『ゴースト』と『すべての見えない光』2017/11/05 20:29

紙飛行機
○○警察という言葉がある。フィクション中の○○の描写の正確さをチェックするひとのことだ。微に入り細を穿って難癖をつけるのは、よい趣味とは言えない。しかし、専門の折り紙となると、描写が気になってしまう。「折り紙警察」である。困ったもんだ。ただし、よい悪いというものではなく、それをきっかけにしてさまざま考えました、というような話である。

中島京子さんの『ゴースト』の第三話、「きららの紙飛行機」に、その題名のとおりに、紙飛行機が出てきた。敗戦直後の浮浪児の幽霊が、現代のネグレクトされた幼女を守る切ない話である。他の話も、ひとが生きたことが忘れ去られることの哀しみを描き、現代のアクチュアルなテーマにもつながっている。

少年は、キャラメルの包み紙で、そして、チラシを正方形にして、紙飛行機を折る。後者は、以下のように描写される。
ケンタはさつきフェスティバルの会場でもらったチラシを、斜めに折って三角形を作り、はみ出した部分を折って爪でしごくようにして筋をつけてから切り離した。そして一度斜めに折ったものを開くと、正方形ができていることを、きららに見せてやった。
「おっきい四角ができたろ。そしたら、さっきみたいにまずまんなかで折ってさ、それから三角を二つ作って。こっちとこっちを折って、それから、ここが大事なんだ。ここをちゃんと折んないと、飛ばないんだぜ」
まず、紙飛行機を長方形ではなく正方形にしてから折ることが珍しい。ただ、ケンタは、キャラメルの包み紙(だいたい正方形である)でもそれを折るので、正方形からの折りかた以外を知らないのかもしれない。気になるのは、どのような折りかたかということだ。カバーのイラストレーションは本文の描写にそっているとは必ずしも言えないが、それも参照すると、ここで折られた紙飛行機は、図の一番上のようなものと読み取れなくもない。ちなみに、イラストレイターは河合いづみさんで、野中ユリさんの仕事を彷彿とさせる、魅力的な絵である。

さて、図の一番上のかたちだが、残念ながら、これはうまく飛ばない。揚力に対して、重心がうしろにありすぎて回転してしまうのだ。これを解決するためには、2段目のように、あらかじめ1/6ほど細く折るか、3段目のように巻きこむように折って、機首を重くするとよい。キャラメルの包み紙のような小さい紙でも同様であることは、じっさいに試してみた。4段目のように、翼の後方の面積を大きくするために、翼の折り返しを軸と平行にするという方法もある。河合さんのイラストレーションにプロポーションが一番近く、よく知られたものは、図の一番下の「ヘソヒコーキ」だが、これは、長方形から折るものである。
結論としては、2段目か3段目を「ケンタの飛行機」とするのがよさそうだ。

フィクション中の紙飛行機ということでは、妻が、ちょうど読み終わった「『すべての見えない光』(アンソニー ・ドーア著、藤井光訳)にも、紙飛行機がでてきたよ」と教えてくれた。「見えない光」というのは電波のことで、裏表紙の惹句に、「ラジオから聞こえる懐かしい声が、盲目の少女と若い兵士の心をつなぐ」とある小説だ。わたしは読んでいないのだが、紙飛行機の部分を引用する。
息子のマックスは、今では六歳、泥や、犬や、答えようのない質問が大好きだ。最近ではなによりも、複雑な形の紙飛行機を折ることに夢中になっている。学校から帰ってくると、台所の床にひざをつき、翼端や尾部や機首をあれこれ試しては品定めをしているが、要は紙を折るという動作、平らのものを飛べるように変形させることが大好きなように見える。
「紙を折るという動作、平らのものを飛べるように変形させることが大好き」とな! すばらしい。

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