ストマキオンと知恵の板2009/02/27 23:35

ストマキオンと知恵の板
 『解読! アルキメデス写本』(ウィリアム・ノエル/リヴェル・ネッツ著、吉田晋治著)という傑作ノンフィクションで、「ストマキオン」なるものを知った。
 ストマキオンというのは、古代ギリシアの、いくつかに分割された正方形からさまざまな図形をつくる遊びである。そもそもは「腹痛」の意味で、それほど難しいということだそうだ。
 このストマキオンが、数学史を塗り替える発見につながる可能性も持っているらしい。最新の画像技術で解析されたアルキメデスの写本の解読により、ストマキオンに関するアルキメデスの主題が、正方形に並べる解の個数らしいことがわかってきたのだ。古代には、組み合わせ論はほとんどなかったとされてきたので、これは大きな発見なのである。数学遊戯を楽しむ素人考えでは、この種のパズルにおいて「数え上げ」は当然のことなので、天才アルキメデスの関心がそこに向かうのは必然とも思われるが、アルキメデスのストマキオン研究は、アラビア語訳の断片が伝わるだけだったと言ってよく、それが記された唯一のギリシア語のこの写本の状態はきわめて悪く、詳細は不明だったのである。
 そもそもこの写本、最初に写されたのは、アルキメデスが没してから1000年以上経った10世紀で、その後、十字軍による破壊を免れたのはさいわいだったが、12世紀、貴重な羊皮紙を再利用するために、アルキメデスの写本やその他の本を分解し、表面をこすり取って、キリスト教の祈祷書が上書きされたものなのである。しかも、近代になって発見後、第一次大戦のどさくさで行方知れずとなり、高く売るためか、偽造の絵まで上書きされ、カビなどにも浸食されるという過酷な運命をたどっている。表舞台への再登場は、1998年のクリスティーズのオークションで、匿名の富豪により200万ドルで競り落とされたというから、ドラマティックだ。その富豪がパトロンとなっての、大型粒子加速器による蛍光X線まで使う解読プロジェクトと、その数学史的な意味の解析が、この本の内容である。

 さて。正方形の断片から図形をつくる遊びと言えば、タングラムがある。それは、1800年ごろに中国で、同時期に日本で同種のものが「清少納言知恵の板」として流行し、その後、20世紀になって、アメリカのパズル王・サム・ロイドが、「紀元前2000年の中国」といった偽史的口上とともに紹介した…、というのが、これまでわたしの知っていた話だった。中国には1800年より先行するものもあるらしいが、ギリシアのストマキオンのことは、頭にはいっていなかった。

 「正方形」というだけではなく、幾何学的な背景や見立てなど、タングラムは、折り紙と共通することの多い遊びである。最近では、目黒俊幸さんや小松英夫さんが、角度を規格化した多角形によって構成される折り紙造形を「タングラム的」と呼ぶこともある。2300年前、折り畳み可能な素材さえあれば、アルキメデスも折り紙をやったのではないだろうか、と空想するのは楽しい。

 また、一部の折り紙関係者だけに通じる話だが、『解読!…』カバー袖にあるウィリアム・ノエル氏とリヴェル・ネッツ氏の写真が、マット・ガードナーさんとボアズ・シュバルさんにそっくりなのには驚いた。

 と、ここまでで、感想はとりあえず終わりのはずだったのだが、いま、ストマキオンの図を写すさいに疑問が生じ、そこからさらなる発展があった、と話がつづく。
 作図上疑問になったのは、図左下の点Oである。『解読!…』の図10-1(331ページ)と図10-4(349ページ)などで、その位置が微妙に異なるのだ。ギリシア数学の図は、特殊な例に目がだまされないように、わざとずらして描くこともある概念の図だということを、この『解読!…』で初めて知ったのだが、この場合はそうもいかない。どこでずれたのかはわからないが、結論的には、点Oは線BCの延長と正方形の辺との交点だろうと納得した。そうすると、その点は一辺を三等分する点にもなって、美しいからである。
 しかし、これをあらためて描いてみると、板並べ遊びとしては、この分割は複雑すぎるような気がしてきた。この図にはなにかあるような気もするが(明白な黄金比などをざっと探したが、それはなかった)、パズルの美しさだけなら、分割は単純なほうがよい。
 思えば、わたしは、タングラムにも不満があった。ずっと昔、タングラムの本(たぶん絶版)を買って問題を解いたさい、それはちょうど折り紙設計を考え始めたころだが、いまひとつしっくりこなかったのである。それは、分割片のひとつ、平行四辺形への不満だったと記憶する。せめて菱形であれば、それは折鶴の基本形のシルエットであり、「折り紙的」なのにと。
 そこで、今回、新しい知恵の板を考えてみた。右下は、その「折り紙的知恵の板」の第一案(第二案があるかどうかはわからない)である。基本は、タングラムと清少納言知恵の板にならって、枚数は7枚(タングラムは8枚で、清少納言は7枚)にし、小さい正方形(これは造形でのポイントになることが多い)をいれた。試していないのでなんとも言えないが、ばらしたものを正方形化するだけでも、それなりのパズルのはずである。仮の命名は「菱持ち知恵の板」。「紫式部知恵の板」とか「和泉式部知恵の板」というのも、洒落としてはよいかもしれない。