信州伊那谷の春2008/04/15 22:13

伊那谷の春祭り
 先週末、岡村昌夫さんの紹介で、日本人形玩具学会のツアーに参加して、桜満開の長野県飯田市で、三百年の伝統がある人形浄瑠璃(写真左上)を観るなどしてきた。飯田は、以前、全国シェア70%の水引(紙でつくった飾り紐のことです。念のため)に関心を持って訪問したことがあるが、人形劇のまちとしても知られている。伝統の人形浄瑠璃だけではなく、『三国志』などで有名な川本喜八郎さんの人形美術館や、『宇宙船シリカ』などで知られる竹田人形座の竹田扇之助記念国際糸繰り人形館などがあり、夏には人形劇フェスタが開催される。
 ツアー参加者は、その川本喜八郎さん、吉徳資料室の小林すみ江さんらをはじめ、人形のプロが中心で、専門的な話の一端を聞くことができて楽しかった。
 人形関係者、民俗芸能関係者と重なるわたしの関心は、造形者のはしくれとしてより、民俗学的な方面が強いといえる。飯田市美術博物館学芸員の桜井さんも言っていたが、伊那谷は民俗芸能の宝庫なので、面白そうなものが多い。民俗学と言えば、飯田市には、世田谷区成城から移築した柳田國男邸の書斎(兵庫生まれだが、東京で旧飯田藩士柳田家の養子になった関係)もある。ここは、さすがに民俗学関係の本が揃っていた。

 竹田人形座の紋が折鶴(写真右上)だったのは、折鶴コレクターとして思いがけない巡り合わせだった。ただ、これは、伝統のものではなく、竹田扇之助さん曰く「わたしが考えたものです」とのことだった。
 ツアーに合流する前には、市の中心部からは離れた旧伊豆木小笠原家の書院も観てきた。小笠原流の折形の資料も少し期待していたのだが、それに関するものは見当たらなかった。ただ、三階菱の家紋だけではなく、欄間にも菱形の意匠があるなど、小笠原・武田の菱紋ということで、興味深いものがあった。
 なお、この書院に隣接する小笠原資料館は、金沢21世紀美術館などを設計していることで知られる妹島和世さんによる斬新な建築である(写真右中:金沢21世紀美術館は西沢立衛さんとの共作)。側面がほぼ全面ガラスの、逆S字のくねっとしたウイロウみたいな建物だ。妹島和世さんと言えば、うちの近くにも彼女の設計した物件があったのだが、つい最近、京王線の高架化工事で取り壊されてしまった。大きな丸い穴の空いた黒いモノリス(『2001年宇宙の旅』にでてくるアレ)といったおもむきだった調布駅北口の交番である。いまの交番は、臨時なのかもしれないが、変哲のない建物になっている。

 ツアーの最後、飯田市に隣接する高森町の瑠璃寺で、見事な桜の下、長さ10mほどもあって、ほとんどモスラだなこれは、という獅子舞(写真左下:後ろ姿)を観た。獅子の尻尾は縁起物ということで、妻がもらってきて玄関に飾ってある。大國魂神社の万灯とか、甲斐の道祖神祭りのオヤナギサンと似た、竹に紙花というかたちである。
 獅子舞と聞いて思い浮かぶのは、神楽の音色であり、仏教というより神道だが、ここは天台宗のお寺である。もっとも、天台宗と関係の深い日吉神社が同じ地所にあり、同神社の使いである猿(の面をかぶった者)が幣束を掲げて、露払いのように境内を歩く。神楽も当然あって、獅子の中で演奏される。つまり、神仏習合のままなのだ。どうやら、日本の文化大革命とでもいうべき明治の神仏分離・廃仏毀釈の暴風も、この山里にまでは及ばなかったようなのである。奥三河の花祭りや遠山の霜月祭りにも神仏ごちゃまぜのところがあり、そうした意味でも伊那谷や奥三河は民俗芸能の宝庫なのだろう。
 そして、瑠璃寺の駐車場で、折鶴の絵のついたバス(足柄観光:写真右下)を発見し、わーい折鶴だぁと、例によって、ほとんど誰にも伝わらない喜びかたをして、南信濃の春の日は暮れたのであった。