『もののはずみ』 ― 2011/06/12 16:34
便箋かなにか、手持ちの紙を正方形に裁って即席折り紙をこしらえると、お馴染みの手順を踏みながら、大小さまざまな鶴を折る。外国で交わりがあった方々に、何度もやってみせた純和風の演目なのだが、喜んでいただけるものの、なんとなく既成のイメージに頼りすぎている気もして、ある時期からいくらか方向性を変えることにした。(『変哲もない箱』(『もののはずみ』(堀江敏幸著))
糊も鋏も使わず、紙を正方形に近いかたちに切り取るところまではおなじである。ただし、ミリ単位で縦横にサイズを変え、少なくとも六、七枚の材料を用意する。そして、何をやろうとしているのかを明かさぬまま、蓋が底になり、底がまた蓋になっていく入れ子状の箱を、鼻歌まじりに短時間で作りあげるのだ。
堀江敏幸さんは、このブログでも何回か引用したことがある作家だ。「折り紙」を比喩として使うことがあったり、数学用語に詩をみる感覚がおもしろい、ということなのだが、そういう文章に接することができたのは、氏の著作を愛読しているからである。しかし、ずばり折り紙に関して書いている、このエッセイは知らなかった。
ときおり、手紙やメールでやりとりする知人が教えてくれたのである。その経緯は次のようなことだ。
「間違えて先日買ってしまいました。既に同じものを持っていたのですが、本というのは返品しにくい気がして、誰かに譲ろうと思って手元に置いたままになっていました。読み返してみたら、折り紙の話が出ているので、これも何かの縁だと思い」、ということで送ってくれたのである。
しかし、じつはわたしも、2005年に刊行された単行本版『もののはずみ』は読んでいたのである。ところが、折り紙の話がでてきた記憶はなかったのだ。不思議だったのだが、これは、文庫化されたときに加筆された部分なのであった。
単行本の帯には「また、買ってしまいました」というコピーがあり、知人は、まさにそういうことになったわけだが、わたしは「買わずにすみました」である。ちいさな偶然が重なった話である。
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