霜の華2010/01/25 20:49

霜の華
その結晶はとてつもなく大きく、色こそついていなかったものの、アラビア風の唐草模様にそっくりで、まるで『千夜一夜物語』に描かれている水晶宮のムーア式アーチに施された、奇妙な透かし彫りのようであった。微妙に入り組んだ模様が見事に組み合わさっている場合もみられ、中世の修道院の彩飾の名工たちが、世に名高い祈祷書や写本の装飾に用いた、幻想的な渦巻き模様の発想の源になったのは、これではないかと思わせた。(略)そのまま霜の精の翼の羽となってしまいそうな、比類のないほど精妙に織り上げられた羽模様もみられた。(略)幻の苔もあれば、息をつめて見とれている間に消滅してしまいそうな幻の羊歯もある。
『霜の幻想』(ラフィカディオ・ハーン 池田雅之訳 (『虫の音楽家-小泉八雲コレクション』から))

 昨晩は雪の話で今日は霜である。『霜の華』という映画もつくっている(観たことはない)中谷宇吉郎さんの導き(?)か、今朝、車のウィンドウに、みごとな霜の華ができているのを見た。写真は実物大ぐらいである。これは、今日では、拡散律速凝集として知られるパターンである。結晶の核から始まって、ブラウン運動で別の粒子がつく、といった成長過程によるものだ。比較的成長が遅いときのかたちだろう。
 冬の八ヶ岳南麓は、けっこう乾燥しているので、霜の華は毎日というわけではない。そして、写真の霜の華も、とりわけ見事なものでもない。しかし、いくばくかは、上記のハーンのような感慨を持たせる造形である。

  ハーンのこの文章は、彼が来日する以前の、アメリカ生活時代のものである。霜の華に関しての、これだけ言葉をつくしての文学的な記述というのは、寡聞ながら他には知らない。まさに、彼の「小さきもの」への親和を示している、と言える。

 帝大の英文学講座のハーンの後任者は、漱石だったという。ふたりの生い立ちにはどこか似たところがあるともいう。そして、漱石に師事したのが寅彦で、寅彦に学んだのが宇吉郎である。
 これらの人間の繋がりも、なにか「微妙に入り組んだ模様が見事に組み合わさっ」たもののようである。そして、自意識過剰だけれど、この話題が、小さな啓示のように、わたしの日常にも関連している、というようなことも感じるのである。じっさい、上の霜の華について書かれたハーンの文章は最近知ったものだし、変な雪の結晶の図を見て、久しぶりに『中谷宇吉郎随想集』を読んだ翌日に、霜の華を見たのだから。

 ちなみに、折り紙仲間の布施知子さんの家は、霜の華の条件がきわめてよく、彼女はその写真を撮り続けている。それはほんとうに見事なものである。

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