「千の風」を計算する2010/11/12 23:47

 またも、光森裕樹さんの歌集『鈴を産むひばり』からの話題である。光森さんは、職業としてコンピュータを扱っているようで、こんな歌もある。
ハーケンのごとく打たれし注釈を頼りにソースコードを辿りぬ
 ソースコードというのは、機械語に翻訳変換する前の、ひとにわかるプログラミング言語で書かれたコンピュータプログラムことである。ひとにわかると言っても、コンピュータが直接扱う機械語に比べてのことで、わかりやすく書くのは難しいし、わかりやすいプログラムは多くない。書いたひとにもわからなくなっていることも珍しくない。そのとき、解読の重要な鍵になるのが注釈である。

 先週のわたしも、まさにこれだった。プログラムを見通しよく変更するため、ソースコードを読んでいた。地球と天体の相対速度を計算するプログラムである。作業としては地味だが、扱っているデータは、大地が宇宙空間を高速で運動していることを示していた。

 さて。光森裕樹さんの歌集の影響で、最近短歌が気になって、手元にある歌集を読み返し、また、あらたに読んでいる。やるべきことがたまっているのだが、「こういうときに限って自由な時間がほしくなる現象」である。ひとつは、理系的な歌を探すのがたのしい。わたしの中の学問の二大分類は「理系文系」ではなく「自然系人工系」であり、エンジニアリングは人工に属し、コンピュータや数学が詠まれていると即理系というわけでもない。だが、「理系的」な歌というのはある。
かの星に人の棲むとはまことにや晴れたる空の寂し暮れゆく (若山牧水)
この空に数かぎりない星がありその星ごとにまた空がある (沢田英史)
われらみな宇宙の闇に飛び散りし星のかけらの夢のつづきか (沢田英史)
 牧水の歌は、当時(19世紀末から20世紀初等)、知的生命がいるかもしれないと話題になった火星を詠んだものだが、次の沢田さんの歌は、より遠い太陽系外の惑星を思わせる。
 沢田さんのふたつめの歌は、つぎの科学的知見をもとにした歌だ。
 水素やヘリウムなどより重い、いわゆる重元素が、核融合によって、恒星の内部で、そして超新星爆発で生み出され、それが拡散しまた凝集し、生命の材料になったのである。炭素も酸素もみな星の中でつくられたのだ。
 ただし、生命の特徴は、材料よりも材料がどのように結びついたかにあるので、モノが同じということに連続性を見るのは、思い込みが強いと言えるかもしれない。
 思い込みとも言えるが、これは、「千の風になって」に通じる考えとも言える。そこで思いついて、ある計算をしてみたら、これが数値的にぴったり(?)だった、というのが以下の話である。「千の風になって」に関する即物的な計算で、ひとが息をひきとる前の最期の息が、地球の大気に拡散するとどうなるかというものだ。

(1)地球大気の総量の概算
 地上の気圧は約1000hPaである。PaはMKS単位の単位面積あたりの力で、hectoは100なので、重力加速度を一定の9.8m毎秒毎秒とすれば、地表1平方mあたりの空気の質量は、約1万kgとなる。
 いっぽう、地球の赤道の長さは4万kmなので、表面積(4πr^2)は、4×(200万m)^2/π、すなわち、約500兆(5×10の14乗)平方mになる。
 空気の層は、地球にくらべればごく薄いので、これを掛け合わせた、5千兆トン(5×10の18乗kg)が、おおよその地球の大気の総質量である。
(2)呼気の量
 ヒトの1回の呼気量は約1リットル(0.001立方m)である。これは、ほぼ二酸化炭素かというと、その含有量は数%で、空気とほぼ同じ組成で窒素分子(分子量約28)約80%である。したがってモル質量は約30gとなる。理想気体のモル体積は約22.4リットルであるから、1リットルの呼気の質量は、約1.5gである。
(3)大気の分子数の概算
 アボガドロ数(1モルに含まれる分子数)は約6×10の23乗で、理想気体のモル体積は約22.4リットルなので、1気圧1立方mあたりの大気の分子数は、約3×10の25乗である。
(4)窒素の存在量
 呼気(大気)の約80%は窒素である。窒素は、地殻にある(短いタイムスケールでは化学反応をしないと考えられる)ものを除けば、窒素分子として空気中にあるものが、地表や海洋にあるものの約10倍あるとされる。すなわち、化学反応が起きた場合も、それは、ほとんど、大気中の窒素分子として拡散される。
(5)「千の分子」
 全地球の大気中に呼気が完全に拡散されたとする(これが一番怪しい仮定だろう)と、その比率は、(1)と(2)から、大気総量の約30万兆(3×10の21乗)分の1になる。したがって、1気圧1立方mあたりには、3×10の25乗÷3×10の21乗で、約1万個の息の分子があることになる。風速1mの微風があったとして、1秒間に1平方mの面積に衝突する「息」の分子の数が1万個という計算である。ひとを0.3×0.3×1.5mの直方体とすれば、風に面しているのは約0.5平方メートルと見積もることができる。よって、風速1mの微風のときにあたる「息」起源の分子は、数千個となる。すなわち「千の風」は「千の分子」であった。

 以上、妙な計算である。ところどころ、入試問題みたいで、一応検算したけれど、間違いがあるかもしれないので、信用はしないように。
 今日は、帰宅してから、ほとんどこれを考えていた。われながらわけがわからない。