丸石神その18 &くくり猿2008/06/08 12:13

奈良町
 先々週訪れた奈良。猿沢池から南、通称・奈良町(ならまち)に向かう小道を歩くと、率川(いさがわ)という小川にかかる橋の下に、舟形の小島が見えた(写真左)。赤い前垂からもわかるように、地蔵が祀られているのだが、その島の左右に丸石があった(写真左・手前)。この写真には写っていないが、「舟」の艫(とも)には、五輪塔の風輪と空輪(半球と宝珠)とおぼしきものがあったので、丸石も、同じく五輪塔の水輪を再利用したものである可能性が高い。
 橋から200mのところには、その名も「道祖神社」なる神社もあったが、そこには丸石はなかった。率川の地蔵と道祖神社の関連も不明だ。なお、この道祖神社の祭神は、記紀における「道開きの神」でもある猿田彦である。

 奈良町、すなわち、奈良市街南西の一体は、近世から昭和初期の町並みがのこる地域である。奈良と聞いてイメージする、興福寺・東大寺・春日大社近辺の天平文化の雰囲気とはずいぶん違ったたたずまいを見せている。立派な庚申堂があって、くくり猿(写真右:奈良町資料館:奈良町では「身代わり猿」と称する)を軒に連ねて下げた家も多い。そう。奈良町は、猿沢池から、サルタヒコ、庚申堂と、サルゆかりの土地になっているのだ。奈良の申(西南西)の方角にあるのも偶然ではない、と見た。
 ちなみに、くくり猿(≒這子:ほうこ、さるぼぼ)は、折鶴と似た起源を持った造形ではないか、という岡村昌夫さんの説がある。たしかに、四角形の四隅を寄せるとかたちと、ある種の呪術的な力などが似ている。