『江戸幻獣博物誌』2011/01/27 00:09

『江戸幻獣博物誌』
 『江戸幻獣博物誌』(伊藤龍平著)を読んでいて、「蛇、化してタコとなる」という話が、気になった。

 蛇が岩に自らの体を打ちつけて、その身を裂き、蛸になることがある。しかし、脚が七本なので区別がつく、という内容を類型とする話で、全国に伝わっているとのことだ。近代になっても伝承されたようで、昭和初頭に長崎県五島列島の久賀島で採話された例があるという。その資料(『柳田國男未採択昔話聚稿』)において、この話は「此は昔話ではなく、実際談です」と締めくくられているという。
 ということで、まずは、思いがけないところに、縁のある久賀島がでてきたことがうれしかったのである。同島には、二度訪島し、村史等の文献を調べたことがある。「折紙」という地名の由来に気をとられていたので、蛸の話は記憶がないけれど。

 さて、この「蛇、化してタコとなる」は、近代的な生物学の知識が常識となる以前のお話ということになるのだろうが、こうした伝承にも、事実のきっかけがあったのではないかと想像すると、たのしい。
 この話からわたしが連想したのは、正式に発見されたのがついこの間(学名がつけられたのが2005年)の、ミミックオクトパスというタコである。TVで視たのだが、こいつは、ヒラメやカサゴ、イソギンチャク、そして、ウミヘビに擬態する「技」を持っているのだ。主な生息地は東南アジアの近海のようだが、久賀島の話も、まさに「実際談」かもしれない。

 江戸後期の『信濃奇勝録』という書物に記された「石羊」(上掲引用写真)にも想像をかきたてられた。岩山に棲む、ジャコウウシみたいに毛の長い謎の動物である。絵を見ると、なんじゃこりゃだが、「大きさ鹿の如く、毛色も鹿の如し。中に黒白の斑あり」などといった記述はリアルで、カモシカと考えるのが一番妥当なのだろう。冬毛のカモシカは、ここまでではないが、けっこうモコモコしているし、毛色が白黒のものもある。

 なお、蛸の話は、曲亭馬琴(滝沢馬琴)がまとめた奇談集『兎園小説』にも記されているという。『兎園小説』といえば、同書で最も有名なエピソードは、それを表した絵がいわゆるUFOに見える「うつろ舟」事件である。これに関しては、以前読んだ『江戸「うつろ舟」ミステリー』(加門正一著)という本も面白かった。