたち自体が筏に似ているわけではない。葉の上に花がちょこんと乗ったさまを、船底の低い小さな船の上の船頭に見立てたものだ。それは、自然の多様性の妙というか、想像では思いつかないかたちをしている。知識なく初めて見たひとは、虫こぶのような寄生や奇形と見るに違いない。ちなみに、東アジア産のハナイカダ科(*)ハナイカダ属だけではなく、地中海地域原産である別の科のルスカス(梛筏:ナギイカダ:これも和名は筏だ)も、同様に葉に花がつくので、このかたちはハナイカダの専売特許ではない。

(*注:ハナイカダ属は、ミズキ科に分類されていたが、ここ20年ほどの被子植物の分子系統学(APG体系:被子植物系統グループ体系)で、独立のハナイカダ科になった。ただし、以前の分類法は並行して残っている。『理科年表』もそうだ。『理科年表』には、植物分類表と動物分類表が隔年に掲載されており、2019年度が植物の年である。これはついさきごろ刊行され、「最新の文献に基づき、生物部『植物分類表』を全面改訂」と案内されていたので、どうなったのかと見ると、APG体系にはなっていないのであった)

正方形の一枚折りでハナイカダをつくってみたのが下の写真である。前例としては1997年の『季刊をる』8号の、津田良夫さんと石原宗典さんのものがある。ハナイカダの花弁の数は3または4、雌雄異株で雄花と雌花が別になり、花の数は雄花数輪、雌花1-2輪だということで、これは雌花をモデルにしたものになる。花の色は白とはいえないが、やはりインサイドアウト技法をつかいたくなる。
ハナイカダ

そして、ブーゲンビリアである。これは、ハナイカダと違って、苞葉と花がそれぞれ分離した葉柄と花柄の先についているので、それ自体を筏に見立てるのは難しい。イカダカズラという名は、ハナイカダあってこその「同類」としての名づけであろう。

筏に見えるかどうかは難しいが、大きな苞葉の目立つ、たとえばハンカチノキのような「花」が、紙細工のように見えることは間違いない。満開のハンカチノキの実物をみたときは、まるで袋掛けをした果樹のようで、自然のものには思えなかった。ブーゲンビリアに関しても、南国の女性の髪飾りになる大輪の花という漠然とした印象を持っているだけだったが、写真を見ると、ふわふわした紙に包まれた小さな花で、全体として造花のように見える。その意味で堀江さんの比喩はぴったりだ。

と、連想が連想を呼んでとりとめなくなっているが、堀江敏幸さんのこのエッセイでは、以下の部分も、ディテイルが知りたくなった。

ブーゲンビリアは、十八世紀フランスの冒険家で、『世界周航記』を書いたルイ=アントワーヌ・ド・ブーガンヴィルの名にちなんだものである。一七六六年の暮れ、彼は博物学者ひとり、画家ひとり、天文学者ひとりを引きつれて三本マストの快速軍艦に乗り込み、積荷専用の船を一隻したがえてブルターニュ地方の港ブレストから南米に向かった。

ブーゲンビリアの名前の由来もブーガンヴィルというひとも知らず、18世紀フランスの海洋進出事情の知識もなかったが、気になったのは、探検船に同乗した天文学者は誰かということだ。これは、フランス語版のwikipediaに情報があって、ピエール=アントワーヌ・ヴェロンなるひとであった(英語版と情報が違っていたが、フランス語版が正しいだろう)。ヴェロンは、天文の事典等には情報はないひとだったが、ジェローム・ラランドの教え子だということがわかった。『ラランデ暦書管見』(1803ごろ)のラランドである! などとエクスクラメーションマークをつけても、「おお」と思うひとはそう多くないだろうが、和算史や天文史に興味がある者には、かなりの重要人物である。幕府天文方の高橋至時が、ラランドの著書『天文学』(1764)のオランダ語訳を入手し、その注解書をのこしている。それが『ラランデ暦書管見』で、本邦の天文学や暦学においてエポックとなる業績のひとつなのである。ヴェロンと高橋は、大洋を隔てたお互いを知らない兄弟弟子であった、と言えなくもない。ヴェロンは、太平洋の大きさを測ったひととして知られるらしいが、高橋の弟子である伊能忠敬が正確な日本地図をつくったというのも興味深い。

