スーパームーンと月食2018/01/05 23:40

いわゆるスーパームーン(近地点近くでの満月)は3日前だったが、今日も月が明るい。月齢約18の今日のこの時間の月は、輝面比が約83%だ。7月28日の、今年の最小満月(遠地点近くの満月)と現在の月の地心距離の比は0.92で、面積比はその二乗の0.84なので、今日の月は、だいぶ欠けてきたが、7月の満月とほぼ同じの明るさという計算になる。

街の中ではそれほど感じないが、林の中では一段と明るい。昨晩も、山荘の天窓からの月光が、屋根裏部屋の床に四角形を描き、自分の影がくっきりと象られていた。月が床に落とす光を見ると、いつも太宰治の『懶惰の加留多』の一節が思い浮かぶ。

ふと眼をさますと、部屋は、まっくら。頭をもたげると枕もとに、真白い角封筒が一通きちんと置かれてあった。なぜかしら、どきッとした。光るほどに純白の封筒である。キチンと置かれていた。手を伸ばして、拾いとろうとすると、むなしく畳をひっ掻いた。はッと思った。月かげなのだ。その魔窟の部屋のカアテンのすきまから、月光がしのびこんで、私の枕もとに真四角の月かげを落していたのだ。凝然とした。私は、月から手紙をもらった。言いしれぬ恐怖であった。(『懶惰の加留多』太宰治)

今年は、1月31日 20:48 - 2月1日 0:15に月食もある。22:30ごろに皆既となる。
月食の月と、朔望(満ち欠け)の月のかたちが違うことは、ちょっとした幾何の問題である。

地球の影がつくる円錐と月の球面の交線が、月食のさいの月の明暗の境界だ。厳密には、太陽は点源ではないので、影は円錐の重ね合わせとなり、「本影」とそれを同心円上に囲む「半影」ができるが、それは無視しよう。大気の散乱により本影も暗黒ではないが、それも考えない。そしてさらに、正射影、つまり、影の中心と月への視線が平行であることにしてしまえば、話は単純化できる。これは、平面的な円盤に平面的な円盤の影がかかるようなかたちになる。それで、充分に正しい近似になる。なお、地球の直径は月の3.6倍ほどで、月の公転軌道付近での地球の本影の直径は月の3倍弱だ。
月食と朔望月
つまり、月食時の明暗の境界と朔望のそれは、かたちとしても明確に区別ができるということである。「月なんていつも満ち欠けしているじゃないの」と言っても、月食のときはかたちが違うのだ。

前にも書いたことがあるが、これを機会に横山光輝さんの『伊賀の影丸』で描かれた月の詳細が気になって、あらためて確認してみた。マンガそのものが面白くて、けっこう読みはまってしまったが、やはり月の描写は、記憶どおりに独特であった。左はまさに月食の月であり、右は、軌道がより地球に接近して、地球の影より月の視直径が大きくなった場合の月食の月のようである。
『伊賀の影丸』の月
(『伊賀の影丸』(横山光輝)より、月食的な月)

見る機会はないだろうが、部分食を地球ではない視点で見たときの月も面白い。たとえば、それは、図のように見えるはずだ。やや波うっているのが地球の影、楕円弧が月の裏表の境界である。
地球外から見た月食