『多面体と宇宙の謎に迫った幾何学者』2009/02/21 21:35

四次元正多胞体
 『多面体と宇宙の謎に迫った幾何学者』(シュボーン・ロバーツ著 糸川洋訳)を読み終わった。原題を訳せば『無限空間の王 - ドナルド・コクセター、幾何学を救った男』。掛け値なしに偉大な幾何学者・H.S.M.コクセター(1907-2003)の伝記である。じつに面白かった。
 この伝記には、わたしの二大ヒーローである、L. ウィトゲンシュタインと、M.C.エッシャーも登場する。ケンブリッジ時代のコクセターは、ウィトゲンシュタインの、五人しかいないお気に入りの受講生のひとりでありながら、哲学的議論からは離れ、自らの幾何学研究に専念することになるのだが、これは、コクセターの卓絶を示すエピソードでもある。優れた知性がきわめて「引力」の強いウィトゲンシュタインの精神圏にいたら、影響を受けないほうが難しい。
 いっぽう、エッシャーとは終世強い友情で結ばれていたという。エッシャーは、コクセターの手紙にあった数学的な説明を「残念だが、私にはまったく理解できない」とも書いているそうだが、類いまれな幾何学的直感でそれを「理解」し、真に数学的(これは、一般に知られている以上である)な画を、卓越した繊細な技巧で描い(彫っ)たのだ。コクセターはそれを見抜き、その創作にインスピレーションを与えたのである。
 バックミンスター・フラーも登場する。彼に関しては、コクセターが、業績は面白いと思いつつ、はったりじみたところに閉口しているのが面白い。フラーというのはまさにそうしたひとだったろう。
 書中、唯一登場する日本人がいる。それが、二日前の研究集会で会った宮崎興二さんだったのは、ちょっと不思議な読書体験だった。そこまで読み進んでいなかったのだが、19日も、移動中の読書としてちょうどこの本を持っていたのだ。当日、宮崎先生は、四次元の正多胞体の三次元投影モデルをつくる話をされたが、そこには、この本の最後近くにでてきた、フィールズ研究所に飾られている正多胞体の投影模型に関する知られざるエピソードについての話も含まれていた。
 わたしの中では、コクセター先生はどこか伏見康治先生と重なっている。そう思うと、わたし自身のセルフイメージは、「できの悪い、詰めの甘い、M.C.エッシャー」かもしれない。
 写真は、19日、四次元の正多胞体を説明する宮崎先生。