驚いたのは、ブーガンヴィルが、20代半ばで『積分論』(1754)という本を書いていて、数学者の側面も持ったひとでもあったことだ。18世紀の天文学者ヴェロンもまた数学者でもあったはずなので、測量などの議論の相手になったのだろう。そして、wikipediaの受け売りだが、面白い話はほかにもあった。世界周航に同行した博物学者・フィリベール・コメルソン、彼はまさにブーゲンビリアの名づけ親なのだが、その助手にジーン・バレというひとがいて、その本名がジャンヌ・バレであったという話だ。ジャンヌ、女性名だ。つまりジャンヌは、女性であることを偽ってこの船に乗船したのだ。そして、世界一周をした初めての女性となった。

なお、堀江さんのエッセイのタイトルが『ブーゲンビリア補遺』となっているのは、エッセイ中にも説明があるが、ブーガンヴィルの『世界周航記』(1771)に材をとった、ドゥニ・ディドロの、西洋文明を相対化する視点の創作『ブーガンヴィル航海記補遺』(1772)という書物があることに基づく。

ディドロといえば、拙著『本格折り紙√2』に、ディドロの『盲人書簡』に載っている立方体の六等分の話を引用したことを思い出す。いま思うと、あれは唐突な引用だった。せめて、立体図を思い描くときに、目を瞑ったり遠くを見ることがある、という話を書き添えればよかった。もちろん紙に図を描くことも多いが、視覚情報を遮断して、立体を抽象的に思い描くことが、わたしにはよくある。あるいは、盲目の折り紙作家・加瀬三郎さんや葛原勾当のことを書いてもよかった。

かくして、連想があぶくのようにわきあがり、はじけていく。

第25回折り紙の科学・数学・教育研究集会など2018/12/14 12:22

◆第25回折り紙の科学・数学・教育研究集会
明日12/15(土)10:00-17:00 JOASホール(文京区白山1-33-8 朝日マンション2F 都営三田線白山駅下車すぐ)で、第25回折り紙の科学・数学・教育研究集会が行われます。どなたでも聴講できます。

◆折り紙教室@府中
12/16(日)13:00-15:00、府中市郷土の森博物館で、「サンタクロースと煙突のある家」を講習します。
サンタクロースと煙突のある家

つひにゆく道とはかねて聞きしかど昨日今日とは思はざりしを(在原業平)2018/12/29 08:32

先々週、母が逝った。年初には父が逝き、今年は、父と母を亡くした年になった。

実家から『日本大歳時記 座右版』(水原秋桜子他監修)をもらってきた。1700ページのコンクリートブロックのような大著で、35年前の出版である。父も母も作句をするひとではなかったので、なぜこの立派な歳時記を求めたのか詳しいところはわからないが、こうした本を傍らにおいておきたい気持ちはわかる。ぱらぱらとめくっていると、次の句が目にとまった。

父逝きしこの年の瀬の青き空 田中鬼骨

この句の父を「父母」に変えて読んでみた。そして、青空をモチーフにして、野辺山観測所からの八ヶ岳の稜線を折ってみた。
八ヶ岳と青空

空はどこからが空なのかということで、次の歌も思い浮かんだ。

どこまでが空かと思い 結局は 地上スレスレまで空である 奥村晃作

同様の発想では、次の句もすばらしい。

雁よりも高きところを空といふ 今瀬剛一

こちらのほうが「詩的」といえばそうだが、奥村さんの歌の身もふたもない感じ、当たり前が反転しての不条理な感覚も、読む者をつかんで離さない。